第6話
千比良はちあやを伴って庭に降りた。そこは千比良の私室からのみ繋がっている、いわば千比良の固有の庭であった。
その庭は美しく整えられ、小さく花が咲いている。地にありては小花の光。空にありては満点の星。まるでそこ自体が小さな宇宙のようであった。
「星の輝きは古来より変わらぬというな」
千比良がちあやに話しかけた。ちあやは黙して目で頷く。
「人々は星の位置から自らの位置を定め、行き先を知る。それは旅人でも、海を渡るものも、そして、人の命運を占うものもそうである」
そういってふわりと笑った。
「ちあやは旅をして生きているのであったな」
そう言って縁に座った。ちあやもその隣に腰を下ろす。
「旅、と、申しますか、人から頼まれごとを請け負ってそれを果たして食べております」
「ふむ。では、道に迷うたときに星を見ることはあるかい?」
「はい」
「そうであろうな。しかし、己の命運は星に聞いてもわかるまい?」
「私は天文博士ではありませぬ故」
そういうと、千比良は声をあげて笑った。
「はっは、いかに星読みに長けた天文博士でも、人の命運を正しく読み切ることはできなかろうよ。そうでなければ、国内随一の天文博士を抱える帝が、己の命運に惑わされることはないであろうからな」
確かにそうだ、と、思う。歴史のことは明るくはないが、世が時に大きく乱れたことは有識者から聞いている。占術が正しく人の先を見ることができるなら、それほど大きく世は乱れまい。占術が万能でないことは、歴史が物語っている。
「ちあや」
千比良が優しくちあやを呼んだ。
「はい」
「ここが何かと問うたな」
「はい」
「ここは、秘された都だよ。本来の人の歴史の中では、滅ぼされたと伝わる場所だ」
「滅ぼされた……」
「最初の鎌倉殿が新しい幕府を開いてから、八十年ほどが過ぎたな。まぁ、そなたらにはどうでもよいことであるから、いちいち数字までは知らぬであろうが、ひとつの戦乱を経て、今の政が成立したことくらいは、どこかで聞いただろう」
「はい」
「その、政が開かれる少し前の、戦乱の余波で滅びたとされる国だ」
「何故、それがこのようなことに?」
ちあやが訊くと、千比良はふっと意味ありげに笑った。
「さあなぁ。詳しいことは私にもわからぬよ。ただ、滅びたとされる時に我が家の主であったのが、私の曽祖父にあたる。私はその血統の末裔だ。私の母は私しか生まなかった。故に、私が今の当主で、私の血統はほかにいない。この都が秘されてから、なぜか当主は短命なのだよ。まるでこの都を生かすためだけにあるようだ。私の母も、私が十五の時に亡くなった」
「そんな」
「私が次の当主を為せば、私の役目は終わるのやもしれぬな」
そういう千比良はどこか寂しそうだった。亡き母を思ってか、あるいは、己の未来を鑑みてか。
「ここが、あるということは、役目があるということだと思います。本来滅びるはずのものが滅びなかった。その、理由が」
「そうだな」
千比良はそう言って袂から文を出した。それは礼大が持ってきたものだった。
「これは、鎌倉殿よりの密書。正確に言えば、先の鎌倉殿か?」
「将軍様もここのことをご存じなのですか?」
「秘されておるがな。直系の跡取りにだけ、厳重に口止めをして伝わっているようだ。しかし、いつの頃からか将軍はすっかり執権の傀儡になっているようだがな。それでも秘密だけは守っているようだ。否、そうであればこそ、やもしれぬが」
「その、情報はどこから?」
「ここに住む御霊たちが教えてくれる」
「御霊?」
「人ならざるものだよ」
そういわれてクロウのことを思い出した。
そうだ。彼らは人ならざるものと、ともに生きている。
「それで、その密書にはなんと?」
聞いてからちやはははっとなった。自分のようなものが訊いてもいいことなのか。書かれた内容が外に漏れぬように渡されるからこそ、密書なのではないか。
「日ノ本が、外国に攻められるやもしれぬと」
「外国?」
「蒙古、というそうだよ。大陸の覇者のようだ。そのものにどうやら抗ったようだな」
