第4話 蟷螂カマキリ

 そう、警視庁の地下駐車場で栗林達を待ち構えていたのは、研究所の職員でBeeingの手先だったのだ。


「どうして、ここに?」


 越智は驚愕していた。

 上司にも公安にも連絡をとったが、それは会話を暗号化して通話するソフトを使っていた。

 盗聴され、情報が漏れる筈がないと考えていたのだ。


「多少の行き違いはあったのだろうが、今からでも我々の崇高な使命に従う気はないか?」

「捕獲用のクモの後は、斬殺用のカマキリかよ?リチャード」


 一応は、説得をしようとしている様だった。


「御前が日本に帰る事は予想されていたし、増員もされている。それでも帰る気は無いんだな?」

「何が崇高だ?勝手に、こんな体にしといて!そもそも御前達は洗脳されているんだよ」


 栗林も上着を脱ぎ、ヘルメットをかぶって、バトルフォームへと移行した。


 この世に数多の【秘密結社】があっても、だれも【悪の秘密結社】など作ってはいない。

 宗教対立や国家間対立同様に、それぞれが独自の【正義】を持っている。


「御前達こそ【自由】とか【普通】なんて虚構に洗脳されて、世界や人類を破滅へと導いているじゃないか?目を覚ませよ」

「何を言っているんだ?リック?」


 争いの多くは、御互いの認識の相違から生まれており、元々【悪】というものは実在せず、異なる【正義】がぶつかって不利益になる相手を勝手に【悪】と称しているだけなのだ。

