第五節 裁判場にて
☆☆☆☆☆
あの審問会でウソの証言をしたメイドは、罪に駆られてか、後に自殺した。
料理人もなにかと理由をつけられ、国外追放処分。どうなったのかはいまだに分からない。
全ての事象が、リリアーナの心を強く
またしても、彼の独壇場が始まろうとしている。
「貴様には王族としての自覚はあるか? 民を守る責務と責任を理解しておるか!? ならば、なぜこの魔女の生まれ変わりを即刻突き出さなかった!!」
リリアーナは、無言で視線を落とす。実の祖父に罵声を浴びせられたのは、あの日を加えて二度目だ。
そしてそのトラウマは、幻覚としても姿を現す。
裁判場の中央に……無いはずのモノが見えた。
それは大きな木箱で、座った人一人なら入るサイズだ。
リリアーナの瞳から光が失われる。思考が闇へと落ちていく。
背を丸め、レーターに対して頭を下げる。
「申し訳……ございません」
「謝る相手を間違っておる!! 誰に対してだ!!」
傍聴席にいる貴族たちを見る。
同情の目を向ける者もいれば、
リリアーナは立ち上がる。傍聴席に身体を向け、深々と頭を下げた。
「…………皆さんを不安にさせてしまい、たいへん……申し訳ございませんでした。この償いは、必ず……」
声と身体が小さく震える。
そんな中、裁判長の席を立ったレーターは彼女のもとへ。
自慢の
無情な
「違うだろォォォォ!! 貴様は我が息子、ジーニアスの名誉を傷つけたんだぞッ!?」
「レーター様!! やめてください!!」
リリアーナの隣にいたルミナスが立ち上がる。レーターと対峙した。
冷静さを取り戻したのか、彼は
「あ~、すまない。ついカッとなってなァ。はっはっは!」
とはいえだ。苦しむリリアーナの耳元に顔を近づけ、ささやく。
「貴様は処刑しない。一生王国の言いなりになり、震えているといい」
生きながら苦しむほうが辛い。それが分かっているのだろう。彼は現状を楽しんでいる。
リリアーナの顔色が一気に青ざめた。震えながら、前方の光景を見る。
幻覚として出現していた木箱が、いつの間にかバラバラに潰れていた。
破片の山の中に紛れて見えたモノは、確かにあの時のものと同じで────────。
リリアーナは口を押さえた。
「うぶっ……。げほっ、ごほっ! うえぇぇ……!!」
胃の中のものが吐き出そうになる。なんとか落ち着こうと呼吸を浅く繰り返す。
そんなリリアーナの背中を擦ったのはルミナスだった。娘を心配し、なだめようとする。
リリアーナは、母の優しさを強く振り払う。
「リ、リリアーナ……」
あの日以降、母ルミナスに対する信用もすっかり失くしてしまっていた。彼女がセツナの存在を無下にしたのがきっかけで、全てが崩れ落ちた。
だが、裏切ったということに関しては自分も同じだ。自己嫌悪に
込み上げる涙と
心まで潰れそうになった、そのとき……。
「キサマは処刑しない」
レーターが小声で言ったことを、復唱する人物がいた。
この場にいる全員が、彼女の方を見る。
「一生王国の言いなりになり、震えているといい」
「な──なんじゃ貴様!?」
証言台の前に立つ、ミケだ。無表情でレーターに視線を合わせている。
警備の者に発言を止めるよう言われた。しかしまったく聞き耳を持たずだ。
張り詰めた状況の中、傍聴席出入り口の扉が勢いよく開く。
息をぜーはーと荒らげたエキュードが入ってきた。
「その裁判……! ま、待ってください!」
法廷内の緊張がさらに強まる。彼はズカズカと前へ進み、柵を
「レーター裁判長!! 僕は……セツナさんは何もしていないと考えます!!」
「なにを言うんだエキュード!!」
事件を目撃したという騎士が、前のめりになって声を張り上げる。
エキュードは、同僚の彼に対して言い返す。
「僕は彼女の忠義を近くで見てきた!! リリアーナ王女に迷惑のかかるようなことはしない!!」
「ふざけるな! 確かにあの女は現場にいたんだ!!」
発言が耳に入ると、リリアーナの落胆がわずかに晴れだす。とっさに顔を上げた。
「現場にいた……。それ以外に見た情報は!?」
「け、剣を、使っていた……」
「手をかけた瞬間は!?」
「見て……ないですが、でも」
