第6話 毒蛾

「今日もライダースーツを脱がないんだな?」

「頭だけヘルメットを被っているのは可笑しいだろ?」

「室内だが、暑いんじゃないかと思ってな」

「もう、暑さも痛みも、たいして感じない体になってるんでね」

「それは・・・良いことなのか、悪い事なのか・・・・」


 悪く言えば、爽快感や人肌の暖かみ、柔らかさ等も感じなくなっている。

 戦士と言う限られた用途の肉体と【されてしまって】いる。


 クリケットの身体ボディは、上からワイシャツやズボンを着れば、体格の良い健常者と変わらぬサイズにできている。

 防護面では意味は無いが、栗林は上から市販のライダースーツを着て出歩いているのだ。


 ネットワークサーバーの不可視ファイルを一部だけ解凍してコピーしてきた越智と栗林は、公安の特務機関で情報の共有をしている最中だった。


「急ぐ情報として、クリケットを含むサイボーグ達のの情報を引っ張り出してきた。これを見ても、警察で使用している装備じゃあ、役にたたないのが分かってもらえるでしょう」

「これじゃあ、至近距離からの22口径なんてダメだな。ライフルや自衛隊装備じゃないと・・・」


 そうは言っても、クリケットの情報は持ってきていない。


「こんなのが、一人づつじゃなく、複数居るのか?」

「それどころか、違う能力を持った者がチームを組んで来るだろう」


 越智の提示した情報は、公安の皆を驚愕させた。

 同一種が複数居るならば対応も考えられるだろうが、複数の種類が組めば、御互いの欠点を補え合える。

 とても【警察】の手に負える相手ではない。


「これは自衛隊の協力を求めないと無理だろう!」

「それは、公的には無理なんじゃないかな?Beeingの魔手は公安ここにも延びていた。警察でも自衛隊でも、非公式に一部の有志でしか動けないだろう」

「いや、それさえも・・・」

「明日には敵になってるかも知れないって【洗脳】かぁ・・・」


 協力者を募れば募るほど、敵の侵入を許してしまう。

 どんなに信念や経験が有っても、【物理的洗脳】には服従か死の二択となるのだろう。


 そんな時だ。


『一階玄関ホールに武装した侵入者有り、数は十名弱。毒ガスを散布しているらしく、ホールの署員は行動不能』


 館内放送が流れた。


「まさか、正面から来たのか?」

「毒ガス?該当しそうなのは・・・【蛾】か?」


 セキュリティセンターから転送してもらった映像では【蛾】に間違い無さそうだ。


「蛾のサイボーグは、格闘能力は低そうだが」

「皮膚から浸透する毒?ここの装備じゃガスマスクが精々だろ」


 当然だが、警察の装備情報は筒抜けだ。

 立ち向かえるのは・・・


「俺が公安に来ている事は、【蜂】が伝えたんだろう!仕方がないから俺が出るよ」

「大丈夫なのか?クリケット」

「俺なら一日くらい息を止めておけるし、外皮は耐性が高い。ただ、戦闘となると話は別だから、扇風機みたいな物を沢山用意してくれないか?」


 無呼吸での戦闘はリスクが高い。


「そうか!出入り口側のガラスを外側から撃ち抜いて、室内側から別の窓の空気を送ればガスは晴れるな!」


 入り口ホールを内側から送風して、毒ガスを排出するつもりらしい。


「あの先頭のマスクをしていない奴には、催涙弾とか効くんじゃないか?」

「いや、むしろ煙幕が有れば、後ろの奴にも接近戦ができる」


 後続の武装集団が付けているマスク等は、クリケットの様に高性能な視野を持っていない様に見える。

 煙幕は原始的だが、効果の有る方法だ。

 エアコンは、室内の空気を循環させるだけだし、フィルターで毒素を防げるとは限らない。


「セキュリティセンターに連絡して、送風ルートと扇風機に使える物を手配しろ」

「電源コードも沢山いりますよね?」


 公安の人間が、次々と手順を整えていく。


「内部の奴に電源を落とされるかも知れないから、そっちの警戒もしろ。今、ここに居る奴以外はスパイかもしれん。各自で銃と通信機を所持しろ」

「了解!」


 皆が一斉に動き出す。


「どうせ、奴等の目的は俺と公安だろ?ルートは決まってる」

「先ずは、煙幕弾を撃ってから後続に接近戦。銃声が止んだら送風してサイボーグに当たる」

「分かった。これが煙幕弾だ」


 クリケットに、口径の大きい銃の様なランチャーが数丁渡された。

 生身の人間に出来るのは、接近戦が終わったら外のガラスを割り、内側の扉を開いてから準備していた送風機を回す事だけだ。


 最悪、クリケットがやられても、送風すれば状況確認ができる。

 その後に逃げるかどうかの判断をすれば良い。


「一応は、脱出ルートの確保をしておけ」


 敵にとって邪魔なのはクリケットと組んだ公安だけであり、警察全体が邪魔なわけではないだろう。協力者が居れば警察にも利用価値があるのだから。


 一応はガスマスクをした警官達が、台車に乗せた送風機を用意してクリケットの後方に待ち構える。更に後ろにはコードリールが大量に繋がれていた。

 