 【味方】と呼ばれる者達も個々が閉鎖思考の人間なので、幾つかの共通点が有るが、全く同じではない【正義】の持主だったりする。


 リチャードは、鎌の様な手を前にかまえて身を屈め、首を幾度となく傾けた。


「あれも昆虫か?形からするとカマキリなのか?」


 はだけたトレンチコートが、カマキリの戦闘フォームに酷似していた。


【マンティス】


 駆け出すマンティスリチャード》に対してウインド・クリケットは、噴射を使って飛ぶように挑んでいった。

 実際に、ほとんど飛んでいたと言える速度だ。

 リチャードの左手の鎌が降り下ろされる瞬間に、クリケットは空中で進路を変え右に逸れた。リチャードの左側を抜ける様にしながら、その脇腹目掛けてに蹴りを放つ。

 リチャードはバランスを崩しながらも全身で右回転をかけて蹴りの衝撃を逃がした。


 実は、ここまでもマンティスの戦闘パターンだった。


 回転しながら、右手の鎌を水平に振って、彼の背中側になったクリケットに突き刺すのだ。

 マスクに付属した大きな複眼が、後ろを含む広範囲の認識をマンティスに与えているのだ。

 当然だが、クリケットの攻撃も軽減できている。


 通常なら武術家相手でも、ここで負傷する。


 だが、クリケットは更なる噴射で天井側へと飛びあがり、鎌の軌道を避けた。


「コオロギなど単なる獲物だと思っていたが、流石に新型なのだな?」


 蟷螂マンティスも、この半年のうちに新技術で改装されているが、基本性能は上げようがない。


 どう見ても足手まといの越智は、車に綴じ込もって応援の電話を掛けていた。


「駐車場のセキュリティカメラで見えているだろうに、どうして誰も来ないんだ?」


 スマホで電話を掛けようとしたが、アンテナが立っていない。


「妨害電波かよ?警視庁だぞ、ここは・・・・」


 越智は、早々に電話を諦めてスマホのWi-Fiを使い、調べておいた公安のメアドにメールを送った。

 幸いにもWi-Fiの方は妨害を受けていなかった。


「もう少し頑張ってくれよ、栗林」


 越智は車の屋根に登り、ライターで火を付けた書類で天井の防火装置を炙った。


 非常ベルが鳴り、天井のスプリンクラーから水が放出されていく。

 駐車場は、車の中で寝ている場合も有るので、ガス系の消火剤は使えないのだ。


「これで誰も来なかったら、警視庁が無人って事になるだろ」

「よくやった!これで臭いも音も遮断されて応援も呼べまい」

「そ、そうか!音や匂いだったな」


 越智には、虫が匂いや音で仲間の識別や連絡を取っている事を、車中で話していたのだった。

 越智自身に、そこまでの判断があったかどうかは別の話だったが。


「ちっ!だが、御前の機動力も落ちるだろ」

「そうでも無いさ」


 クリケットは、巨大な鎌を手首の刃物で受け止めていた。

 カマキリの鎌と違い、外側にも刃が付いているので厄介だ。


 真剣での勝負の様に、ぶつかっては離れをなんども繰り返していく。


 装甲はクリケットの方が丈夫なのか、大きな鎌は速度が遅いせいか、マンティスの方に傷が増えていた。


 クリケットは間合いを取ると、5メートル近くある天井までジャンプし、配管ダクトにしがみついた。


 人間の垂直跳びは、約2メートルが限界だ。

 走り高跳びでも 約2.5メートルがオリンピック記録なのだ。

 脚が強化されていなければ、天井など手が届かない。


 いくら改造されていても、カマキリを模した人間に強靭な脚力は備えられていなかった。


 対してクリケットは、ジャンプ力と機動力が備えられており、手足の刃物を配管金具に引っ掻けて、天井で位置を変えていた。


 マンティスの方は、そんなクリケットを見失いつつあった。

 スプリンクラーのシャワーで天井の照明が乱反射し、逆光の位置に居る黒いクリケットが見えづらいでいたのだ。


「これで、どうだ!」


 クリケットは半ば逆立ちに近い格好でイプが固定されている天井を蹴ってマンティスの頭に蹴りを喰らわそうとした。


「バカメ!叫び声を上げれば、この状況でも見当はつく。何より跳び蹴りなど、音の後に移動すればクリティカルヒットは無い!」


 マンティスの言葉は正解だった。

 跳び蹴りはジャンプしてから狙いを変える事は出来ず、当たるまでに時間がかかる。

 相手が動けば威力が落ちるし、最悪はバランスを崩して自滅する。

 意識のある相手ならば、危険を察知して動くだろう。


「所詮は・・・・あぐっ!」


 マンティスは、頭を蹴りつけられて数メートル吹っ飛んだ。

 人間なら死んでいるだろうが、全身を痙攣させながらも、意識がのこっていた。


「な、何故だ?なぜ避けられなかった」

「それは、俺が只の【クリケット】じゃあないからさ」


 【WindCricket】・・・【風】

 避けられるのは【跳び蹴り】だった場合だ。

 クリケットの蹴りは、風圧で加速して軌道修正もできる、言うなれば【飛び蹴り】だったのだから。


「クソッ!だが、まだ死なん、まだ死ねん!」

「安心しろ、今、自由にしてやる」


