第8話 百足ムカデ

「しかし、相手が大きすぎるな。下手に国家を相手にするより厄介だ」

「医療のバイオテックラボラトリーだけでなく、核融合のトリニティエネルギーと穀物生産大手のエバーナチュラルまで関係しているとはなぁ」


 市ヶ谷にある交通機動隊の一室で越智の開示した情報に、公安職員達は絶望していた。

 Beeingの関連企業は既に世界を支える根幹にまでなっており、【悪の秘密結社】などと言うレベルではなかったのだ。


 改造サイボーグを倒してアジトを破壊すれば済む子供向けヒーロー番組とは違い、勝利は世界経済の混乱とエネルギー不足や食料危機を招きかねない。

 Beeingを滅ぼせば、それらの全てが止まる可能性も有るからだ。


「そうか・・・それで死者が少ないのか!」

「何です?部長」


 刑事部長が関連企業や、その傘下の会社リストを見て何かに気が付いた様だ。


「このリストにある会社の多くが、以前に謎の事故や誘拐にあっている企業だ。恐らくはBeeingの仕業だともくされていたが、病院で助かった者や逃げたり解放された被害者が他の事件に比べて多い。その全てが例の【洗脳】を受けていたら、そこからねずみ算式にBeeingの奴隷が増えていく事になるんじゃないのか?」

「ちょっと待って下さいよ。各国の重鎮も、リストにある病院の系列で健康診断や治療を受けている可能性もあるんじゃないですか?」


 今や、バイオテックラボラトリーから人工血液の供与を得ていない大病院は皆無だ。

 ならば、接待と称して病院職員を【洗脳】するのは不可能ではない。

 バックアップサーバーに残る【洗脳】に関す情報によれば、最低半日あれば終わる処置の様だった。

 ましてや患者ともなれば、いくらでも時間や手段がとれる。


「俺達は太刀打ちできるのか?目の前に居る者以外は誰も信じられない上に、分かっているだけでも大きすぎる」

「実際、交通機動隊ここにも数人居たしな。更には防衛省の方からも【匂い】がする」

「当然だが、各国の軍隊も掌握済みだろう。日本の警察庁ですら、この様なんだからな!」


 公安の者が来た時に、真っ先にクリケットがチェックをして薬剤で眠らせておいた。

 公安職員の行った【いきなりの暴挙】に交通機動隊からも反感は生じたが、内視鏡による異物の証明に【眠らせて様子見】と妥協したのだ。

 一部の【被洗脳者】が、公安職員に発砲しようとした事も、容認の一因となっている。

 洗脳された者は、あくまで【個】の要素が有るので、意識統一が不十分な者も居る様だ。


「そもそも、奴等Beeingの目的は何なんだ?【世界征服】なら既に完遂している様なものじゃないか?」


 現状では部署内での誤情報や、組織Beeingに都合の良い命令を発布するなど、全員を洗脳しなくても幾らでも操り様は有るのだ。

 公安やクリケットが、どんなに頑張っても、逆に【造反】として扱われかねない。


「悪人の考える事なんて、どうせマトモじゃないでしょうよ」

「それは違いますよ。Beeingの目的は地球の環境保全と人類の存続ですよ。それを邪魔する貴方達こそマトモじゃあ無い」


 公安職員の一人が答えを口にした。


「貴様、【協力者】か?」


 クリケットが変身して、口を開いた公安職員を壁に押さえ付けた。

 洗脳処置をされていない【協力者】は、クリケットにも分からないのだ。


「野崎?貴様も内通者だったのか!なぜ悪人の味方をする」


 公安の職員が、信じられないと言う顔で、押し付けられた野崎を見つめた。


「Beeingは決して悪人じゃない。悪人は、むしろ我々の方でしょう?無差別に増え、我が物顔で環境を破壊し、御互いに殺し合う。こんな邪悪な生物は【人間】だけですからね。こんな状態だと、いずれ人類も滅びる事になる」