「クリケットぉ~、あんただけ出てくれば話は終わるのよ。犠牲を増やしたくないでしょぉ~」


 【蛾】の男の声が響く。


「送風開始!扉を開けるぞ」

「了解!」


 送風機が回りだし、両手と肩に煙幕銃を用意したクリケットを見て、一人の警官が重厚な扉のロックを外して扉を開ける。

 その開いた部分に、早速一発の煙幕弾を発射しながらクリケットが駆け出した。

 当然だが、武装集団も発砲してくる。

 警官達は、慌てて扉を閉めた。送風したままでは煙幕が飛んでしまうからだ。


「クソッ、徹甲弾かよ」


 既に弾倉を変えていたのだろう。対サイボーグ用に音の違う銃弾が飛び交う。

 クリケットも移動しなから煙幕弾を撃ち、戦闘用に変身していく。

 上からライダースーツを着ているので、頭部だけしか変化していない様に見えるが、袖などから刃物が突き出している。


「ゴホッ、ゴホッ!何よコレ」


 【蛾】の男がむせているが、苦しんでいる様ではない。


 煙幕弾を全て撃ち放ったクリケットは銃を手放し、大きくジャンブして武装集団のただ中へと飛び込んだ。


「無闇に撃つな、同士討ちになる・・クッ!」


 案の定、武装集団はクリケットほど周りが見えていない様だ。

 何より声を出せば、居場所と向きを知らせる様なものだ。

 一人が首を斬られ、持っていた銃を奪われた。


 クリケットは無言のまま、その銃を周囲に向かって乱射する。

 戦闘サイボーグ用に持ち込んだ銃弾に、強化武装の服が耐えられる訳がない。

 ホール内の警察側人間は、既に銃撃と毒ガスで死亡しているので、この銃撃による警察クリケット側の死傷者は発生しない。


 銃声が止まると、クリケットの周りには、誰も立っていなかった。

 徹甲弾を撃った銃も、うっすらと煙をあげている。


「御前はシブトイな・・・」


 武装集団の何人かを盾にして、【蛾】の男は助かっていた。


 銃声が止んだので、ホール外側のガラスが銃で粉々に割られ、室内の幾つかの扉が開いて送風が開始される。


 蛾の男は無傷ではないが、それはクリケットも同様だ。


「華麗な蝶に傷をつけてくれたわねぇ、便所コオロギWC

「それは両方とも種類が違うな、【毒蛾】ポイズン モスだろ?御前は」


 かき消された煙幕の中で、高速移動をしたクリケットの腕の刃物カッターが、【毒蛾】の首を切り裂く。

 クリケットの黒いボディが赤黒く浮かび上がった。


 【蛾】には飛行ができたかも知れないが、バッタやコオロギの様に高速移動する能力は無い。

 それこそ外付けのユニットなどが無い限りは。


「何だ?あれは!」

「あれがクリケットのバトルフォームですよ」


 既にライダースーツではなく大きな複眼に開いた大顎、鋭い凶器と化した手足に血塗れの黒い怪人に、公安の面々も引いていた。

 越智の無線が無ければ、公安が銃撃していただろう。


「『毒をもって毒を制す』か!」


 銃刀法で規制されている日本で、銃犯罪に対して警察が銃を使用する特例も、これに近い。

 現在の人間界では、暴力にも暴力でないと対応ができないでいる。


「状況はクリアか!」


 状況を確認してからクリケットがバトルフォームを解いた。


「コイツらの武器を【証拠品】として回収しといた方が良いんじゃないのか?」

「そ、そうだな。その前に鑑識を呼べ」


 公安が出入り口を固めて、鑑識が写真を撮り始める。


「マスコミには【テロリストの本庁攻撃】って事になるんだろうな」

「【悪の秘密結社】と事実を書いても、嘘っぽくなるだけだしな」


 【子供向け特撮モドキ】に多数の死傷者を出したのに比べたら、【テロリスト】の方が現実的だし、実質的に【テロリスト】と称しても問題ない存在と言える。


 鑑識と職員が、入り乱れた死体を片付けている最中に、クリケットが背伸びをし周りを見回しはじめて、再びバトルフォームになった。


「越智っ!コイツ等は囮だ!周りに数十の気配がする。気を付けろ」

「数十?」


 そう返事をした途端に、大きな揺れが本庁を襲った。

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