第三節 再会後……王女寝室にて
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朝日が昇り出し始めたころには、もっと早くと急を要する事態であった。
ジーニアスと騎士たちは、馬車を急いで走らせていた。王国へと帰還するためだ。
激しく揺れるなか、ジーニアスは、馬車へと運んだ物を細目で眺めた。
試験管の中には、山吹色の液体が入っている。虐殺が行われていたゴルゴホトヴ内で、これだけがさん然と輝いていた。
実に不気味な代物だ。万一のことを考え、慎重に取り扱わなければならない。
倉庫内にて、試験管は大量に置かれていた。試験管立て十個分……八本の試験管を立てられるものなので、計八十本の試験官だけを馬車内に運んだ。
液体がどういったものなのか。その正体次第では、全部を回収しなければだ。
問題はもう一つある。里を襲撃し、帝国兵士と魔族を虐殺したのは誰なのかという点だ。
王国の人間が無断でやったのだとしても良くない。だが、最悪の可能性についても危機を募らせる。
「別勢力の介入だとしたら、どう対処すればいい……」
すると、荷台を引いている馬の動きが止まった。クレセント王国へと入る際に必ず通る関所までたどり着いたのだ。
馬から降りた
しかし、門番の衛兵は
「部外者の立ち入りは認められていない!!」
そう怒鳴りながら、
この事態に、急ぎジーニアスも馬から降りた。
「何事だ!!」
「えっ、こ、国王陛下!? 申し訳ありません……」
彼の顔を見るや否や、衛兵は
しかしそれで気が済むわけもない。ジーニアスは、衛兵に近づいて問い詰める。
「どういうことだ! なぜ関所が封鎖されている!」
「王国内で……じ、事件が起きたからです」
「事件だと……?」
彼は震える声で言う。
「我々の……仲間が……」
すると感情が爆発したのか、泣き崩れてしまった。
慌てて、もう一人の衛兵がやってきた。相棒の背中を擦る。
ジーニアスの姿を確認すると、彼女は話しだす。
「容疑者と思われる人物の……特定は、できています」
「手配書は?」
「もうすぐできあがるかと。しかし……」
彼女は視線を落とし、口ごもる。
「教えたまえ! 私の知っている人物か!?」
女性衛兵は深く息を吐き……観念した。重い口を開く。
その名を聞いたジーニアスは、思わず我が耳を疑った。
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いつもより、窓から入ってくる風が肌寒く感じる。
季節は秋だが、そのせいというよりは、心境によるところが大きい。
いま起きている現象に実感が湧かない。混乱で頭が埋め尽くされている。
もちろん喜びはあるが、その他にもさまざまな感情が一斉に流れてきた。処理しきれない。
ベッドに座りながら、リリアーナは、窓の前で外を眺めている少女を見る。
リリアーナが会いたいと願い、同時に、どんな顔で迎えればいいか分からない人でもあった。
この状態はまだ続くのか、なぜ猫の姿だったのか。未判明の要素が多すぎる。
エキュードが気を利かせ、ロゼットを連れて寝室を出た。
それにより、今はリリアーナと……セツナのみの空間だ。
セツナは、背を向けたまま発言する。
「確かに……一年分の経過は感じとれます」
リリアーナは正直に話した。既に一年の月日が流れていることや、オルドの町が、結婚式がどうなったのか。
そして、セツナがどのような最期を迎えたのかも。
逆に判明したこともある。セツナの記憶は、リリアーナと口付けを交わそうとしたところで止まっていた。
空が光り、ダーク・メテオが降り注いだ……。そこからの記憶は全く無い。
説明を受け、彼女はだいたいを理解したらしい。振り向いてくる。
「この分だと、結婚もまだしていませんね?」
「う、うん。また、やらかしちゃいましたー……」
苦笑いと両手ピースを見せる。
上機嫌を装ったが、いつも傍にいたセツナに通用するはずがない。目を細めてくる。
「本当にセツナが死んだのだとすれば、その事実を利用する輩も現れたはずです」
死ぬ直前の彼女も気にかけていたことだ。
「その点については?」
リリアーナは言葉を考える。
あっという間に笑みは消え、両手を膝の上に置いた。
今のこの世界で、セツナ・アマミヤという存在がどのように思われているか。それを本人に伝えることへの恐怖心が芽生える。
「リリアーナ様。黙っていてもすぐにバレます」
「……だよね。うん、分かってる」
そう言いつつだ。リリアーナはうつむいたまま視線を上げない。
「なぜそのような顔をするのですか? あなたが生きていてくれたことがなによりの喜びです」
まだそう言ってくれることに口元がほころぶ。
