第一章:文明侵略
第一節 王女寝室にて
クレセント大陸とアーガランド大陸。さまざまな種族が暮らす両大陸では、人間以外の人型種族ほとんどが体内に魔力を蓄えている。
それぞれに違った特性もある。魔力転換で羽を広げ、空を自在に飛ぶ亜人。骨から肌まで岩に塗れた岩人。若い姿を保ったまま千年以上を生きられるエルフ──。
そして、これから
他の種族よりも魔力蓄積量が膨大な彼らは、少しの鍛錬さえあれば、破壊力の高い魔術を発動できてしまう。ゆえに、他種族が最も警戒している種族だ。
体内に魔力を秘めていない人間は、魔導石の力を借りて魔法を発動する魔導技術を高めた。魔力保有種と同等、もしくはそれ以上の力を身につけたのだ。
しかし、魔族を上回るほどではない。
「他種族同士の接触は禁じられてきましたが、帝国との戦争が始まって、その禁忌も薄れましたからね……」
駆ける馬車の中で、王国騎士の末端がそう口にした。
人間も、魔導石と魔導具さえあれば魔法を発動できる時代になった。しかし戦争ともなれば、それらに必要な資源を十分に確保できる余裕はない。
そこでアーガランド帝国は、アース・ワールドにおいて定められた、他種族同士の接触禁止という決まりを破った。この決まりは、血が混ざり合うことで、生態系が壊れるのを防ぐためのものだった。
しかし、帝国の判断で実質的に消失。そうして彼らは、魔力を保有する多様な種族を戦力として取り入れた。
一方で、クレセント王国はいまだ規律を重んじる。兵は人間のみだ。
こうなれば、魔導石の生産ペース次第で、劣勢を強いられるのは当然である。
魔導石の枯渇と、王国兵の被害。二つの状況が重なり合い、クレセント大陸の上方四分の一は、帝国の支配領域と化した。
海を隔てての襲撃だ。本来そこまで容易なものではないのだが、あまりにも代わり映えしない王国の有り
「エルフ族や亜人たちの力を借りられれば……こうまでにはならなかっただろうに……」
そうシワを寄せるのは、本来この場にいてはならない立ち位置の人物、ジーニアス=クレセントムーン国王である。
彼は王国の中でも指折りの魔導使いだ。国王となって以降もその力の強さを認められていた。
そんな彼だからこそ
国王として命まで出したというのに……変化は無かった。なぜそれを、王国の重鎮たちはためらうのか。
魔力保有種を毛嫌いしているからだろうが、好みを言っている場合ではない。多様な種族の共存を願うジーニアスにとって、このうえない不快さだ。
「告発どおり、帝国残党と魔族が手を結べば、クレセント王国の敗北は免れない」
「むしろ、今までそうならなかったのが不幸中の幸いですよ……」
国王と五人の騎士を乗せた馬車は、目的地へとひた走る。
クレセント王国から、北北西に約百七十キロメートル地点にある魔族の里、ゴルゴホトヴ。そこへ、帝国兵士が匿われているとの情報が入ったのだ。
もともと魔族は、戦争をしているどちらの国にも肩入れしない。中立の立場を取ることが多い種族だ。
ここにきて帝国との接触があったということは、いよいよ事態は切迫してきていると言える。
魔族が敵になる前に、帝国軍兵士を捕縛したい。それがジーニアスの考えだ。
しかし、思い描いていた展開は一変する。
「あれは……? なにが起きている!」
窓から顔を出した国王は、状況を目撃した。
到着が間近だったゴルゴホトヴの門が、黒く焼け落ちている。
人の気配も無い。明らかに
「まさか、帝国兵の仕業か?」
「もしくは、帝国側の横暴な態度にしびれを切らした魔族が、攻撃したとか……?」
いずれにせよ、何らかの戦闘行為があったことだけは確かだ。
馬車から降りたジーニアスたちは、急ぎ里の内部へと向かう。
手遅れかもしれないが、無用な血は流れないように……と願ってもいる。
しかし想いに反し、既になにもかも終わっていた。
あらゆる建物が黒ずんだ
状況から、三日は経っていると推測できた。ほとんどの種族が魔族に寄りつこうとしないため、判明するのにも時間がかかったのだろう。
