第六節(了) 戦闘中の裁判場にて

-----


 残り、裁判長で激突しているミケとレーター。互いに武器をぶつけたまま、膠着状態こうちゃくじょうたいに陥っていた。

 だが、徐々にミケの体勢は低くなる。裁判官の邪悪な笑みも増していく。


 何かが砕ける大きな音が響き渡った。

 ミケが防御のために奪った大剣。それが崩壊する音だ。刀身は半ばから折れ、宙を舞う。

 レーターはあごを上げた。今は白髪に染まった老人だが、かつては国王だった男だ。

 裁判という場に舞台が変わってから実戦とは縁が無かった。だがいざとなれば勘を取り戻すものである。


 少女が仰け反ったため、懐へ入り込む。

 つちの柄を両手で握る。そうして横にぎ払う。



 ミケの首を打ち抜き、胴体と頭部を分けた。

 吹き飛んだ頭は床に転がり、最期まで同じだった表情をレーターに向ける。

「ちっ。やはり人形か……」

 血も、骨も、肉もない。外っ面だけが人の姿な物体の成れの果てだ。レーターは眉とシワを一点に集める。

 だがこれで終結だ。そう鼻を鳴らした直後のこと。



 それぞれの断面から、細い緑の光線が二本放たれた。

 つなぎ合わせるようにして双方の線が重なる。

「な……!?」


 分離した二つの個体は、床を引きずって動きだす。

 断面同士が癒着され、やがて完全に元に戻った。

 まるで時間を巻き戻しているような光景だ。少女の姿をした人形は、何事もなかったかのように立ち上がった。


「警告。ワタシを破壊するには、コアの粉砕が必要」

「なんなんだこいつは……!」

 ただのガラクタでないことは確かである。職人が作ったからくり人形でもない。魔法の類にしても妙だ。

 レーターは新たなトリプランを取り出すと、魔力消費で小さくなったそれと取り換えた。


「グラウンド・ソーンッ!!」

 光らせ、床に向けて振るう。

 衝撃波とともに床が変質。トゲのようになってミケへと迫る。

 今度は、彼女も回避運動を行った。横に回転しながら飛び退き、軽々と避けてみせたのだ。

 脚を広げたまま着地。悠々と直立する。

 このときレーターは、彼女の顔を直視した。

 かつて自分を脅したあの人物。その外見と同一な気がしてならない。



 一方、傍聴席の方へ飛ばされたエキュード。痛みにもだえながらも起き上がる。

 民衆が逃げだしていく。そんな中、弟子のロゼットは開けっ放しとなっている扉から顔を出す。

 エキュードは、愛弟子の方へ手を伸ばした。


「剣をくれロゼット!」

 指示された彼は目を丸くした。

「自分のはどこいった!」

「もう無い!! 早くするんだ!!」

「ふざけるなよクソッ……!!」

 硬い動きながらも、ロゼットは直剣を投げ渡す。

 エキュードは片手でキャッチ。両手で握り締め、ミケの方を見据える。

 彼女は、下がりだしたレーターのもとへ静かに歩み寄っていく。


 ここから察知できる未来は鮮血だけだ。エキュードにはそれが分かっていた。

 だからこそ急がなければならない。今ここで彼女を止めなければ、王国に滅びがもたらされる。

「やめろぉぉぉ!!」

 ミケを止めるため、剣を突き立てて突進する。


 だが逆に、刃先をつかまれてしまう。

 思わずひるんだ彼は、次の瞬間、勢いよく斜め上へ投げ返された。

 背中を壁に激しくぶつける。口からは血を吐き出す。

 ミケの意識は、完全にエキュードへと移行した。胸元に右手を添えながら、ゆっくりと近づいてくる。



「ビーム・ブレード」


 そしてその胸元から、細い柄のようなものが飛び出てきた。

 刺さったままのそれを抜いていく。柄から伸びるようにして、緑色の光も姿を現す。


 目の当たりにしたロゼットとレーターは、そろって言葉を失った。

 彼女がビーム・ブレードと言ったその武器。揺らめく光熱線が、剣のように描かれている。


 異質な凶器を目の前にしながらも、磔状態はりつけじょうたいのエキュードは、声を張り上げた。

「なぜ……こんなことをする! 王女をだましてどうするつもりだ!!」

「確認したい。本当に彼女はリリアーナという名なのか」

「まだごまかすつもりかァ!!」


 すると、ロゼットがジェイドムーンを投げた。エキュードとミケの間を断つような位置へ飛んでいく。

 エキュードは、その手にある直剣で、飛んできた魔導石を貫いた。


 一年半をかけて深く刻めたきずな……。師弟同士の連携技だ。

 剣がみどりに光る。先端から風の奔流が巻き起こった。

「ウィンド・カッタァァァッ!!」

 それは白色の軌道となって弧を描くように進む。

 この魔法は、あらゆる物を斬り裂くのに十分すぎる威力だ。如何いかなる剣だろうと防ぐことはできない──。



 それはあくまで、今までの認識ではという話だった。

 縦に構えられたビーム・ブレードは、風の流れを遮るかのごとく立ちはだかった。白き軌跡の直撃を受けながらも耐えきる。


 逆に魔法のほうが切断されてしまった。

「ば……かな──!?」

 これにはエキュードもうろたえる。

 だが次には歯を食い縛った。壁にめり込んだ己の身体を引きがそうと、必死に身をよじる。

 そこへ間髪入れず、少女の持つ光線剣が振りかざされる。


 最後のチャンスだと青騎士は感じた。辛うじて身体が抜けたことにより、斬撃が当たる前に壁から落ちる。

 床に着地。そして、落ちていた大剣の破片をつかむ。