「どうして……」
「従属せよ、というような……そうだな、直接的ではあるまいが、そのような意味になることをせよと言われたようだ。それを突っぱねた」
「それで、どうしてそのような知らせが千比良さまのもとへ?」
「ここに、御霊らがあることを知ってのことだろうな」
「人外の力を貸せと?」
「そういうことになる」
「鎌倉の力ではどうにもならないということですか」
ちあやの顔色がみるみる真っ青になった。
外国がどんな国かは知らない。だが、攻めてくるということは、戦が起こるということだ。たくさんの血が流れ、多くの者が少なからず大切なものを失うだろう。
「そうだな。少なくとも先の将軍はそう思っているようだ」
そういって千比良は文を袂にしまった。
「さて、どうするか。我らすでに無き者にされた身。この国が滅びようがどうしようがどうでもよいともいえるのだが……」
「千比良様……」
「そなたはどう思う?」
「それでお聞きになったのですか?この国が好きかどうかと」
「そうだ」
「何故、私に?」
「そなたも、我らとある意味同胞だからだ。鎌倉殿の血統に、追われたものの末だからだよ」
「それは、どういう意味です?」
千比良の言葉を聞き咎めて、現れたのはクロウだった。
「何だ、立ち聞きとは行儀が悪いな」
「それよりも、ちあやも同胞とは」
「この都は秘されたものだ。外の者は中に入ることはかなわぬ。外の者に、この都の扉は開かぬ。実際、クガイと礼大が訪れた時には何も起こらなかっただろう。のう?」
千比良はそう言ってクロウの背後へ目を向けた。
「ばれておりましたか」
そう言って、礼大とクガイが姿を現した。更にその後ろからゆきのかまで現れた。それは予想外だった千比良は驚き、そして、大きくため息を吐いた。
「何だ、結局皆で立ち聞きか」
「最初からではありませぬ。つい先ほど参ったばかりです」
ゆきのかはしれっとそう言った。
千比良はふっと小さく息を漏らして笑った。
「それで、ちあや。其方はこの都に来て何か感じたのか?この都に縁無くば、扉は開かぬ故な。何かはあるはず」
ちあやはじっと千比良を見つめ、そして、ゆきのか、最後にクロウを見た。それが、今ちあやが触れられる、中のものだった。
その三名の中で、ちあやはクロウから目が離せなかった。
「何やら……懐かしいような……感じがします」
その感覚は、正確には分からない。今までに感じたことのない感覚だ。言葉では何と言ったらいいのか分からない。一番近い感覚としては、懐かしい。とでも言うのかと思い、そう言った。
ちあやの目には、クロウの周りにふわふわと白い羽か綿毛のようなものが舞って見える。それは時にキラキラと輝いても見えた。そんなものを見るのも初めてだった。そもそもクロウ自体が人外の者なのだから、初めて見えるものがあってもおかしくはない。
何とも惹かれる真白のそれに思わず手を伸ばすと、その手をクロウが優しく取った。
「何故だろう。私も其方を知っている様な気がする」
「それは、あなたが引き換えにしたものの中にあるものです。それ以上は触れない方が良いかと」
ゆきのかが静かに、しかし、厳しく言った。
「引き換え、とな?」
クロウが眉間に皺を寄せた。分からぬ、と、顔に書いてある。
「分からぬも道理。それもまた、換えたもの故。みだりにその領域に踏み込めば、あなたの存在自体が危うくなるやもしれませぬ」
ゆきのかはそうこともなげに言ったが、他の者たちは背筋が寒くなった。それはつまり、余計なことを思い出そうとすれば、クロウの存在そのものが、消えてなくなるかもしれないということだ。
「ちあやは我らの同胞。それで良かろう」
見かねた千比良が言うと、皆が顔を見合わせて頷いた。その恐ろしい話題から、一刻も早く離れたかった。
「それに、急を要する話はそれではない。今、この日の本の命運は、我らが同胞に預けられていると言っても良いのだからな」
千比良は急に厳しい顔になった。そして、一呼吸おいて、その両の口端が不気味に吊り上がった。