「なら、まだ決めつけるのは早いよ!!」
そもそも剣を使って殺したというのであれば、出血がなければおかしな話だ。これで形成は一転した。
騎士は言葉に詰まり、うつむいてしまう。視線の慌ただしさが、それ以上の情報を言えないということを物語っている。
この追求に、エキュードも同調した。
「そ、そうですよ! 彼女が衛兵の三人を殺したという証拠は無い!」
ミケは自白しているものの、それを確定づける何かが見つからないのであれば、あるいは──。
「証拠ならある」
発言者のミケ以外、全員の血の気が引いた瞬間であった。
白状した彼女は、手錠で
すると、いきなり両手首に線ができた。拳が垂れ下がる。
手首と拳の
そこからギシギシという音が漏れる。
中心部から、刃状の物体が急速に伸びてきた。長さはおよそ五十センチ。
人間に致命傷を与えるのに十分なサイズだ。先端には、赤く固まった何かがこびり付いている。
「これはワタシの内部機構に仕込まれた、熱保有性物理ブレード」
剣身の外枠を囲むように、黒鉄の色が赤く変色。たったいま熱を帯びた証か。
たしかにこれで肉体を斬られれば、血液は蒸発するかもしれない。
「アナタ達の装備では防げない」
「貴様……からくり人形か何かか!?」
手首から刃物が出るなど、常識の
それは、リリアーナも先行で体験していた。彼女は、猫の状態から姿を変えて、今の人型になっている。
魔法の類なのかどうかも不明だ。しかし共通して言えるのは、どちらも完全に人体構造を無視した物理現象だということ。
いよいよ、彼女が何者なのか分からなくなってしまった。まさか、先ほど会話を交わしたセツナも演技なのかと……。
「そうか……誰かの策略だろう!?」
エキュードは柵を乗り越え、大剣を持つ。そしてその大きな剣先をミケへ突き立てる。
「セツナさんになりすましての犯行!! 帝国か? もしくは邪教徒の連中か!?」
ミケの表情に動きはないが、明らかに強い眼差しをエキュードに向けた。
「先に攻撃を仕かけてきたのは向こう。ワタシは正当防衛を行ったにすぎない」
「なんだと!?」
「待ってエキュード!!」
「なぜ止めるんですかリリアーナ王女!! あなたも被害者ですよ!!」
そうかもしれないが、なにか嫌な予感がしたのだ。
このまま彼女と敵対すれば、後には戻れない気が──。
「紫の瞳、大剣……」
突如ミケが、エキュードの外見特徴を並べていく。
「黒髪・男性・名前。いずれも不適合。魔力保有も皆無。しかし確かな敵意」
片腕を振り上げると、手錠の鎖や板が、いともたやすく砕けた。
破壊音と舞う破片は、絶望の合図であった。
「目標を排除する」
両腕の皮膚を突き破り、内側から無数のワイヤーが飛び出した。
それは獲物を狙う蛇のようにうねる。青騎士の方へと向かっていく。
エキュードは大剣を豪快に振るい、迫るワイヤーを斬り伏せようとする。
絶妙な角度で直撃した……にも関わらず、切断されない。
取り囲むように伸びていったワイヤーたちの先端は、
ミケは跳び上がった。自らの身体を、巻尺の要領でエキュードの方へ引き寄せる。
勢いをつけて、彼の腹部に蹴りを
「ぐああぁ!?」
エキュードは、傍聴席の方へ押し飛ばされる。衝撃によって席は破壊され、木片が散らばった。
民衆からは悲鳴が上がった。みな逃げだし始める。
「この痴女め……!!」
目に血管をほとばしらせたレーターが、力強く
その重すぎる足取りを彼女は見ると、ぶら下がった拳を元に戻す。
両手の指から、ワイヤーをエキュードのいる方へ射出させた。
合計十本の細い糸たちが高速で飛んでいく。エキュードの手から離れていた大剣を奪う。
振りかざされた
この
彼はニヤリと笑う。自由な状態の左手で、懐から魔導石……トリプランを取り出す。それを
「パワード!!」
魔法の名を叫ぶと、山吹色の輝きに満ちていく。
戦闘は、リリアーナの目の前で繰り広げられている。彼女は魔導石を持ってこれなかったため、戦闘に介入することはできない。
そしてあまりの光景に圧倒され、逃げることを忘れていた。
「リリアーナ!!」
そんな中を、母であるルミナスの声が貫く。
