第10話 病蝿
「Beeingのサイボーグには、病原菌をばら蒔く蝿や、農作物を荒らすゴキブリを産み出すのも居るらしいぞ」
集まっている公安職員へ、越智がノートパソコンでデータを確認して口にした。
クリケットの体験談から昆虫の能力を付加したサイボーグが主かと考えていたが、改造の詳細を見ると、そうでもないらしい。
今回の様な巨大ムカデや、通常サイズの蟻が大群で襲って来なければ、幾つも分割されたファイルを調べなかったかも知れない。
毒蟻同様に、遺伝子組み換えをした蝿などをクローニングするのは容易いし、クローニングする生体器官をサイボーグに組み込むのも可能だ。
特に、金属部品を使わない生体サイボーグは、感染症の症状がでない限り空港の検疫も素通りしてしまう。
彼等サイボーグは、世界各地を旅行しながら、御当地の料理を食べて蝿などを作り出し、病魔や災害を振り撒いて行くのだ。
特に蝿は、湿った有機物のある場所なら何処にでも卵を産み付け、一週間で成虫になる。
寿命は一ヶ月だが、その間に五百個の卵を産むと言う。
改造昆虫は人間大での利点もあれば、巨大故の利点もある。当然だが、小さくて多い方が良い利点も戦術にはある。
全てのサイボーグを人間大の昆虫モドキにする必要は無く、戦術を活かす為の形態が各々に存在する。
「蝿が媒介すると言われている病原菌には、大腸菌を始め黄色ブドウ球菌、腸炎菌、サルモネラ菌などの他に、赤痢、チフス、コレラ、O-157、ポリオウイルスの伝播と数多くの病気に関わるらしい。サイボーグの産み出す蝿は、感染力が強くなるそうだ」
「おいっ、その病気って、最近のニュースで急増してるって言ってなかったか?食品の管理に気を付ける様に注意喚起はしていたが・・・・」
どうやら、既に日本でもBeeingの被害が出ているらしい。
「その予想通りにBeeingが昆虫を使って人間を生活面から滅ぼすってのなら、警察だけじゃあ手の打ちようがないぜ」
「予想通りも何も、目の前で蟻が人間を殺しているじゃあないか!疑いようがないだろうが」
この様な事態を、誰も信じられない。いや、信じたくなかった。
それが多方面に及ぶなど、絶望的以外の何ものでもない。
「日本も発病者が増えてるらしいが、発展途上国やインフラレベルが低い地域では、死者が急増しているってニュースでもやってたはずだ」
「先進国でも貧富の差が激しい所では衛生面や医療の提供が不十分らしいからな」
「中国やインドとかの下層民だろ?それは同時に人口増加が著しい所でもあるから、本当にBeeingの仕業だとしたら的確だよな」
蝿をクローニングするサイボーグだとしても、全ての蝿を産み出している訳ではないのだろう。
遺伝子組み換えされた蝿に生殖能力が有って、数世代を使って数を増やしていくとしたら、衛生面の良くない地域は、絶好の繁殖場所だ。
確かに日本での発病も増えては居るが、人口を激減させる程の死者は出ていない。
日本で発病の割りに死者が少ないのは、医療や薬の供給が高レベルである為だ。
救急車も10分もあれば到着する。
交通機動隊の建物を見ていた一人が、壊れた建物や死者を見て溜め息をついた。
「行動原理が分かれば、血のついた靴で踏み潰すだけだ!」
「こっちは一応収束しそうだが、既に日本中に魔手が伸びているとしたら、本当に力不足だな」
大ムカデはバラバラになって逃げ去り、毒蟻も撒かれた血で混乱している所を血に染まった足で踏み殺されていく。
自衛隊からも応援が来ての人海戦術だ。
自衛隊の隊員が救急車を呼んでケガ人や死体を搬送していく。
死体は司法解剖に回されるのだろう。
病院に行く必要の無い無傷や軽傷の公安職員は、数人しか残っていない。
「畜生!この血を洗い流さないと、奴等の匂いが分からなくなっちまったぜ」
クリケットが、ぼやきながら越智達の所に戻ってきた。
敵の位置を知る為の匂いが、ほぼ全身に付着した彼には、もう匂いを追う事ができない。
ただ、その手には、目新しい物があった。小さな使用済みアンプルだ。
「これは、その野崎とかいう協力者が持っていた【匂い】の元だ。この匂いを識別できたら、俺以外でも敵や洗脳された奴を見つけられる」
「それは助かるな」
越智は勿論、公安も目を大きく見開いた。
「ところで越智。さっき蝿やゴキブリの事を話していたか?」
変身したクリケットの聴力は、人間の数百倍にも及ぶ。
「ああ。蟻の他にも蝿やゴキブリを使うサイボーグも居るみたいだ」
「蝿は兎も角、ゴキブリを相手にするのは嫌だな。殺虫剤でもなかなか死なないし」
外見や能力はコオロギでも、中身は人間のクリケットには苦手な物もある。
「そのゴキブリだが、本当にゴキブリの急増もBeeingの仕業じゃあないのか?本当に農作物被害がニュースになっていたが。」
「おいおい、やめてくれよ。そっちもマジでBeeingかよ?」
「だって、さっき越智がゴキブリ培養のサイボーグとか言ってたじゃないか?」
こんな交通機動隊の状況を、近くのビルの一室から見ていた二人の存在があった。
そのうち一人は、警視庁本庁の科学警察研究所に居た職員の男だ。
「旧型を相手とは言え、クリケットの戦闘能力は素晴らしいですね」
恐らくは、洗脳されていない【協力者】なのだろう。
警察内部では証拠品のすり替えや情報の改竄をしていたのかも知れない。
今回の件も早めに情報を得ていたらしく、ケガも無く脱出できている。
「クリケットシリーズから採用した戦闘支援AIが有れば、栗林の様な運動音痴でも、あの程度は戦える。量産の初期段階でシステムの問題点が分かって良かったよ」
「しかし、彼等はBeeingのデータベースを掌握している様ですし、警察や自衛隊まで味方にするみたいですが大丈夫なんですか?」
「恐らくは、栗林が担当していたミラーサーバーが情報源だろう。本部からは所在が見事に隠蔽されていたと報告を受けている。まぁ、警察にも自衛隊にも【協力者】は居るし、今回の様な事件は陽動に過ぎない。ニュースになった方が有りがたい」
Beeingの本活動は、環境破壊をしない範囲での人類の間引きと、要人の拉致洗脳だ。
今回の様な戦闘での死者など、毎日飢えで死ぬ人数に比べたら些細なものだ。
ただ今の日本では、その本活動での成果が見えにくくなっているに過ぎない。
「イレギュラーではあったが、良いサンプルとなったし、【匂い】の件も判明した。今後とも可能な限りで良いから情報を提供してくれ」
「はいっ!地球と人類の為に」
深く
姿が見えなくなるのを確認して、彼は再び交通機動隊が見える窓へと戻ってきた。
「全てはBeeingの手の上だと言うのに、浮かれて
改造サイボーグを倒した安堵の風景が彼には、その様に見えていた。
「しかし、本当に頭の悪い奴等だよ。少しでも生き残りたいなら道は一つだろうに」
そう言って彼が見たのは、彼の為に残された薬のケースだ。
協力者には、蝿がばら蒔く病原菌に対するワクチンが飲み薬の形で提供されていた。
この薬で必ず防げる訳でもないし、最終的に処分されないとも限らないが、それは協力者達も承知しているのだった。
その協力者は再度、交通機動隊へと目をやった。
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