「因果なものよ。この日の本を動かしている者。彼らは先に、我らが祖を表舞台から消し去った。それが、助けを乞うている。己の血統が、無きものにした血統の我らに」
くっくっと、喉の奥から嫌な笑いが漏れた。千比良の胸の周りに、黒い霧が絡みつく。それは、千比良の心そのものが生み出したのか、はたまたどこからかやってきたのか。どちらにしても、良いものではない。
ちあやは思わず千比良の手を取った。
「いけません。そのようなことを口にされては」
ちあやがそう言うと、千比良の表情が元に戻った。少しばかりの寂しさを残した、慈愛深き、為政者の顔だ。すると、千比良の胸にあった黒いものはふっと霧散した。
「あら」
ゆきのかが驚いた顔をした。
「お役目、とられてしまいました」
そう言って笑う。
「す、すみません」
ちあやははっとして手を離した。どちらに謝っているのか、自分でもわからない。勝手に手を取ってしまったことか、ゆきのかの役目を取ってしまったことか。おたついていると、千比良は今度は自分からちあやの手を取った。
「良い。触れて居てくれ。その方が気持ちが凪ぐ」
そう言って、静かに大きく息をした。
「分かっている……分かっているのだ。日の本が侵されるということは、ここの都も立ち行かなくなる。あってはならぬことだ。全力をもって、阻止せねばなるまい。ただ、我も人の子であるよ。我らの先祖に害を成したものを、容易くは許せぬ。どの面下げて、我らに助けを乞う、と、言いたくもなる。それまた、道理であろう?」
そう言って、もう片方の袖で顔を隠した。泣いているのだろうか、と、思う。だが、その気配を、千比良は感じさせなかった。
「ちあやは、」
声をかけてきたのはクロウだった。ちあやはクロウに目を向けた。
ふと、クロウも、鎌倉に、将軍の血統に恨みがあるのかと思う。クロウは、ちあや、も、同胞とはどういう意味かと聞いた。クロウも、追われた血統なのだろうか。
「ちあやは、どう思う?」
クロウが静かに聞いた。ちあやは暫し思案した。
そして、
「千比良様は、日の本を外国の侵攻から救う手立てをお持ちなのですか?」
と、聞いた。
「いいや?」
千比良はあっさりと言った。
「私は戦のことは分からぬ。まして、このような閉鎖された空間にあることは、戦にとって不利にはなっても利にはなるまい?」
「では、どうして、」
そう言って、ちあやはクロウに目を移した。
「では、クロウやゆきのか様が?」
そう言うと、二人はふっと笑って顔を見合わせた。
「我らはそのような力は持ちませぬ。が、」
ゆきのかがそう言って意味ありげに笑った。
「そのように、取り計らって頂けるよう、繋ぎを付けることはできまする」
「つなぎ?誰に?」
「奥州の守りの御魂の皆様に」
奥州の御魂、と、やらとの対面を翌日に控え、ちあやはまんじりともせず、天井を見つめていた。
一日で様々なことがあり過ぎた。眠れるわけもない。
幻の都にいる、というだけでも十分なのに、自分がここに住む者と何かしらの縁があるという。だからこそ、自分が訪れたことによって都の扉が開いた。
それを認めるとしても、詳しいことは何も分かっていない。
自分が何なのかということは、考えたことがないといえば嘘になる。誰しもが、それは一度は思うことだろう。その上、ちあやには人には見えないものが見えている。それが何なのか、どうしてそうなのか。知りたい気持ちは強くあった。
だが、追われたものの末、というのはどういうことなのか。それは分からない。
ちあやの先祖のことは、ちあやは全く知らなかった。父も母もそのことについては何も語らなかった。二人は駆け落ちで結ばれた。そして、自分たちの血統から逃れようとするように、縁もゆかりもない村で暮らした。そうなれば、余計にその血筋は追うのが難しい。
それは、どうしようもないことだ。どうしようもないことは考えても仕方のないことだ。過去のことは追えない。それで、しまいだ。
それなら、未来のことなら?
