第7話 蜉蝣カゲロウ
警視庁本部を直下型地震の様な揺れが襲う。
「奴等を建物の地下深くに感じる・・・まさか建物の基礎を壊しているのか?」
特に携帯の地震アラートは鳴っていないし、テレビやラジオでも地震の報道をしていない。
「地中で破壊行動ができる虫?蟻か?いや、アリジゴク!
アリジゴクは、砂地に
腐食性に加えて毒素は、フグ毒であるテトロドトキシンの130倍とも言われている。
そのアリジゴクを人間サイズで作ったら、どうなるのだろう?
いくらなんでも、ビルは無理と思うだろうか?
遺伝子を組み換えれば、生体に鋼鉄の部位を作る事もできる。
現状でも血液内にフェモグロビンの形で【鉄】が。
血糖値を調整するミネラルの形で【クロム】が。
体組織を作る材料として【炭素】が。
RNAの安定化などやミネラルに【ニッケル】が使われており、貧血防止のミネラルとして【モリブデン】さえ体内には有る。
この様に、鋼鉄など強靭な刃物を作る素材は人体を含む多くの生物で既に保有しているのだ。
『生き物は機械とは違う』と言う者も居るだろう。
だが周知の通り、これ以外にも生物に不可欠な塩を作っているナトリウム、骨格を作っているカルシウムや健康に必要なマグネシウムをはじめとして、ミネラルやビタミンと呼ばれている多くに【金属元素】が含まれている。
生物とは、多種多様な金属の塊でもあるのだ。
そして、現実的に高純度高密度な結晶などを作れるのも地球上では【生物】以外には居ない。
勿論、鋼鉄部分を工業製品からなるオプションとして作る事も可能だし、昆虫特有の筋肉を巨大化させるだけで建物解体の重機に匹敵する力が出せるだろう。
問題は、その力を産み出すスタミナだが、特化した人工物である【サイボーグ】には、その為の器官を装備する事も可能だ。
「怪人が複数居るなんて反則だろ!」
「そうか?バッタに改造されたのヒーロー一人に、同じ改造をした十人近くの悪バッタが襲い掛かった話もあったぞ」
「現実はもっと凶悪だな。数十な上に、こちらが得意な接近戦もできやしない」
コオロギの一部には穴を掘る者もいるが、得意とは言えない。
そう言っている間にも建物のガラスが割れ、証明や天井パネルが落ちて壁にヒビが入っていく。
電気が止まり、水が溢れだし、扉が開かなくなる。
一部ではガスの匂いもしたが、流石に元栓の安全装置が作動した様だ。
普通の地震では数分で収まる揺れも、人工的な崩壊によるものだとソウでもない。
しかし、ある程度の揺れも流石に十分近く続くと、地震大国日本の国民は揺れながらでも動き出せる。
特に、ここには日本中から集められた猛者が多い警察庁本庁だ。
「これでは本庁が壊滅か!これは公安を犠牲にした方が安かったかな?」
「いや、【警察】は建物じゃなく【人】で構成されているものだ。生き延びれば何とでも成る」
まだ揺れが続いているが、交通機動隊が携帯式メガホンを使って、建物からの待避を呼び掛けている。
通常の地震では揺れが収まるまで屋外へ出ない方が良いのだが、この状況だと最悪は建物崩壊の可能性がある事を、人海戦術を使ってでの結果だ。
こうして本庁職員の大半が外に逃げ延びたが、警察としての機能が著しく低下したのは確かだろう。
「本当に嘘の様に警察庁と道路だけが壊れているな」
救急車のサイレンを聞きながら、助かった職員が本庁を見て呟いていた。
「畜生!サイボーグ野郎が上がってきたら、奪った銃で仕留めてやる」
玄関ホールで物証として確保した自動小銃を持ち出せた公安職員が、地面に向けて銃を身構えた。
「徹甲弾は撃ち過ぎると、銃が御釈迦になるぞ」
貫通力の強い徹甲弾の欠点は、銃の寿命を著しく縮める点だ。
公安職員の会話を聞きながらクリケットが、地面に手を置いて首を横に振っている。
「無理だな。奴等は道路の下へ移動して、道沿いに地下を逃げていく。これは下水道だろう・・・匂いが追えなくなっていく」
「クソッ!」
復讐もできず、拳を震わせながら警察庁庁舎を見上げる男達が多数居た。
建物として使えなくはないが、一部の通路や部屋は全壊しているし、各所にヒビが入っている。
特にインフラ関係は被害が大きく、どう見ても建替えを求められる状態だ。
「しかたがない。こうなったら曙橋の交通機動隊にでも間借りするか?あそこならコネもある」
「市ヶ谷駐屯地の所ですね」
