第12話 地蜘蛛

 一部では【土蜘蛛ツチグモ】とも呼ばれるが、日本の生物学的には【地蜘蛛ジグモ】と呼称されている蜘蛛が居る。

 【土蜘蛛】と言うと、多くの場合は日本の反大和朝廷派や妖怪などを指す事がある。


 この昆虫は【地蜘蛛】と言う名の通り、地面の下に巣を作るが地下から襲う訳ではない。

 巣の地上部分にテントの様な円錐形の罠を作り、接触した動物を罠越しに大顎で捕獲して引きずり込み、体液を貪る。

 多少は形が異なるが、他の網状の蜘蛛と狩の方法は大して変わらない。



 さて、特撮ヒーロー物では、怪人が暴れる現場にヒーローが現れるが、現実に組織力のある悪者ならば、周囲を見張ったりヒーローの動向を監視して、邪魔が入る前に終わらせたり予定変更したりするものだ。

 今回もクリケット達は防衛省などに居た時期だったのだ。


 関東圏内の、とあるゴルフ場は早朝から騒がしかった。

 騒音とかではなく、黒服の男達が各所に立っていたからだ。


「今日は天気にも恵まれましたなぁ、閣下」

「これも皆の日頃の行いの御陰だよ」

「いえいえ。閣下の御人徳の賜物ですよ」


 つまりはVIPが来ていたのだ。

 具体的には、違法サイボーグの事件を海外からの工作員と考えている現役自衛官の斎藤陸将だった。


 ゴルフ前の歓談の場として、受付のロビーにある応接セットに向かう男達。

 皆が普通のゴルフウエアを着ているが、その動きは一般人でない事が一目了然だ。


 ひときわ豪華な白い椅子に斎藤陸将が腰を降ろしたのを合図に、他のメンバーも腰を降ろす。

 シルクを使っているのか椅子のカバーは、肌に吸い付く様な手触りだ。


 ただ、護衛の私服隊員は立って周りを見回している。


 他愛もない日常会話の後に、斎藤は立っている一人の男へと目を向けた。


「そう言えば、君に頼んでいた昆虫採集の話はどうなっているかな?孫にせっつかれてなぁ」

「例の珍しい虫の件でしょうか?」


 勿論、隠語である。

 斎藤は、小さく頷いた。


「幾つかは生きたまま手に入ったので調べておりますが、巣は見つかっておりません。今、詳しい者からレクチャーを受ける準備をしています。報酬は小銭程度に済ます予定です」