ちあやの脳裏に、涙を隠した千比良の姿がよみがえった。千比良は、追われたものの血筋をしっかりと意識して生きている。自分の血がどこから来たものなのか、はっきりとわかっている。
それだからこそ、重い。主である以上、千比良の決断は、ただでさえ、この都に影響するだろう。その上、今度のことは、この日ノ本全体に関わるのだ。それを、歴史から消されたものの血統を背負ったうえで、その痛みを抱いたままで、何をすべきかを考えている。
対して、自分にあるのは、自分の経験だけだ。最早家族と呼べるものもいない。血統のことは分からない。追われたものと言われても、自覚も無ければ、こだわりも無い。ちあやが持っているのは、自分自身の心と体だけだ。そのうえで、どう思うか。
(私だけ、だけど、私だけ、じゃない……)
ちあやはじっと自分の掌を見つめた。その掌は、空っぽではない。その手で触れた、多くの人の心。触れて、運んで、届けもした。依頼したものの顔も、受け取ったものの顔も、一人たりと忘れてはいない。そして、おじじ様、女将さん。彼から学んだことも、間違いなく、自分の一部だ。
自分にも、少なからず縁を結んだ者たちがいる。そう思うことが今の自分を形作っている。生まれ育ったところは、ちあやを拒絶したけれど、そのあと出会った者たちはみな、優しかった。
その優しさは、ちあやの事情を知らなかったからかもしれない。一時の、浅い付き合いであったからかもしれない。
それでも。
それでも、彼らがちあやにかけた温情は、ちあやに向けた笑顔と、感謝の言葉は決して嘘ではない。浅かろうが、薄かろうが、そこに、縁は確かにあるのだ。
(温かい……)
ちあやは、自分の胸に、仄かに光を見た気がした。とても温かく、優しい光だ。その光は、やがてゆっくりと広がり、ちあやの全身を包み込んだ。
ちあやはその光に抱かれて、深い眠りに落ちていった。
翌朝、目が覚めると、何故か心が凪いでいた。今までにないほど、静かに。呼吸が楽になったような気がする。自分の鼓動が、何故か愛しく聞こえてくる。
身支度を整えて庭へ降りると、木の上にクロウが佇んでいた。
「クロウ」
思わず声をかけると、クロウはひらりとちあやの傍に舞い降りた。
「よく、眠れたか?」
目を細めて、微笑んでいる。
「うん」
何故だろう、と、思う。今日はクロウの言葉も、気配も、とても心地が良く感じる。今までにあった誰よりも、クロウの存在そのものが。
(とうさんやおじじ様に似てるかもしれない)
ちあやはそんなことを思ってふっと笑った。
「なんだ?」
「ううん。なんか、安心すると思って」
「私もだ」
意外な答えにちあやは目を丸くした。あまりあからさまに驚いた顔をしたのでクロウは可笑しくなって笑った。それを見てちあやも笑う。
ひとしきり笑うと、どちらからともなく歩を進め、濡れ縁に腰を下ろした。
「クロウは、自分が何者かとか考えたりする?」
「考えてはいけないといわれたからな」
「そ、そうだったね」
ゆきのかの言葉を思い出して、ちあやは慌てた。悪いことを聞いてしまったと思った。それを察してか、クロウはちあやの頭を優しくなでた。
「失われたというよりも、対価で差し出したということは、それなりのものを得ているということだ。それはそれでよい。私は今の暮らしに満足している。だからこそ、それが脅かされるとなれば、黙ってはおれない……力を、貸してくれるか」
「力?」
ちあやは怪訝な顔をした。確かに、人とすればそれ以外の力を持っているといえるだろう。しかし、ここにはちあやの些細な能力をはるかに超える者たちがたくさんいる。クガイや礼大にしてもそうだ。自分がすることなどあるのかとも思えてくる。自分は、クガイや礼大をここに導き入れるのが仕事では無いのか。
そう思って、それにしては随分色々と教えてくれると思った。それだけが役割ならば、あとは自分がすることはない。
「ちあやは、どう思う?」
ちあやは何度か千比良にかけられた問いを思い出した。何故そんなことを聞くのか。単に仲間として意見が欲しかったと言えばそれまでだが、ちあやごときに意見をもとめるようなことでもない。
考え込んでいると、
「ひとつに、」
女の声が聞こえてきた。見ると、庭からゆきのかがこちらへ歩きながら言っていた。ちあやは慌てて立ち上がった。それに続いてクロウも立ち上がる。
「外で生きるものであること。一つに、我らの同胞であること、そして今一つ」
そういって、ゆきのかはちあやの手を取った。
「そなたが今までつないできた、人と人との絆。その、力」
「絆?」
「誰かの、思いのこもったものを多く運んできただろう。自分のことは自分で見えぬものである故、其方にはわらかぬであろうが……」
ゆきのかがそういうと、ちあやの手からたくさんの光が迸り出た。
「わっ」