遺体も散乱。それが魔族の者たちではないかとジーニアスは予測し、確認を急いだ。
損傷具合はさまざまであった。頭部が潰れていたり、もがれていたり、四肢が吹き飛んでいたりなど……。とにかく
だが、一番問題なのはそこではなかった。
黒毛に覆われ、鳥のようなクチバシを持つ。間違いなく魔族の特徴である。
彼らだけではない。遺体の中には、帝国軍の
つまり襲撃者は、帝国兵と魔族、どちらが死んでもいいと思っている存在と考えられる。
攻撃の凄まじさは見てとれた。クレーターのように大地を陥没させたカ所も多くある。
炎魔法による爆撃か。それを複数カ所に放つのであれば、多量の魔導石、もしくは魔力保有種の膨大な人員が必要となる。
「なんなんだ……。こんなことをして……」
「ジーニアス様、こちらへ!!」
一人の騎士が、ジーニアスを呼び寄せる。
とても慌てた様子だ。緊急事態でも起きたのかと駆け寄る。
しかし見えてきたのは、平常な姿を保った建物だった。
逆に不気味だ。その倉庫は、最初から狙いを外されていたように見える。
配置としては、この里の中心点だ。魔法による流れ弾でもなんでも当たりやすそうなものだが、まったくの無傷だった。
疑問は尽きなかったが、とにかく中を見てみようとドアを開ける。
そして、目を見張った。
薄暗闇の中で見えたのは、テーブルの上で立ち並ぶ何かだ。
死の香りとはあまりにかけ離れた
近づくことで判別できた。並べられているのは試験管だ。八本の試験管を並べられる試験管立てが二十個なので、計百六十本。管の口はコルクで塞がれている。
そしてその中に入っているのは、山吹色の液体だ。太陽のように
それが何なのか誰にも分からない。この里で起きたことの全てが不穏として残った。
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現実なのか。だが、いまリリアーナの目の前で起きた光景こそがそれを物語っている。
猫が、少女の姿に変貌を遂げたのだ。
そして、天国へと旅立った……セツナにとてもよく似ていた。
あまりの似具合に呼吸を忘れそうになる。違うのは、露出度の高い格好と、灰がかった髪色のみ。
とはいえ、すぐに冷静さを取り戻す。生き返ったなどということがあるわけないと考えた。
そもそも、彼女が生物なのかも分からない。近頃は技術向上も盛んなため、変形する類の人形が開発されていてもおかしくはない。
ただ、人と猫を模しているとしても、これは精巧すぎる。
あるいは、未知の魔法による擬態術か何かか。疑念が次々と湧く。
「き、聞こえますかー……?」
リリアーナはとりあえず呼びかける。一切変わらぬ顔の動きから、なにも答えは返ってこない気がした。
しかし返事はきた。
その声色を聞いて、また言葉を失くす。
「負傷したワタシを救ってくれたのは、アナタ?」
感情の起伏は無いが、高くてかわいらしい声……。
セツナにそっくりだ。久方ぶりに聞き心地の良さを覚える。
「アナタがここまで連れてきてくれなかったら、ワタシの任務はアソコで終了していた」
「そ、れは……」
確かにあの時は、目の前の命を助けたくて必死にだった。しかし、こんな事態になる想定はしていない。
「た、助かったのなら……よかった! うんうん! でも、完治させたのは私じゃないから……」
苦笑いを浮かべながら、両手をヒラヒラさせる。
対して無表情の少女は、淡々と話を進めた。
「ワタシの名前はミケ。なにか望みがあれば言ってほしい」
やはりセツナではなかったようだ。そして今度は、恩返しの懇願ときた。
なにも考えていなかったので、つい視線を落とす。
「まず、その格好をなんとかしたほうがいい気もするんですけど……」
少し
局部は隠れている。しかし、ボディラインがハッキリとしているその
「気にする必要はない。無駄な衣服や装飾は、任務の邪魔になるだけ」
