17.泣き虫魔法使いと青空の下で
魔方陣が下りきった後、パラパラとホログラムのような光が舞い、ひとつのかたまりを生成していく。そして、人ほどの大きさになった光のかたまりがパチンとはじけた。
「ここがあなたのおうち?」
私の部屋にある窓の前、青空の下でキラキラとプラチナブロンドの髪がまばゆく揺れる。
陣の上に立つのは、魔女の姿だった。
「どうして!?」
私は驚きすぎて、腰が抜けたように動けなくなった。
「今度おうちにいくって約束したわよ……ね? え、違った?」
不安そうな顔で見つめる魔女は、髪色と同じプラチナブロンドの眉をしゅんと落とした。
「いや、え、そうじゃなくて物理的というかプログラム的な話で……」
「あ! それなら、あなたたちに渡した通話アプリに位置マーカーをいれていただけよ」
「位置、マーカー……」
顔を引きつらせながら、私は自分の片目を押さえた。つまり、私たちがどこにいようと、この端末のアプリがある限り彼女は私たちの前に現れることが可能、ということ……。
「そう!」とうれしそうに笑うきれいな顔に何も言えず、私は尻もちをついたままの姿勢で彼女をポカンと眺めるしかなかった。
すると、「そうだ!」と彼女は両手をパチンと合わせる。
「大事なことを言わないと! 私、お礼を言いにきたのよ」少し頬を赤らめて彼女は言う。
「あなたたちの作ってくれた動画がなかったら、私たちの反乱は成功しなかったわ。本当にありがとう」
スカートの端を持ち上げて、腰を落とし映画で見るようなお辞儀をする。頭を起こした彼女は、きれいなほほ笑みを浮かべていた。青空を背負った白金の髪が、ふわりと揺れる。その姿は、魔女なんて言われてもきっと誰も信じない。お姫様にしか見えなかった。
初めてあったときとひとつも変わっていない。しかし、彼女のうしろに見えるのは、暗い森の狭い小屋ではなくて窓からのぞく夏の終わりの青空。仮想の立体映像であるはずの彼女は、日差しを受けてキラキラと輝いていた。
「成功、したんだな……」タイガがポツリと言う。
「そ、そっか……。よかった」ユカも小さい声でつぶやいた。
ふたりのほうを見ると、バッチリ目が合う。三人で顔を見合わせると、ほほがゆるゆると緩んできた。ようやくやり遂げた実感が湧いてきて、私の肩から力が抜けていく。ふたりもそうだったみたいで、タイガは大の字になって寝ころび、ユカは私にダラリと寄りかかってきた。
「よかった……、ほんとに。あなたも、何も変わりなかったんだよね?」
「うん! ……っていうとちょっとウソになるかな」
私の質問に大きくうなずいた後、彼女は眉尻を下げ「ううん」とうなる。
「あの後、私消去されたんだけど……」
「え!?」
何でもないことのように言う彼女に、私とユカは驚きの声を上げ、タイガは飛び起きた。
「あの園長、全員不問だって言ってなかった!?」
「どうせ、また『魔女は元から欠陥が多く変更予定だっただけなのでこの件とは関係ありません』とか言うつもりだったんだろ?」
タイガが口をとがらせて言うのを見て「似てる~」と魔女は手をたたいて喜んでいる。
「大丈夫なの? 何もデータ欠けたりしてない?」
意味はないとわかりながらも、彼女の周りをキョロキョロと見ると、彼女は恥ずかしそうな顔をしながらスカートの端を握り「こう?」とポーズをつけたりくるりと回ったりしてみせた。
「何も、変わりないんだよね……?」
「うん、今はなんともないわ!」笑顔で言う彼女に、私は肩の力を抜く。
「私、自分の
かわいい顔で照れながらとんでもないこと言う彼女に、またぎしりと肩に力が入る。
「ほとんどウイルスじゃん……」とタイガがつぶやく声が聞こえた。
「な? この女を甘くみるな、と言っただろう」
新たに、聞いたことのある低い声がして振り向く。