驚いていると、それは他方に向けて美しい弧を描いて伸びていった。
「そなたのしてきたことが、そなたの力よな」
「生まれ持った力ではなく?」
「それもまた力。そして、そなたの努力と働きによって其方に備わったものも、また、其方の力。生きる軌跡がそのまま、誰にもまねできぬ、其方だけの力になる」
「それは、私の力ではないわ。私に依頼してくれたたくさんの皆さんのおかげで……」
「それを集約できるのも、また力である」
今度は聞き覚えのある男の声がした。
「我らもそのひとつ」
そういってクガイと礼大が現れた。
「我らをここへ、届けてくれた」
「文もな」
そう言ってやってきたのは千比良であった。
「さて、ようやく全員がそろったようだ。ゆきのか様」
千比良が促すと、ゆきのかは静かに頷いた。
「されば」
そういって、彼女はちあやの手を持ったまま、その手を高く掲げた。
「つなぎの力を以て、今、かの地とこの地を繋ぐ」
そう宣言すると、辺りが光に包まれた。
「久方ぶりよな。ゆきのか」
「かの地を切り離して以来、でしょうか」
「うむ。そのために多くの力を使うておる故な……お互いに」
「はい」
話し声に目を開けると、少し離れた所でゆきのかと誰かが話していた。目を凝らすと、そこにはクロウと同じような姿をした烏天狗の姿があった。だが、その身の丈はクロウよりもはるかに大きかった。
視線に気づいて天狗がちあやを見た。
「客人だな」
「はい」
ゆきのかが返答する。二人の視線がちあやに向けられると、ちあやはさっと背筋を伸ばした。頭で意識する前に、身体が勝手に動いたようだった。
「ちあや、と、申します」
そういってちあやは深く頭を下げた。
「うむ。よう参った。外の同胞よ」
またか、と、ちあやは思った。そう何度の言われていると知りたくはなる。自分の血統を、この、人ならざる者たちは知っているのだろうか。
ちあやは顔を上げるとクロウをちらりと見て、ぎこちなく笑った。クロウには、聞かない方がいいだろうと思った。クロウが、何を引き換えにしたのかは分からない。だが、クロウも同じ、追われたものだとするのなら、どこかで自分の血統にも関わっているかもしれないとも思う。しかし、それをクロウが知らないということは、クロウが引き換えにしたものに含まれる可能性が高い。
(クロウにいなくなってほしくない)
ちあやが思いを巡らせていると、大天狗はクガイと礼大に目を向けた。
「鎌倉殿のお使者か。しかし、そなたら、鞍馬の匂いがするな」
「はぐれ者ですが」
クガイがそういって腕を曲げて胸にあて、礼を取った。礼大も頭を下げている。
「さもあろう」
そういって大天狗は笑った。
「さて、この日ノ本を救わねばならぬようであるが……人の子らは、どう思う」
そう言って、大天狗が視線を向けたのはちあやと千比良であった。
千比良はまだ難しそうな顔をしている。
「恩を売るか?」
「否、これは正式な嘆願ではない。我らが手を貸したところで恩義に感じるのは鎌倉殿だけだ。力を持たぬ将軍だけだ。その血統しか我らを知らぬ」
ふ、と、大天狗は笑った。
「されど」
「でも」
ちあやと千比良の言葉が被った。
二人は顔を見合わせた。そして、笑う。
確かに、自分たちの血統は、表の歴史から追われたものかもしれない。だが、それは男たちの話。そこに確執を生むのも、戦を始めるのも男たちの仕事だ。
自分たちは女だ。命を生み、育むものだ。血の流れを伝え、長い歴史の中で表には出ずとも、命を紡ぎ、繋ぐ、役割を担っている。血が流れることも、命が失われることも、絶たれることも望みはしない。喩えそれが他人であっても。そして、同胞であるなら、なおさら。
「大天狗様、」
ゆきのかが緊迫した声を出した。
「うむ」
大天狗の表情が険しくなった。
「どうか、されましたか」
クガイが言うと、大天狗は杖で、空間を差した。
そこに、どこかの村が写った。その場所は島であるようだった。そこに、見たことのない鎧を付けた者たちが攻め込んでいるのが見える。
逃げ惑う村人たち。その中に。
「あれは!」
一瞬、写った男の顔に見覚えがあった。
「弥一!」
ちあやが叫んだ。
自分を傷つけた相手だ。自分が村を離れ、そこへ戻ることを良しとしなかった、その原因の一端を担うもの。
胸に刺さる嫌な思い出。
それでも、
「救わねば」
「助けなきゃ」
千比良とちあや、二人の声が重なる。それを合図に顔を見合わせて頷いた。
心の底に、滓がある。純粋に人助けという気持ちなどではない。
それでも、
(戦なんて、起きてほしくないと思っているのも本当)
それを口に出す前に、大天狗は二人の瞳に強い輝きを見て取った。
大天狗は笑っていた。
そして、
オウ、と、ひと声鳴いた。
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