これがセツナだったら、顔を赤くして
ミケはそのままベッドに腰かける。
「是が非でもというのなら、この上から何か羽織ってもいい」
「そのほうが……助かります。目のやり場に困るので……」
うつむきがちに訴えた後、リリアーナは立ち上がった。タンスの方へと向かう。
開いて中を見てみる。人前に出るとき用のドレスと、寝間着くらいしか入っていない。
改めて、ミケと名乗る少女の方を振り返る。
何度か、セツナと共に風呂へ入ったことはあった。その時に見た裸体と身体つきは一致する。
既に別人だということは明かされているが、どうにも諦めがつかない。己の愚かさにため息をつく。そもそも、人間なのかどうかも怪しいというのに。
セツナと似た体形ということは、大体の物は着られるはずだ。適当に選んだ寝間着をつまむ。
が、その最中にある物が視界に映った。
「あ……」
メイドが頭の上に載せるホワイトブリム。
乾いた血が付いているそれは、セツナの形見であった。
これを見た瞬間、あることを思いついてしまう。
過去に囚われすぎている。だが、試してみたいという欲求は止まらない。
……寝間着とホワイトブリムを手に取り、ベッドの方へ戻る。
「どうしてあんなケガを?」
「不明。ただし、外部からの攻撃であることは確定的」
「ひどいことする人もいるんだなあ……」
寝間着をベッドの上に置く。
それをミケは、まじまじと観察し始める。
「胸の辺りはブカブカかもしれないですけど。あと、その……」
手に持っているホワイトブリムを見つめ、言いよどんでしまう。
そんな状態を、ミケはじっと見つめてくる。
心臓の鼓動が激しくなっていく。冷や汗も
それでもリリアーナは、目を逸らしながら要求した。
「わ、私がこれを付けてあげますから、後ろ向いて、もらえない……かな?」
セツナにそっくりな外見をした少女に、これを付けさせてみたい……。それが今、一番の望みであった。
「ワタシが承諾する意義は?」
「う、うーんと……」
苦笑いでごまかす。
確かにそうだ。無駄な装飾はいらないと言っていたばかりなのに、付けてくれるわけがない。
だが、なんとか言いくるめられないか。引きつった笑みを浮かべながら首をかしげる。
「えっと……かわいいかなーって思ったんだけど……ダメかな?」
ミケの無表情は変わらず。じっとリリアーナを見据えたまま。
額から汗が流れ落ちる。やはり無理があったかと手の位置を下げた。
おとなしく引き下がろうとしたそのとき……。
「リリアーナ王女!? いったい誰と話されているのですか!!」
扉の奥で警備をしていたエキュードの大声だ。さすがにここまで会話が続けば、外の者に異変として気づかれる。
人間に変形した猫と話していた、などと言って乗り切れるはずがない。とはいえ、黙っていても不審に思われるだろう。
そしてなによりまずかったのは、セツナの顔をした人物がいるこの事実だったが……。
どう対処するか悩んでいるうちにだ。
ミケは、入ってきた窓へ身を投げ出した。
「ウソ……。ちょっと!?」
極大の雷鳴。
それとともに、窓から見える世界一面が白一色と化す。
目を開けていられないほどの光量だ。その光が消えた後、リリアーナは窓から身を乗りだす。
真下に倒れている人物はいない。人影も見当たらず、まるで消失したようだ。
すると、慌てきった青騎士が部屋の中に入ってきた。
「大丈夫ですか、リリアーナ王女!?」
巨大な音の影響で、リリアーナが誰と話していたかについての追求は消えた。
リリアーナはなんとか笑みを浮かべる。無事を演出した。
当然、セツナに似た人物の存在については秘密にしておく。
言えば余計な混乱を招く。自分の精神状況についても心配させてしまうと思ったからだ。
実際、いま見た姿が真実なのか幻影なのか、よく分からない。ただひたすらにメイドの証を握りしめた。
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