第5話 蜂女
「三隅巡査は?」
「その者の言う通り、違法サイボーグでした。文字通り【飛んで】逃げられましたが」
下に誰が居るか分からない状況で、発砲はできなかった。
警視庁の周辺には職員以外に一般人も居るのだ。
帰ってきた刑事は、見たものや状況を皆に伝えた。
「話からすると、恐らくソイツは【蜂】タイプでしょうね。情報収集と工作がメインで、単体での戦闘には不向きな軽量タイプなのかも知れません」
「コンセプトや素材は昆虫なのか?さしずめ、あの死体はカマキリと言ったところか?」
かなり偉そうな刑事が、栗林の【蜂】と言う話を聞いて納得していた。
「じゃあ、曽谷係長も【蜂】か何かなんですか?」
「いや、彼女は【洗脳】だけでしょう」
「じゃあ、洗脳を解いて情報を聞き出せば」
「それは、どうでしょうね?」
刑事の言葉に栗林が難色を示した。
薬物を使った洗脳でも、解けるとは限らない。悪くすれば廃人になる。
その辺りは医者任せで、警官には洗脳に対する知識が乏しい。
ましてや・・・
「しかし、曽谷係長や三隅巡査がスパイにされていたとはなぁ」
偉そうな刑事が言葉を挟む。
思い起こせば三隅巡査は、曽谷係長の推薦で数ヵ月の海外研修に行っていた人材だった。
その後から検挙率も上がって、好成績をあげていた。
そんな話を刑事達がしていた頃、科学警察研究所の奥では、死体の男と曽谷係長の鼻の奥に、同じようなオレンジ色の腫瘍があるのを発見していた。
「現状は、ほぼ彼の言う通りだった。警察病院のCTで調べなくてはハッキリと言えないが、死体の方の腫瘍を内視鏡で切除してみたら、脳の方まで組織が延びていた。あれが洗脳しているんだったら実質、排除は無理だろう」
「じゃあ、麻酔から覚めても元に戻すのは無理って事ですか?」
彼女の部下達が、麻酔で奥に寝かされている上司の方へと視線をやった。
出てきた医者から報告を聞いた部下以外の者も、絶望の表情をしていた。
「絶望よりは、恐怖した方が良い。明日は我が身、隣人や家族がいつの間にか洗脳や改造されているかもしれないんだからな」
栗林の言葉に、刑事達が一斉に間合いをとって御互いを見はじめた。
「大丈夫だ。この部屋には、もう居ない。但し【今は】だ。夕方にはBeeingのスパイにされているかも知れない」
「じゃあ、どうしろと?半日おきに全員を内視鏡検査するのか?」
「俺が居れば、洗脳に関しても今回の様にリアルタイムで処分できる。ただ、洗脳されていない【協力者】が居ると俺にも分からないが」
ヘルメットの男は、実績をみせている。だが、見知らぬ男。顔も見せない奴を簡単に信じる刑事達ではない。
ましてや身内にスパイが居た今は尚更だ。
「御前を信じろと言うのか?御前こそスパイの可能性が有る」
「俺も、コイツらと似たり寄ったりの違法サイボーグだからな。だから【信用】せずに【利用】すれば良い。俺にも見張りを付け、今回の様に疑わしい時は警察で調べればいいじゃないか?」
「カマキリを倒す、その力。やはり違法サイボーグなのか!」
そもそも栗林が助かったのは、麻酔に対する体質を秘密にしておいたからだ。
秘密にしていたのは、アレルギー体質が有って入所できなかった者の話を聞いていたし、あの研究所に閉じ籠っていれば、いきなり全身麻酔が必要な状況は有り得なかったからだ。
表向きは『中国の田舎で入院施設が近くに無い』という話だったが、今にして思えばアレルギーが有って改造により異生物との許否反応が有ったら面倒だったのだろう。
だが、現状で腫瘍の有無が無くとも、違法サイボーグにされてしまった栗林の立場は、マンティスと曽谷係長を犠牲にしても潜入するスパイに見られるのだろう。
「更に恐怖しなくてはならないのは、この部屋にBeeingの手先が居なくとも、警視庁の中に居ない訳ではないと言う事だ。ここに居ない警視正や警視総監が、奴等の手先や協力者じゃないと保証するまでの能力は、俺にも無い」
「もし、そんな事になっていたら・・・いや、翌朝になっていたら」
栗林はヘルメットを叩いて、皆の注目を集めた。
「そんな、御前達に顔をさらして、奴等を潰す手段を失うのは有意義なのか?」
「顔や名前を知らないのは、警察からの人身保護を考えれば有効なもな。人物を特定できなければ、濡れ衣を着せる事もできない訳か?」
合法的に栗林を拘束するなら、警察内部の協力者が罪をでっち上げ、証拠を捏造して別件逮捕で逮捕状を取れば良い。
だが、【いつもヘルメットを被っている奴】では現行犯以外で逮捕もできない。
そもそも令状がとれない。
「俺の事は、とりあえず【クリケット】と呼んでくれ」