「どちらかと言えば【防衛省】だがな。あそこで何か有れば、自衛隊も来なくてはならないし、武器も豊富だろう」
都内には、警察署を含む警察施設が多数ある。
本庁の職員は、
「警視総監達は納得してくれるでしょうか?」
「【クリケット】の事は、まだ情報を上げてない。あくまで【テロリストの仕業】として押し通せるだろう。他の部署も映像は見てるだろうしな」
テロリストの手段は略奪と殺戮や破壊だけで、被害にあった側に何が悪いという事はない。
思想の有る反政府活動ならば、国会や現場抑止力である警察が標的にされるのは十分に考えられる。
「実際は
良くも悪くも、全体を把握しているのは公安だけだし、物証は瓦礫に埋もれているのだから。
「早めに近くの署から、パトカーを借りる手はずをしろ。地下駐車場は壊滅的だろうからな」
少なくとも今の公安は、毒蛾達から奪い取った銃器が有るので、地下鉄やタクシー、運送会社で資材を移動する訳にはいかない。
警視庁のある桜田門から曙橋までは、直線で3キロある。
ようやく手配できた数台のパトカーで、何度も繰り返しての輸送だ。
壊れかけの建物は二次災害も有るので、あまり出入りができない。
だが、他所で仕事をする上では、ある程度の資料や無事な設備を運び出す必要がある。
突然の建物崩壊に何とか逃げ延び呆然とする署員の中で、公安だけが比較的キビキビと動いていた。
だか、それも全員ではない。拠点を失った職員の喪失感は半端ではない様だ。
「今回は、多くの意味で我々の【負け】だな。拠点を失い、公安も物証や資料を失い、巻き返せるかどうか・・・」
越智と二人っきりよりは心強く理解者も増えたが、栗林は先行きの暗さを感じていた。
おさまった崩壊にも気を許さず、壊れた庁舎から資材を運び出し始めた。
いくら連絡を取ったからと言っても、行った先での間借りで十分なスペースが確保できる訳もなく、大半の備品や資料は海岸線近くの倉庫に移動したが、曙橋に運び込んだ物も山積み状態になっていく。
「壊れたデスクトップコンピュータの運び出しは不要です。こんな時の為に、コンピュータデータの大半をクラウドサーバーにコピーしておきましたから」
「そうなのか?それは確かに助かる。しかし、許可は出してないぞ。今回は目を瞑るが、次回からは許可を得てからやってくれよ」
越智は警察庁のデータベースやパソコンのデータを事前に警察庁外のクラウドサーバーにコピーしていたのだ。
それを彼が開発したスマホアプリでアクセスでき、バックアップされたコンピュータ上の資料や情報を簡単に見る事ができる様になっていた。
ただ、このバックアップは栗林と再会してから無許可で行っていたので、事後承諾の形となっている。
「当然ですが、警察庁のメインサーバーや他の部署の分も有りますから安心して下さい」
「よく警察庁中のコンピュータにアクセスできたな?上が良くも許可を出したものだ。他の部へ出入りするのも難しいだろ?」
「出入りしてませんよ。本庁のデータベースにウイルス仕込んで、アクセスできる全てのコンピュータに感染させましたから。感染した先のデータをコピーしてクラウドサーバーへ送る様にしたんですよ」
コンピュータウイルスには数種類が存在する。
侵入したコンピュータに成り済ます別コンピュータにアクセス転送するもの。データを書き替えるもの。データを破壊するもの。データを別コンピュータに転送するもの。
越智が使ったのは最後のタイプだ。
「おいおい、それってヤバくないか?」
「『結果良ければ全て良し』ですよ」
「・・・・・・俺は何も聞いてないからな!」
いつもは好意的な公安職員も、流石に責任はとりきれない様だ。
公的なコンピュータしか本庁のサーバーにはアクセスできないが、一部には個人的なデータも有るかも知れない。
確かに、失うよりは良かったのかも知れないが・・・
「経費だけでも支払ってくれれば、システムごと警察に譲渡しますが、罪に問うならこのまま処分しますよ」
「まてっ!分かった。上に掛け合ってみるから、とりあえずは『サンプル』として一部を使わせてくれ」
「分かりました。主任のスマホにインストールしますね」
越智は、持ち出したパソコンを操作し始めるのだった。
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