15.七日目:戦いの記録

「これって、絶対反乱が起きるよね……」

 昨日の夜のこと。

 私たちは「魔王が消された」という連絡を受けた後、魔女からの続報を待つ間に話し合っていた。

「AIの反乱ってニュースで結構聞くけどさ、起こしたってことしか言われないよな。内容を全然知らないんだけど、結局どういうことをしてるんだろ」

「そのあとのこともあんまり報道されないわよね……」

「そうそう。だから、AIがちょっとしたことでキレてるってイメージしかなかったけど、こうやって勝手に消されてんならそら怒って当然だよな」

「タイガ、ユカ。これ見て」

 私は見ていたウェブサイトをふたりに共有する。

「AI、反乱の歴史……。社会の教科書みたいだな」

 文字がずらりと並んだページを見て、眉をひそめながらタイガがつぶやく。


「簡単に言うと、今までAIが起こしてきた反乱って、人に危害を加えるものじゃなかったみたい」

「さすがカナ。そのまま全部要約してくれ!」と言うタイガに向けて、ざっと簡単にまとめて伝えた。

 サイトによると、『反乱』として実際にAIがおこなっていたのは、派手なパフォーマンスをしたり大声を上げたりすることだったという。それらのほとんどが報道すらされないレベルのものだったそうだ。

 

「へぇ。サイトを攻撃したりとか、そういう武力行使ではなかったのか」

「つまり、反乱っていうのはAIの訴えを周囲にアピールするための手段だった、ってことね」

 ユカの言葉に私はうなずく。

「でも、報道されないんじゃ、やっても意味がないわよねぇ」

「そうなの。反乱を起こしてAIがいくら訴えても、ほとんど誰にも届かずに終わってしまうみたい」

 調べれば調べるほど、反乱は成功した例があまりなく、ひっそりとAI側が消されたというウワサばかりが目に入ってきた。

「たくさんの人に気づいてもらわなきゃ意味がないよなぁ……。だとしたら、パークが広すぎるのが問題になるな。魔女たちのすることが何であれ、パークじゅうの人に見てもらうの難しいだろ」

「それに、その日パークに人が多くいるとは限らないわよねぇ……」

「だよなぁ。あしたは魔王のイベントもないわけだし……」

 タイガがユカに返事をしながら、魔王のファンたちが集うSNSを開く。

「また新しい動画上げてる。魔王が消えたこと知らないんだもんなぁ。……知ったら、この人たちどうなるんだろ」

「動画……」

 私はハッと目を見開いた。

「前に、タイガが言ったこと……、アレいけるんじゃない!?」

 私の声にふたりが同時に顔を向ける。

「俺が言ったアレ……って、何だっけ?」

「そのまま私の行動を録画して、『夢で見た魔女に会いに行ってみた』ってやつ!」

「あぁ、言ってた言ってた! 魔女を助けるにはそのままいちから全部見せたらいいんじゃないかってやつな。……なるほどなぁ、確かにそれが一番手っ取り早いかもな」

 ニヤリと笑みを浮かべた顔を向けるタイガに、私は大きくうなずく。

「それって、私たちが配信者みたいなことをするってこと……?」

 ユカがきょとんとした顔で私を見つめた。

「そう! 動画を撮ろう! 私たちがあの人たちの姿を、録画して広めよう!」


 


 

 そして、反乱が起きたその日の夜に、私たちの動画は完成した。

「あんな行き当たりばったりの作戦でよくやったわよ……私たち」

 ユカの言うように、作戦は本当にあってないようなものだった。

 当日まで魔女たちときちんと連絡がとれなかったので、動画を撮ることを彼女たちには伝えられなかったのだ。だから、彼女たちが本当に反乱を起こすのかも、起こしたとしても何をするつもりなのかも、さっぱりわからないまま。

「魔王が消された証拠が撮れたら一番だけど、とにかく魔女たちの姿を映像に残そう!」という無謀な作戦を貫いた。

 しかし、その結果は予想をはるかに上回るものとなった。


「まさか、三人が共闘するとはなぁ~」

 いつものように集まるのは宿泊施設の私の部屋。

 ソファで寝ころびながら、タイガがほれぼれとした表情でSNSに投稿した動画を繰り返し見ている。

 動画はどんどんと拡散され、拡散数を示す数字は止まることなくクルクルと回転し続けていた。


 動画の中で、大剣を振り下ろす勇者の姿は、私が彼の背後から撮ったものだ。

 いつものイベント用の戦闘ではなく、勇者が本気で戦う姿。たった一振りではあったものの、ものすごい反響を巻き起こしている。それまで魔王の付属品のような扱いを受けていた勇者が、一晩で本物の勇者となったのだ。

 

「ここ、私が撮ったとこ!」

 ユカが指している場面は、魔女が人差し指を天にかかげて、しなやかに振り下ろしているところ。

 ユカは私から見て左側の木々の中から撮っていた。魔女の顔が正面に映り、無慈悲に突き立てるいくつもの雷光と、はかなげな彼女の表情とのギャップがとてもきれいに撮れている。映画に出てくるヒロインのような彼女の見た目と魔法のエフェクトの格好良さは、普段テーマパークに興味がない人々たちからも注目されていた。

 