だがだとしても、自分を許せないという気持ちはあった。
爪を膝に食い込ませる。涙が落ちようかという一歩手前まできた。
「もっとうまく……できたはずなのに……。ごめんなさい、私のせいで……」
それに対し、セツナはゆっくりと近づく。リリアーナを見下ろす。
「セツナが眠っている間に、ずいぶんと臆病になりましたね」
思わず顔を上げると、元従者は続ける。
「かつてなら、勢いよく飛びついてきたでしょうに」
「でも、君は魔女呼ばわりされて……!!」
つい言ってしまった。リリアーナは
死の間際に受けた彼女からの願い。結果的にそうなってしまった。
それはリリアーナにとって、永遠として残る悔いだ。自分を呪いたいとすら思った理由でもある。
対してセツナは、さも自然な流れだと言わんばかりの振る舞いだ。
「下手に
「どうしてそんなに冷静なの……? いまセツちゃんがどんな風に言われてるのか……いや、バラしちゃったけど……街の人とかが言ってるの聞いたら卒倒すると思う!」
「リリアーナ様には、セツナがそんな軟弱に見えていたのですか?」
首を横に振るが、どうしてもその言われようを見せたくないという感情もあった。
「安心してください。これがどういう現象かは分かりませんが……」
セツナは、自らの身体を見せるように両手を広げる。
「ご覧のとおり、傷一つ無い姿で戻ってきました」
メイドとしての一礼をした後、ひざまずく。
「もう一度、あなたのもとで働かせていただきます」
かつてはそうなることを拒んでいたのに。自ら望んで言ってくれた。
その事実で、我慢していた涙が
だが後を追うように、苦しさもやってきた。
リリアーナの覚悟もまた強く、下唇を
「遠くへ逃げて。セツちゃんがここにいることがおじいさま達にバレたら、また面倒なことしてくるに決まってる」
セツナは眉間を狭める。
気づきながらも、リリアーナは、か細い声で付け加える。
「一緒にはいられない……」
立ち上がり、セツナの手を取って振り返らせる。強引に背中を押し、窓の前へ立たせた。
「まさか……」
セツナはつぶやいた。顔を赤くして視線を落とす。
「申し訳ございません。同性にも関わらず、あのような真似を……」
なにを思い返したのか。その言葉ですぐに分かった。
彼女にとっては昨日の記憶だろう。それゆえの不快だと勘違いしているのだ。
「気の迷いでした。謝罪します。なかったことに──」
「い、嫌がってないよ! あれはむしろ……!!」
今ここで、本当の気持ちを伝えるべきなのか。
問いがひとりでに浮かび、リリアーナは空気を
「大丈夫。セツちゃんが生きててくれるだけで充分だから」
発言とは裏腹にうつむいてしまう。
「ここからは本当に自由だよ。……クビです、クビ!」
だが最後は笑顔で送りだそうと、めいっぱいの明るさを咲かせた。
両手をセツナの後頭部へと伸ばす。ホワイトブリムの
「リリアーナ様、自分はまだ──!!」
セツナが制するも、それを無視して解いた。メイドの証を頭部から外す。
これまで遺品という名目で存在していた。それが堪らなく苦しく、かといって処分などできないまましまい続けていたのだ。
その悪い意味合いが上書きされた。今では手元にあるこれが、まるで希望の光のように思える。もう悪夢を見ずに眠れるかもしれない。
「セツちゃん、ありがとう。どうか元気で……」
そう言うなり、別れの
突如振り返ったのはセツナのほうだ。
その急な行動によって、リリアーナの動きは封じられる。苦笑いで場を
しかしそうしてすぐだ。
合った瞳が、つい先ほどまでと違うことに気づいた。
怒りでも悲しみでも喜びでもない。輝きも失せ、まさしくセツナの双眼には、なんの感情も映っていなかった。
変わったのは髪の色もだ。遺灰を被ったかのような……生気の薄い色へと戻っていく。
さらにすぐ後、寝室の扉が勢いよく開かれた。
「うわっ──!?」
リリアーナの癖毛がピンッとハネる。いきなり騎士が四人も入ってきた。
困惑している姫君に構わず、彼らは、セツナの存在を直視する。
駆け足で奥まで入ってきた。二人を取り囲むような配置となる。
リリアーナはセツナを抱き寄せ、
「女の子の部屋に集団で!! お母さまに言いつけますよ!?」
怒声を浴びせるが、彼らはまったく
それどころか、彼らのうちの一人は、歯ぎしりを続けている。
するとその騎士が、人差し指を前に出す。
後ろのセツナへ向けてだった。
「確かにそいつだ……!! 仲間たちを殺したッ!!」
リリアーナは目を見開き、セツナのほうへ振り向く。
『彼女』はただ黙り、騎士を見つめ返すだけだった。
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