証人側の出入り口、その扉の前で大きく手招きしている。
リリアーナは我を取り戻した。体勢を低くし、ルミナスのもとまで向かう。
たどり着いた直後、腕を引っ張られた。廊下の方へ連れていかれる。
ひそかに母は、ジェイドムーンを握っていた。腕に装備している魔導具の盾に当てれば、いざという時には反撃が可能だ。
だがリリアーナは、魔導石があれば自分も戦いに加われると思った。
身体を前のめりにさせて手を伸ばす。
ルミナスは一歩退いた。
「よしなさい!! あなたは戦わないで!!」
「でも止めないと!!」
「リリアーナ!! こんなときまで好き勝手に動かないで!!」
その
「お母さまは……状況が分かっていません!」
「あなたの為に言ってあげているのに……!! どれだけ守ってきてあげたと……!!」
聞き流しながらだ。リリアーナは解決策を張り巡らせていた。
改めて考えると、セツナとミケの変わり様は異常だ。仮にセツナの状態が演技だったとして、あそこまで別人として振る舞うことになんの意味があるのか。
そもそも演技にしては、妙に解像度が高い気がした。
寝室で再会を果たしたあのとき……彼女の言動を思い出す。
「あの後……どう……なったのですか?」
「すみません……。自分から言いだした手前ですが、あのような経験は無かったもので……!」
「……演技なんかじゃない」
一年前のあの夜。二人しか知らない事実があるとすれば、宿屋での出来事だ。
心が重なった二人は口付けを交わそうとした。あの夜のことを知っていなければ、唇に触れながら恥ずかしがるという動きと一致しない。
宿屋での状況を盗み聞きされてでもいなければ、考えられるのは……。
あの身体の中に、二つ人格がある……。
錯乱しているかのような発想。だがもう、そうとしか考えられない。その仮説で進めてみれば、違和感全てに決着がつく。
問題は、どうやって身体の主導権をセツナに戻すかである。それにさえ成功すれば、騒乱を止めることができるかもしれない。
そのためには一体なにが必要か。再会した彼女に、「リリアーナ様」と呼ばれたときのことを思い出す。
ある一つの物体が頭に浮かぶ。
ホワイトブリムを被ったミケは、呼応するかのようにセツナの人格を出現させた。
そしてその人格が消えたのも、ホワイトブリムが外されてからだ。
あの現象がどのタイミングでも発動するのかは分からない。だが、試すのが今は重要だと考えた。
そのヘッドアクセは寝室にある。リリアーナは、持ってこようと駆け出す。
直後、リリアーナの両腕両足が縛られたように狭まった。
「うわっ……!?」
体勢を保てず転倒。視認はできない風の鎖によって、拘束されたのだ。
振り向いて見てみると、ルミナスが、
「行かせません。あなたはこの国の希望。そのためには、争いとかけ離れた場所で……」
「その過保護が良いほうへいくって、本気で思ってるんですか!?」
言われたルミナスは押し黙ってしまう。
だが、歯を食いしばって反論する。
「あなたを守るためには! 仕方のないことだったのよ!!」
リリアーナは言葉を失う。
あの日以降も、母が常に自分を気にかけていたことは分かっていた。自分の代わりに頭を下げる瞬間があったこともだ。
しかし、想いを足蹴にされたという事実は常につきまとう。
ルミナスから視線を外し、そっとうつむく。
「絶対に好き勝手させない。ここはわたくしに任せて……」
ルミナスは、娘の足元でしゃがむ。魔導の力で足の拘束だけを解く。
これを好機だと捉えた。
リリアーナはすぐさま起き上がり、肩でルミナスを突き飛ばす。
「なっ──! リリアーナ!!」
廊下の奥へとこの場を駆け去っていった。
◇
彼女を見送った後、ルミナスは膝をついた。顔を手で覆う。
レーターの支配に従うことは間違っている。その自覚はあった。しかしそれを言葉にすることはせず、娘を守るために必要なことなのだと言い聞かせてきたのだ。
その行動全てが、娘の心を踏みにじる結果になったとしても。
同時に、たくましくなったという喜びもあり……娘の背にかける言葉は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます