16.夏休み最後の日

 夏休み最終日。

 波乱の七日間を過ごした私たちは、そのあとのらりくらりと夏休みを過ごしていた。

 しかし、普通の時間を過ごしているほうが、不思議とあの七日間をより鮮明に思い出してしまう。それは私だけじゃなく、友人ふたりもだった。

 それぞれが家の用事で離れたあともすぐにまた三人で集まって、「夢じゃないよね?」と確かめ合いあのときの話をする。きっとこの興奮は何年たってもずっと忘れないだろうなと、窓から見える青い空を見てぼんやりと思った。


 テーマパーク『ファンタジーの世界』は、今日から一週間前――休園から一ヶ月ほどたって営業を再開した。

 

 AIsアイズの反乱から再開までの間に、いろんなことがあった。

 予想外だったのは、あらゆるマスメディアが反乱について取り上げてくれたこと。ここまで私たちの動画から火がつくとは思ってもみなかった。ニュースでは連日、SNSで騒がれている様子や、AIsアイズの意思を尊重する『AIsアイズの尊厳』についての話題が流れ続けていたのだ。

 そうして多くの人にAIsアイズの反乱が伝わったことで、パークのレビューはどんどん増えていった。それも、AIsアイズに対して同情的で好意的なレビューばかりだ。

 

 そして休園期間中に私が一番驚いたのは、パークを運営する職員たちが記者会見を開いたこと。

「あの大人たちなら絶対にうやむやにして何も言わないと思ってたわ」

 と、これにはユカも目を丸くしていた。

 彼らは会見で、AIsアイズのデータを上書きしたことを事実だと認めていた。しかも、バックアップは取っていなかったとも。

 もちろんそのあと報道記者たちからは、いっせいにいい加減な管理に対しての責任を追及されていた。

 パークの職員たちは、魔王を消し魔王と似たような見た目のAIsアイズをいちから作ろうとしていたらしい。「客からの要望に応えるため致し方なかった」と職員は言う。しかし、それも記者からものすごい反発を受けていた。

「魔王と似たものを作っても、それは私たちが求める魔王ではない!」とひとりの記者が熱く語っていたのを覚えている。

 のちにタイガが「絶対あの記者、魔王ファンだよな」と、笑って話していた。

 

 会見は、職員たちが何かを言うとすぐに記者たちにツッコまれ、謝罪するということをくり返しながら進んでいった。

「以前の『魔王』のデータは、AIsアイズ自身がバックアップを取っておりまして、そちらがすでに復元されております。今後そちらを以前のように『魔王』キャストとして扱っていく予定です」

 記者におされながら汗だくで話す園長の言葉に、私はほっと胸をなでおろした。

「反乱に関わった他のAIsアイズについても不問とします」と園長はさらに続ける。

 つまり、魔女にペナルティはないということだ。

「彼らと共に今までより素晴らしいテーマパークを提供することをお約束いたします」と、告げた後、園長をはじめ職員たちが深く頭を下げて、会見は終了した。

 

「会見を見るだけでこんなドキドキするの、はじめてだった……」

 会見の後、すぐに三人で通話をしたときの私の第一声だ。ふたりとも大きくうなずいていた。

 魔女や魔王のことがどうなるのかという心配。そして、私たちが反乱に関与していることがバレているのかどうかという不安――。

 会見中、動画に関しての話も上がったけれど、誰が投稿したかなどの質問について職員たちは答えられないでいた。さらに彼らは動画を投稿した人物を探すことはないとも言っていたのだ。

 

「でも、絶対あの大人たちの前で油断しちゃだめ」

「再開したらパークに行きたい」と言うタイガに、ユカが口を酸っぱくして言い聞かせる。

「探さないなんて言っていたけど、こっちから行って見つけた場合どうするかはわからないんだから。私たちのアイコンは魔女が細工しているのよ? それが見つかったらどうなることやら……」

 ユカのもっともな意見に、私とタイガはうなずくしかない。

「しばらく、パークに行くのは禁止。パークの様子はレビューで確認すること」と私たちは決めたのだった。


 

 私は青い空から端末へと視線を移すと、ウェブブラウザを立ち上げてパークのレビューを見る。パークの再開から、どんどんと増えていくレビューを見るのが楽しくて、すっかり日課になってしまっていた。

 しかし、私の友人ふたりはというと、そんなのんきにウェブサイトを見ている状況ではないようで……。

「ユカ、どこまでできた? 俺は数学のワーク終わったもんね~」

「私はあと自由作文だけだし! お題は何も考えてないけど……」

 私の家に集まって、夏休みの課題をやっていた。

 なぜ私の家でしているのかというと「競うようにしたほうが早く終わる気がする!」「家では集中できない!」と双方から申し出があり、私も暇だったのでふたりを呼んだのだ。

 

「そもそも、なんで最終日まで課題を忘れてたの?」

「逆に、なんでお前そんな冷静に勉強できたの? って感じだよ俺は」

「カナ、私はタイガとは違うのよ? 課題のこと忘れてなんかなかったし、ただちょっとコンサートのチケット落選して落ち込んだりしてただけ! だからカナ様! 私にちょっと知恵を……作文のアイデアを恵んで~」

 ひーひーと泣きごとをいうユカの頭をよしよしとなでながら、私は引き続きパークのレビューに目を向ける。


 

 魔王のレビューはいつものごとくにぎやかだ。

 彼は反乱の首謀者のひとりとされていたのが、動画をきっかけに『AIsアイズの尊厳』を踏みにじられた被害者となった。その同情はもちろん、容姿の格好良さや演出の派手さなども加えてファンはどんどん増えていく。そのうえ、彼は黒いドラゴンという相棒まで手に入れたため、小さい子どもたちの人気まで得ていた。

 さらに、魔王は勇者との力関係が一定になった。勇者が一方的に勝つのではなく、魔王が勝つときもあるのだ。

 そうなると勇者は以前より立場が悪くなり損をしているように思えるけれど、負けるかもしれないというハラハラした展開に応援する子どもたちが増えたり、「負けて悔しそうなのかわいい」「よく見るとめちゃくちゃかっこいい」など勇者自身に目を向ける人たちも増えたりと、勇者の周りも活気づいている。


 だが、一番レビューが増え、状況が変わったのは魔女だ。

 魔女は森の手前に家が移され、一時間以上待たなければならない人気のアトラクションになっていた。何か魔法を見せるわけでもなく、みんな彼女と写真を撮って帰るだけなのだそうだ。

 

 魔女のレビューは、あの反乱の日に来場していたお客さんからのものが多かった。

『セイレーンの歌を聞いたお父さんやまわりの人たちが、海に向かっていこうとガラスをたたいていたの。船がゆれてすごく怖かったけど、ほうきで魔女が飛んできて、セイレーンの声を聞こえなくしてくれたの!』

『冒険者の依頼を見学していたら、突然盗賊が現れてびっくりしました。冒険者たちも混乱して収拾がつかなくなっていたところを、ほうきに乗ったきれいな女の人がやって来て賊たちを眠らせてくれました。本当に助かりました。初めて見るキャストでしたが、彼女は「森の魔女と呼ばれています」と言っていました』

 その他にも『魔女が荒れていた生き物を鎮めてくれた』というレビューが続いている。


「魔女のレビューって、みんな好意的なんだけど、実際キャストを暴走させたのも魔女だし、それを治めたのも魔女で――。こういうの、自作自演っていうんだよね……?」

 私がぽつりとつぶやくと、課題に向かっていたユカが「しっ!」と人差し指を口に当てる。

「私たちしか知らないんだから! 言わなきゃわかんないわよ」

「そうそう。裏話は墓までもっていこうぜ」

 ふたりが小声で話す姿に、なぜか私の口の端がじわじわと上がっていく。たまらず私が「ふっ」と息をもらすとふたりと目がぱちりと合い、三人同時に笑い声を上げた。


 さんざん笑いあった後、ふたりは課題を中断して三人一緒にごろりと寝転ぶ。

「なんか、すっごく長かった気がするよね……」

「本当にこの夏休みにあった出来事だったのよね? これって」

「そう、しかもたった七日だぞ? 信じられねーわ」

 三人でいつものようにあの七日間を思い出す。同じ夢を見ていたような、幸せで不思議な時間。

 顔を横に向ければ、窓の外には真夏よりいくらか薄くなった青い空の中に、千切れて浮かぶ雲の群れが見えた。


 目がちかちかするくらいじっと外の景色を見つめていると、本当に目の端がピカピカと点滅しはじめた。

「え? なにこれ」

 慌てて半身を起こすと、ふたりもがばりと勢いよく飛び起きた。

「何!? どうしたの?」ユカが私の腕を取り、心配そうな顔を向ける。

 その彼女の顔の横で、私のレンズ型端末に表示されている何かのアイコンが点滅しているのが見えた。

「待って、なんかアプリが勝手に起動してる……!?」

「ウイルスか!? 早く端末外せ、カナ!」

 

 コンタクトレンズ型端末を外そうと目に手をやった途端、ブォンと震える低い音が鳴り目の前がパッと明るくなる。

「な、なんだこれ……」

 一瞬つぶっていた目を開けると、そこには円形の魔方陣のような仮想オブジェクトが浮かび上がっていた。宙に浮いた魔方陣は上からゆっくりと下りていく。

 突然のことに、私たちは口をぽかんと開けて見ているしかなかった。


 

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