「イギリスとかで球技として有名なアレか?」
「いや、【コオロギ】の方だ。Beeingの関係者は、俺の本名も全て知ってるだろうから、越智以外で俺に詳しい奴、調べようとする奴は怪しいぞ」
既にスマホを手にしていた警官達の指が止まった。
「くり・・・クリケットの事は私が保証します。できればサブマシンガン程度の破壊力がある銃と、それを使いこなせる捜査員2名くらいを付けてくれませんか?」
「バイクに乗れる奴がいい」
「重火器か・・・」
越智と栗林の依頼に、偉そうな刑事が視線を科警研の職員の方に向けた。
「確かに、それくらい無いと、あの外骨骼は貫けないだろう。こっちからも上に、その旨の報告書をあげておこう、課長」
「先生も口添えしてくれるなら・・・分かった。我々も尽力しよう」
偉そうな刑事は、どうやら課長職だったらしい。
「基本的に、俺と越智は単独行動をとらせてもらい、Beeingの関係者やサイボーグが見つかり次第、連絡を入れて呼び出させてもらう」
「共同捜査じゃないのか?」
刑事の言葉に、今度は越智が首を横に振った。
「確かに情報共有や共闘はさせますが、四六時中同行されて彼の情報源を知られたら、いつかはBeeingにソレを潰されかねないじゃないですか?」
「越智なら良いのか?」
「確かに越智が洗脳されたら元も子もない。だが、越智一人なら俺でも守り抜けるが、帰宅や連絡で離れる刑事までは手が回らないからな」
栗林の言葉はもっともだ。
刑事達がBeeingに対して力でも組織力でも無力なのは、マンティスと曽谷係長の件で明白だ。
栗林に力があったとしても、護衛対象は少ないに越した事はない。
「今後も、越智を【通行証】や【免罪符】代りにしてくれれば良い」
そもそも、ヘルメットを取らない栗林が、警視庁の地下駐車場にまで入れたのも、事前に【越智と同行者一名】をそのまま通す命令が警備に通達されていたからだ。
結果的に、
「君達の言う事はもっともだ。こうして目の前に物証もあり、洗脳や潜入も
「でも、この場に居ない者には納得いかないでしょうね」
確かに精巧な義手や義足の普及は一般的になっているが、戦闘サイボーグなどは、まだSFの世界だ。
「今のところ流せる情報だけ話すなら、これらの【改造】を行っているのは中国にある【バイオテックラボラトリー】で、俺もソイツも、そこの職員だった」
「おいおい、バイオテックって、義手や人工血液とか作っているアソコかよ?」
「確かに技術の最先端企業だが、中途半端な相手じゃないぞ」
「しかし、そこがBeeingの本拠地かは分からないし、日本の営業所で改造や洗脳が行われていないとも言えない」
まだまた栗林達も情報は不足しているのだ。
そして、このくらいの情報は流しておかなくては、刑事達も行動の指針が立てられないだろう。
「これは十分な調査と準備が必要だな。バイオテックだけでもバックには幾つもの国家が付いていると聞く」
「確かに洗脳とかできるなら、要人を配下にできるんでしょうが・・・」
バイオテックラボラトリーの名前を聞いた刑事達は、頭を抱えていた。
「私とクリケットは調べたい事が有るので、これで失礼します。また連絡をしますから」
「分かった。我々も会議を開かねばならないな」
その場は解散となり、越智と栗林は別の車でミラーサーバーかある大学分校へと向かった。
それから数日後、警視庁に異形の一団が姿を現した。
カラフルに染められた長髪で化粧や付け爪をし、幾つもの原色を用いたヒラヒラとした服装の男を先頭に、細菌戦にでも挑む様な防護服と自動小銃に身を包んだ数人が、警視庁前に停めた車から降りてやってきたのだ。
「何だ、君達は・・・ぐっ、」
変態とミリタリーオタクだと判断し、
「まぁ可愛いけど、好みじゃないわね」
オネエ言葉で見下ろす男は、あまり気にする様子もなく、真っ直ぐに警視庁へと入っていく。
次々と倒れていく警官達を見て銃を構えた警官は、うしろについてきた武装集団に撃たれていく。
「騒がしいわねぇ」
男がホールに入ってマントの様な布を翻すと、ホール中の人間が全員倒れた。
『一階玄関ホールに武装した侵入者有り、数は十名弱。毒ガスを散布しているらしく、ホールの署員は行動不能』
カメラで監視していた警備室から、全館に放送が流れた。
「ガスなんかじゃないわよねぇ」
先頭の男は、後ろからついてくる武装集団に相槌を求めているが、求められた男は『どうなんでしょう?』という感じのゼスチャーで返した。
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