 クリケットのヘルメットのフルフェイスタイプで言う唇の前、シールドの下にある【チン】と呼ばれる部分が、大きく左右に開いた。

 開いた所には鋭利なやいばが幾つも付いている。


「人間の生身同様の場所があるって事は、初期型なのか?偽装の為なのか?」


 一瞬は迷いながらも、その開いた刃物が、昆虫が餌に食らい付く様に軟らかい首に噛みついた。


「グアッ・・・・くっ!」


 ヘルメットから響く、かん高いモーター音とともに、その【口】は何度も何度もマンティスの首に食い込み、真っ赤な鮮血が噴き出した。

 気管を潰した様で、既に呻き声も出ない。

 マンティスの身体が痙攣しては、クリケットの頭部が赤黒く染まって、次にスプリンクラーの水で洗い流されていく。


 床の真っ赤な水が、排水溝へと流れていく頃には、マンティスの身体も冷たくなっていた。


「なんだ?何が起きている?爆発か?」


 焼けた臭いがしなかったので、そう考えるのも当然だが、越智のメールに気が付いた公安の数人が、銃を手に駆け付けていた。


「俺です!越智です。例の組織のメンバーを【無力化】しました。残っているのは【協力者】です」

「越智、無事なのか?」

「はい。火事ではありません。水を止めてください」


 スプリンクラーの放水が終わると、そこには真っ黒なライダージャケットを着た男と、車から出てきた越智が立っていた。

 足元には、首に大ケガをした人物の死体があった。


「これは人間なのか?そして人間の仕業なのか?」


 死んでいる男は、変な仮面を付けてはいるが、人間の様だった。

 ただ、見えている範囲では、その腕だけは人外と言わざるをえない。


 ライダージャケットの方は、見たところ刃物らしき物が見えない。

 どうやって、この【怪物】の首にココまでの傷付けたのか、刑事達には想像できなかった。


「死体袋みたいな物があったら持ってきてくれないか。俺の顔もだが、この死体も部外者には見せない方が良い。専門の部署があるのだろう?」

「分かった。すぐに手配する」


 栗林の言葉に、一部の警官が呼応して行動を起こした。




 越智と共に栗林が案内された科学警察研究所の部屋に、例の死体袋が持ち込まれた。

 すぐに裸にひんむかれて検死官や刑事達に調べられている。


「服を着ていると、普通の人間と区別がつかないが、明らかに【違法サイボーグ】だな。俺達はいつも事後到着なので、こうして犯人達の正体を知る事はできなかったが・・・」

「科警研でも、ここまで完成されたサイボーグ、いや、バイオボーグと言うのか?明らかに異生物を取り込んだものは見た事がありませんよ。どんな能力を秘めているのやら」


 連絡を受けて次々と刑事達が増えていく。


「この外骨格は、活きていれば長距離からの35ミリ銃弾くらいは跳ね返す。格闘でも常人にかなうものじゃない」

「そんな奴が俺の相手だったのか?」


 栗林の言葉に反応した刑事に、首を振って続けた。


「こいつ一人じゃない。【奴等】だ」

「こんなサイボーグが何人も居るのか?」


 ヘルメット越しに、栗林が説明すると、刑事達は驚いていた。


 サイボーグ達には肉体に型式番号も刻まれていて、ウインド・クリケットは【14】だった。

 シリアルナンバーではない様なので、ウインド・クリケットも複数居るのかも知れない。


 栗林は話の途中で首を横に向けると、いきなり駆け出して部屋に入ってきた女警官の首を掴み、奥の壁に押し付けた。


「そう言う事か!」

「おいっ、何をする?」


 女の首を壁に押し付ける彼に、何人かの警官が銃を向けた。


「こいつはBeeingの手先だ!」

「バカな事を言うな!曽谷そや係長は20年近く警官をやっているんだぞ」

「先週は一般人でも、洗脳されればBeeingの構成員にされるんだよ。内視鏡やCTスキャンで鼻の奥を調べてみろ、腫瘍の様な異物が脳にまで食い込んでいる筈だ」


 肉体の改造は受けていなくとも、脳に例の【同調ユニット】を埋め込まれれば、朴やリチャードの様に考え方が変質する。

 今回も、クリケットがいち早く彼女の鼻の奥からする異臭に気が付いたのだ。


「本当らしいですよ。記憶や生活習慣はそのままで、味方意識が変化するみたいです。道理で警視庁に来る事もバレてて、刺客の侵入も許したわけですか」


 この点に関しては確証がないが、越智が刑事達に説明をした。


 新たに入ってきた警官中の女刑事の一人が、この光景を見て部屋を飛び出していった。


「あの女も一味だ!逃がすな」

三隅みすみ巡査が?」


 刑事達が後を追うと彼女は、上着とワイシャツを脱ぎ捨てて、窓ガラスを突き破って柵を越えた。


「おい、ここは9階だぞ!」


 割れた窓ガラスから刑事が下を覗くと、途中で空中に止まっている彼女を見つけた。

 背中の辺りに何か有るらしく、その部分だけがボヤけて見える。


「マジかよ?アイツもサイボーグだったなんて」

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