 防衛省が関わったムカデや蟻のサンプルは生きたまま入手して調査に回したが、敵の本拠地などについては不明のまま。

 今はクリケットから情報を聞き出す手配をしている。

 クリケットが希望している兵器製造の三菱重工の助力は、下請けの会社で妥協させるつもりだと言う内容だ。


「それでいい!お前に任したぞ、関」

「はい。尽力致します」


 関と呼ばれた男は頭を下げた。


「ところで閣下、少し揺れてませんか?」

「ああ、震度2弱といったところか。近々富士山でも噴火するかな?」

「小さいながら東京湾直下型も、ありましたからなぁ」


 椅子に座っていた者にしか分からない程度の揺れが、この場を襲っていた。

 しかし、関東地方では小さな揺れで騒ぐ者など居ない。

 立っている部下は地震速報を調べてはいたが、それは下の者の仕事だと分かっている。


「今のところ、地震速報は出ておりません」

「警備や管制からも、特に報告はございません」


 小さな地揺れは地震の他にも爆発や建物崩壊、ミサイル攻撃によっても起きる。

 自衛隊員達は後者を懸念して、各所から情報を集めていたのだ。


「いやしかし、さっきから続いていませんか?」

「これは、ちょっとおかしいのでは?」


 椅子に座っていた幹部連中が口にした直後、斎藤陸将の座っていた椅子の床に亀裂が走り、直径2メートル弱の穴が開いた。


「くっ!」


 鍛えぬかれた猛者もさだけあって悲鳴など上げないが、部下達が見ている前で陸将は椅子ごと穴に飲み込まれていった。


「陸将!」

「閣下?」


 穴は深く、ほぼ垂直にうねっていて底が見えない。

 簡単には降りていけない状況だ。


「早くレスキューを呼べ」

「陸将閣下ぁ~閣下ぁ~!」


 残された者達が駆け寄り穴を覗いて叫ぶが返事は無い。

 日頃から訓練を受けていても、動揺は隠せないのか役職名まで大声で口にしている。


「これは、薄い布の様な膜の様な物が穴の内側に・・・少し粘るな。何かの繊維?粘膜か?まさか虫絡みか?」


 どこかに敵対者が居るであろう可能性を事前に知っていた関は比較的冷静な方で、穴の内側を触って呟いた。


『くそっ!先手を打たれたか?奴の言う通り、内通者が居るのか?』


 関は気づかれない様に声には出さないで周りを見回すが、彼に判別はできない。

 当然だがゴルフ場スタッフの可能性もある。


 慌てる上官達をよそに周りに立っていた部下達は、より現場に近い立場のせいか、いち早く対応を始めた。


「至急、上に報告を入れろ。警察を咬ませるな!」

「外の隊員に物や人の出入りを制限させ、近くの特務を呼び寄せろ」


 緊急事態に、部下隊員の行動は正確無比だった。


「あの振動は穴を掘っていたのか?しかし、ドリルは何処だ?前もって掘られていたのか?」


 様々な憶測が飛び交う中で、関は部下へと連絡を取っていた。


「あぁ、私だ。例の奴との会合を急がせろ。事態が急変する可能性がある」

『了解です。手配を急ぎます』


 あきらめが満ちたその場に居た全員が、内通者を懸念して間合いをとりはじめていた。

 顔を動かさず、視線だけで御互いを見張りだしている。


「この場の全員を洗い直す必要があるな。俺自身も注意しなければ」


 クリケットを聴取した報告書では、本人の意思と関係なく洗脳される事が殆どらしい。

 昨日は正常でも翌日には洗脳されていて、その区別は全くつかないとか。


 また、洗脳されていなくとも自らの意思で協力する者や、家族を人質に取られてやむ無く協力する者も居るだろう。


「陸将が見つかっても、洗脳されているとみるべきなのか?四面楚歌だな」


 関の仕事は始まる前から大きな壁にぶち当たっていた。






 その事件の時、栗林と越智は自衛隊隊員に案内されて、とある工場に来ていた。

 勿論、栗林はクリケットの姿のままだ。

 幾つかの特例を用いて生体認証を登録し、IDを作っての入場だった。


「やはり、三菱重工は無理か。まぁ、設備が整っていれば何処でも同じだが」


 セキュリティの関係で無理かも知れないと予想していた越智に落胆は見えない。

 栗林は工場の規模を見て小さく頷いている。


 工場内で案内されたのは別館の様な建物だったが、設備に不安は無い。

 室内を案内されていた一行だったが、突然に越智の携帯が鳴りだした。


「どうした、越智?」

「どうやら、大学に隠しているサーバールームに侵入者らしい。おっと、アクセスも始めた様だ」

奴等beeingか?お前の事だから大丈夫だと思うが?」

「当たり前だろ?サーバーに特別なデータは入れてないし、複数のクラウドサーバーにクムランコピーしてある」

「流石だな!」


 【クムランコピー】とは越智が作ったデータの分散保管システムだ。

 件のサーバーのデータは既に他へコピー済みなのだ。

 更にはコピーしたデータを数値化して変数処置する事で、ワード検索にも引っ掛からない様になっている。


 【クムランコピー】の元ネタは、聖書関係の資料【死海文書】の翻訳作業に由来している。

 現行の聖書に反する内容が有るかも知れない死海文書を翻訳するにあたり、多くの翻訳者を必要としたが、その全貌を翻訳者に理解させない為に写本一冊を一人に翻訳させるのではなく、一人に一頁や一文章と言う小さい単位を飛び飛びに翻訳させていた。


 越智は変数処置したデータを一定の長さで分割し、複数のサーバーに別々に保管していたのだ。


 分かりやすく例えるならば、まず【きみがよはちよにやちよに】と言う文章を一文字ずらす。

【くむぎらひつらぬゆつらぬ】

 次に、この文章を一文字づつ複数のサーバーに分けていく。


サーバーA:くら

サーバーB:むぬ

サーバーC:ぎゆ

サーバーD:らつ

サーバーE:ひら

サーバーF:つぬ


 こうなると、並べる順場が分かっていないと再構成も検索もできない。


「で、何から作る?」

「そうだな、越智。先ずは洗脳者の探知機、一般人でも戦闘サイボーグを足止めできる銃器、そして」

「アレか?超小型の原子炉」

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