「まるで過激な環境保護団体だな?」

『そう!我等Beeingは、環境と人類Being存続の為に行動を起こしている組織だ』


 何処からか声がする。


「スマホが通話状態になっているのか!」


 クリケットは、空いていた片手で野崎の服をまさぐり、スマホを取り出した。


『我々がサイボーグ化する人間は、特に知能と理解力が高い者を選んでいる。君なら理解できる筈だろ?クリケット。いや、栗林 隼人』


 特撮ドラマで怪人がヒーローネームで呼ぶのは、偶像だ。

 公の場で本名を呼べば、その者の社会的地位を崩す事に成るからだ。

 だが、ヒーローの正体を知る本当の敵ならば、社会的地位を崩した方が付け入る隙ができると言うものだ。

 それをしないのは愚策と言える。


「理解はできるが納得はいかないな。栗林?その人間なら、お前らBeeingに身体を切り刻まれて死んだよ」


 クリケットは口調を変えずに言い放った。

 記録上、栗林隼人は中国から出ていないし、今の彼は別の戸籍で生活している。

 既に過度の改造を受けた自身を【人間】と呼ぶには思う所もあるのだろう。


『まあ、どっちでも良い。賛同できないなら、そこの奴等にも死んでもらう』

「おいおい、また近くに来ているぞ」


 クリケットの言葉に、公安職員が奪った銃を持って外へと向かった。

 内通者が居る時点で、場所を秘匿できる訳がない。


 既に交通機動隊前の外苑東通りには、数十人の男達が並んでいた。

 いや、次々と運送用のトラックから降りてきている。

 皆が長めの茶色コートを着ていた。


「なんだ、アイツ等は?皆が同じ顔じゃないか?」

「く、クローンか?」



 この時代、とある霊長類の子宮を使った【借り腹出産】が可能と分かってから、人間の妊婦の負担は激減した。

 人間による借り腹出産では、権利や心情による問題が多数生じていたからだ。

 性行為が無くとも注射や外科手術、内視鏡などで生殖細胞を入手できれば子供が手に入る。


 それは同時に、人間の遺伝子複製化クローニングが容易になった事を意味したが、人間の遺伝子複製化は早めに法規制が行われたので表立おもてだったクローン人間は産まれていない。

 だが、この技術は人間の骨髄細胞単独培養へと発展した。

 骨髄提供者の了解を得て、人権の無い骨髄や血液の培養をするのを否定したら、臓器提供はおろか皮膚移植すらできなくなるからだ。


 この技術は、人工クローン血液の製造に寄与して多くの人命を救う事にもなった。


 これらの技術は一つの研究施設が特許を取り独占し、そして秘匿していたが、安価での大量供給があった為に、世界もソレを黙認していた。

 実際には供給や情報の全てを人質にして世界を脅していたとも言われている。『他者に渡すくらいなら、全てを無に帰す』と。


 世界は、この研究施設の独占を認めざるをえなかった。

 勿論、他の機関も同様の霊長類や他の生物で研究したのだが、芳しい成果をあげられずにいたからだ。


 その研究施設とは、勿論【バイオテックラボラトリー】だ。



「人数は40人以上か!何のサイボーグか知らないが、数の暴力で来たか?」


 出てきた公安職員は十人程度で、交通機動隊からも十人程が出てきている。

 人数的には倍以上の差がある。


「お前達の様なクズと同じにするなよ。」


 電話の声の主が、うずくまる様にして身体を変形させていく。

 頭を亀の様に引っ込め、腕と脚を合わせて巨大な刃物へと変貌させて行った。


「正体を現したなバケモノめ!変形の猶予を与えるものかぁ~」


 無抵抗で非武装の人間を攻撃したとなれば、警察の威信に関わるが、相手がバケモノとなれば話は違う。

 ドラマでは、変身中は手を出さないという特撮ヒーロー物のセオリーがあるが、それを破って公安が徹甲弾を撃ち込む。

 だが、効いていない様だ。


「ハハハハッ!お前達の武装など調査済みだ。無駄無駄無駄ぁ~」


 内通者が居たのだ。公安側の武装に対応したサイボーグが送られて当然だった。


 クローン達は、公安と機動隊の攻撃を受けながらも、次々と変形していく。

 最初の一人以外は、右手と右足。左手と左足を合体させ、左右に開脚していった。

 そして、別の者の下腹部に頭を繋げていく。

 列車の様に連結していく姿は、幅1メートル未満のフレキシブルパイプの様だ。

 ただ、先頭の一体だけは、鋭利な刃物で挟む様に威嚇している。

 そして、合体した無数の【足】は周囲のコンクリートやアスファルトを容易く砕いていた。


「はははっ!これで一対二十だな卑怯者達よ」

「まさか・・巨大ムカデかぁ?うあっ!」


 一本のうねる凶器が、公安職員達を突っ切り、機動隊の建物を破壊していく。


「とっ、止められない」

「建物には、事務員や他の警官達が居るのに」


 大ムカデは建物を壊して、中の人間ごと潰すつもりの様だ。

 クリケットも関節部分に刃物を突き立てて攻撃するが、非常に硬い上に、刃が通っても損傷した一人分を切り離して再結合していく。


「コイツはキリがない。弱点は頭の奴か?しかし・・・」


 特にアクティブに動く頭部を見上げたが、近付く事もできなかった。


 機動隊の建物から多くの人間が逃げ出してくる。

 クリケットは、その中に越智の姿を確認していた。

 そして、視界の端で動く人々も。


「ここを選んだ甲斐があったな。流石に隠蔽は無理だろう」

「「「「後方確認ヨーシ!」」」」


 クリケットは大きくジャンプして、大ムカデから飛び退いた。


 幾つもの爆発音がする。


 防衛省からの攻撃RPG だ。

 曙橋のある機動隊の入り口には、防衛省の職員や出入り業者の出入り口が並んでいる。

 正門とココを除く他の所なら、監視カメラに細工したり、演習と称して誤魔化したり時間稼ぎする事もできるだろう。

 しかし、一見裏口に見える曙橋通用門では、複数の部外者が出入りもあるので通報を無視する事もできない。


 だが、相手Beeingも一筋縄にはいかない様だ。


「何だ!あれは?」


 次々と分解されていくムカデの向こう側。東通りとは別の民家方面から、黒い影の様な物が地を這いながら、逃げた職員達に襲い掛かっていた。

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