 攻撃を空振りしたミケに大きな隙が生まれた。エキュードは、赤い魔導石のオディアンを破片に当てる。


「インプロージョン!!」

 それに炎をまとわせた。魔法インプロージョンは、魔導具の耐久を代償とし、直撃を受けた相手の身体を体内から破壊する技だ。

 ロゼットからもらった直剣は投げ捨てる。欠片を両手で握りしめ、彼女の懐へと飛び込んでいく。

「朽ち果てろォォォォォッ!!」

 渾身こんしんの力を込めた。先端を彼女の腹部へと突き入れる……。




 あり得ないことが起きたのは、その瞬間だった。攻撃が外れた。


 ミケの上半身と下半身が分離し、空洞が生まれたのだ。

 これにより、エキュードの突きは空を切った。無防備な体勢となる。

 二つの断面をつなぐようにして光線が出る。急速に半身同士が合体。元に戻った。



 エキュードの右肘から上が挟みつぶされる。

「ぎぃぁあああああああああああ」

 あまりの衝撃。肋骨ろっこつが折れ、切断された腕との二つの痛みが彼を苛む。

 激痛に膝を屈した。全ての威勢が抜け落ちていく。

 だがまだ終わらない。ミケはビーム・ブレードの刃を、彼の肺へと突き刺した。

「ガッ……ぎ、あっ……」



 そのままたやすく持ち上げられた師の姿を見て、ロゼットは動けなくなっていた。

 決して本人には言わなかったが、彼の剣技や魔導の扱いは、自分では真似まねできないほどだと認めていた。


 だからこそだ。自慢の師が、こんなにも簡単に倒されている。

「クソ……クソ……クソォッ……!」

 己の身体を奮い立てるために、膝をたたきたい。

 それすら敵わない。中腰で震えることしかできない。

 力量差は目に見えていて、自分が向かっていっても死ぬだけだと分かってしまった。


「ロ……ゼ、ットォ……」

 絞り出すような声に顔を上げる。

 最期の力をもって、エキュードは、弟子へ己の願いを伝えた。


「た……のむ……王女だけ、は……護っ……」


 発言は続いているが、ミケは気にも留めず。先ほどまでエキュードがめり込んでいた壁を蹴る。

 雪崩のように激しく崩れ落ちていく。城の上階に位置するその場所からは、前方にて時計台が見えた。城と並び、王国のもう一つのシンボルだ。

 エキュードの身体をブレードに突き刺したまま、ミケは稲妻をほとばしらせる。その時計台へと跳んだ。

 凄まじい速さと跳躍力。ロゼットの動体視力では追いつけない。


 そのさまを見たレーターは、両手を合わせた。ぶつぶつと何かを願いだす。



 そしてリリアーナは、ホワイトブリムを手にかけて戻ってきた。

 全てが決した後だというのは、辺りを見回せばすぐに分かる。息を切らしながら、彼の姿を探す。

「……こ……れって……。エキュードは!?」


 項垂れ続けるロゼットを見つけた。彼のもとに駆け寄る。

「ロゼット君! エキュードは──」

 彼の手元を見下ろすと、力なく前を差す指が見えた。

 どこかを指そうとしていることは分かった。しかし震えに抗えず、一向に進展しない。


 彼の代わりに、レーターが高らかに叫ぶ。

「貴様も見るといい! あ、あああ、あれが!! 愚者を処刑する神の鉄槌てっついなのじゃ!!」

 そう言われ、彼が見ている壁穴を向く。

 見えた景色は、己が信念と愛情、両方を汚した。





 敗れた青騎士は、悲鳴を上げることもできず。光線に刺されたまま、口から血を流していた。

 ミケが着地したのは、時計台の最上からやや下に位置する塔の屋上だ。背後には鐘もあり、人が立ち入れる限界の空間である。

 視線を見下ろす。にぎやかに会話する者や、勤勉な労働者たちが見える。

 皆こちらには気づいていない。それぞれの日常を送っている。


 したがってミケは、ブレードを九十度回転させ、肉の状態をえぐった。

「ぎっ、が、ぐぅぁあああ……」

 生きているかぎり、断末魔の痙攣けいれんを繰り返す状態だ。赤く染まった目が上向いていく。

 乱れ落ちた肉の一部が、城下町の石道を粘つかせる。ついに、上方の惨状を民衆たちに知らせた。

 するとミケの腹部の扉が開く。そこから、バツ型にかたどられた刃が伸びていく。


 そして。




 ──ザシュッ……。




 処刑の音が鳴り響いた。

 刃はエキュードの身体に触れた直後、高速に前後。

 バツ型にえぐられた身体は、臓器と大量の血液をこぼす。ミケの眼下で混ざり合いながら崩れ落ちていった。





 愛する者の別人格が、最も信頼する人物を殺害した。

 真の絶望を味わったときには、本当に声も出せないのだということを実感した。


 偉大と評価するべきだった勇者の肉塊が、大勢の前に落ちていく。

 その光景を見た者たちは恐怖に支配され、やがて阿鼻叫喚あびきょうかんの大混乱を招いた。



 処刑台でたたずむ人型の怪物は、自身の喉仏に三つの指を当てた。

 そして超大な声量で民衆に呼びかける。



「ワタシの名前はミケ。はるか先の時代で作られたアンドロイド」


 誰もが耳を傾けざるを得ない。

 そんな状況下で、彼女は自身の目的を発した。




「未来の人類を救うため、魔女リリアーナを処刑しに来た」




 時に、魔法暦2045年。

 神秘の力が、異形の技術に敗れ去った瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る