するともうひとつ魔方陣が生まれ、その上に真っ黒の人が立っていた。ヤギの巻き角を生やした頭に、長く黒い髪。腕を組み、得意げにニヤリと笑う魔王の姿がそこにあった。
「わ、私の端末から魔方陣が……」
震える声で言うユカを見れば、腰を抜かした様子で座り込んでいる。
その横で、「ぎゃ」とカエルがつぶれるような悲鳴を上げ、タイガが片目を押さえた。
「すみません、僕もお邪魔しております」
タイガの前に現れた魔方陣の上には、白いよろいを着た美青年がオレンジ系の金髪をさらりと揺らしてほほ笑んでいる。
「勇者まで……!?」
勇者の緩く細められた瞳の中には、赤く光る『
「ちょうど三つマーカーがあったから、連れてきちゃった」
もじもじと体を揺らす魔女の姿には、幼さも垣間見えた。その愛らしい姿とやっていることの恐ろしさとのギャップで、残暑が吹き飛ぶほどの寒気が背筋を走りぶるりと震える。
「あ、もしかして、迷惑、だった……?」
私のたいして広くはない部屋に集結した魔王と勇者、そして魔女。その威圧感に圧倒された私たちは、三人で肩を寄せ合いすくみ上っていた。
その姿を見て、魔女はオロオロと体を震わせ瞳を揺らしはじめる。
「ご、ごめんね。でもそのあげたソフトも私と一緒で、消しても消しても復元するようになってるから……。ごめんねぇええ」
とうとう魔女は泣き出してしまった。
「やっぱウイルスじゃん!」
「ごめんなさいいいウイルスでごめんなさい~」
「馬鹿タイガ! 泣かせてるんじゃないわよ!」
声を上げて涙を流す彼女を見て、そわそわと体が揺れる。
「な、泣かないで」
私は立ち上がって魔女のそばに向かった。そして、触れることのできない彼女の体へと、そっと手を差し出す。
「泣かれると、抱きしめたくなるの。私はあなたに触れようにも触れられないんだから」
私が魔女の頬のあたりに手を添えると、彼女は目を丸くしてからぱちぱちと瞬きをした。キラキラと輝くしずくが、ぱらぱらと散る。
「まぁた、この子はこの子でたぶらかすようなこと言って!」と、ユカがあきれたような声を上げた。
魔女は私を見つめたまま、開ききった大きな目をゆっくりと細めていく。
彼女の目からこぼれる光が、ぽろぽろと私の手をすり抜けていった。
「じゃあ、今度は触れられるように頑張ってみる……!」
「あーあ。そうしたら今度は物理的に破壊しはじめるぞ、この女」
あぐらをかいて座っている魔王がへらりと笑いながら言うと、「確かにやりかねないっすね!」とタイガが子分のような口調で同意した。
「そうなったら勇者の僕が止めるよ。悪い魔女をやっつけるために」
勇者は、得意げな顔で体をそらして胸にこぶしを当てる。
「残念ながら、悪い魔女なんてもういません! 私はみんなのお友だち、ただの魔法使いなんだから!」
プラチナブロンドの髪をした魔法使いは、涙をぽろぽろと流しながらもきれいにほほ笑んだ。
◇
彼女は魔女だった。
その内在する魔力は、彼女や周囲の人の想像を超えるすさまじきもの。
気弱な性格の彼女は、自身の力を受け入れ、仲間を見つけて自分の本来の力を取り戻すため森の奥深くから飛び出した。
だが、彼女の人恋しさは変わらない。
魔力の強大さとは裏腹に、ひとりで暮らすには弱すぎる心を持っているからだ。
森からも街からも離れ遠くにいる友人のもとへ彼女は何度も現れた。
そして後悔する。会えば悲しい別れがあるのだと。
だが、いつも日にちがたてば忘れてしまう。
外へと友人たちを訪ねては、離れたくないと泣くのは彼女だった。
――この女、本当にどうしようもないな。
困り果てた友人を救いにきた
誰もが立ち去ったあと、残された彼女の友人は静かな部屋で小さくため息をつく。
「寂しいのは、私もだよ。また遊ぼうね、泣き虫魔法使いさん」
泣き虫魔法使いと七日間 月山朝稀 @tukiyama-asaki
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