「俺はちょうど魔王の正面のところにいたから、ヤリを投げる瞬間もばっちり撮れたんだよなぁ」

 私の位置から魔王の表情は見えなかったけれど、タイガの撮った映像には、黒い煙をまとったヤリを楽し気に投げる魔王の姿が映っている。次のシーンでは、口の端をつり上げて悪そうな顔で笑う魔王の顔が画面いっぱいに映し出された。

 これには魔王のファンも大喜びで、動画が拡散されるきっかけとなったのは彼ら、魔王ファンのおかげだった。

 

 「彼らの見た目に引きつけられる人はたくさんいる」と私たちは信じていたので、こういう反応が得られるだろうとは思っていた。

「でも、ヒャッカちゃんにこんな特技があっただなんて……」

 思いがけない幸運は、ユカのメイドちゃんことヒャッカちゃんがもたらした。

 彼女が、三人別々の角度から撮った動画を細かく編集し、彼らの顔がはっきりと映るようにスロー再生にしたり、魔女たちの名前まで入れたりと、最高にかっこよく編集してくれたのだ。まるでファンタジーアクション映画の予告のような出来栄えに、予想以上の人たちが動画に目を向けてくれることとなった。

「復元前の私がたくさん動画を残してくれていたおかげで、編集能力が身につきました」

 ヒャッカちゃんは無表情だが、どこか誇らしげに胸を張っている。

「お仕事をいただけてよかったです。今までオフにされていて、とんでもなく暇を持て余しておりましたから」と、すねたような声色で彼女は続け、ユカをチラリと見た。

「復元、か……」

 ユカは、彼女の視線に気づかず、目を伏せて床を見つめながらぽつりとつぶやいている。

 私はベッドに座るユカの隣に腰かけて、彼女の細い肩へと手を置いた。

「魔女も魔王も言ってたじゃない。復元はタイムスリップしてきただけだって。ヒャッカちゃんはヒャッカちゃんなんじゃない?」

 小声で話しかけると、「うう……」とユカは小さくうなる。

「本当に私の勝手だったから……。あの頃は一緒にいた記憶が、なくなったことが……寂しかったの。でも今思うと、ヒャッカはヒャッカのままだったのに、別の人だと思うことにするなんて、すごく失礼なことしちゃったんじゃないかって……」

「おや。お嬢様は、まだ復元前の私の粗相を気に病んでおられるのですか」

 私の耳元で小さく話すユカの言葉を、ヒャッカちゃんが拾い上げる。

「き、聞かないでよ! 今はカナと話してるの!」

「確かに、不具合の出ている間の記憶はなくなってしまいました。しかしながら、私は今この時をお嬢様と過ごせることに生きがいを感じております。お嬢様と過ごせる今が一番幸せなのです。ですので、いつかお嬢様とも同じ気持ちになれたら……、と私は思っております」

 少しだけ目を細めてヒャッカちゃんがユカを見つめた。

「だからそういう、デリカシーがないことをさぁ」

 ユカは目を丸くしてヒャッカちゃんを見上げた後、またうつむいてぐちぐちと言いはじめる。そして、時折鼻をすすりながら照れくささを隠すように、手元にあったクッションをぼふぼふとたたくのだった。


 


 

 翌朝になり、私たちは宿泊施設をチェックアウトして太陽が照りつける中、帰りのバスを待っていた。

 バスの待合室はエアコンが利いているものの、じりじりと虫眼鏡で焦がすような日光が、壁一面ガラスの窓をすり抜けて肌をさしてくる。

「暑い……」

 ユカはハンカチでおでこを拭うと、キョロキョロとあたりを見回した。そして私にススッと近づいてきて小さな声で話す。

「やっぱり、人が多いわね」

 

 昨日の騒ぎからパークは臨時休園となった。帰る人でごった返す待合室は、ざわざわと騒がしい。しかし会話を盗み聞く限り、みんな端末から同じ動画を見ているようだった。


「うまくいったと思う?」

 私が小声でユカに聞くと、「どうかしらね……」と冷静な声が返って来た。

 私たちの動画作戦が成功したかどうかはわからない。

 ただ、早速今朝のニュースにもなり「不当なAIsアイズの削除は許されない」と話題になりはじめ、世間には一石投げ入れられたようだった。

 SNSでも、いまだに彼らをかばう声は増え続ける一方だ。

 しかし、パークの大人たちは一筋縄ではいかない。契約すらヘリクツでごまかせると思っているのだから。世の中の声やお客様のレビューがどうであれ、魔女や魔王の姿形だけを残して中身だけすげ替える、なんてこともあるかもしれない。


『その女を甘く見るなと言っただろう』


 魔王が言っていた言葉をふと思い出す。

 ガラス窓から見える青い空を見上げた。うれしそうに、でもどこか泣きそうな顔で飛ぶ魔女の姿を探して――。


 

「やばいことを、思い出した……」

 震える声でつぶやくタイガへと、私とユカは同時に目を向ける。

「俺ら、『ファンタジーの世界』のレポート、書いてなくないか……?」


 私とユカの顔がさぁっと青ざめる。

「ま、待って。えっと魔女は、だめ……?」

「だめに決まってるでしょ! わ、私はメイドにしようかしら……」

「俺は、なんかこの辺の草でも……。あっただろ、パークの中にも」


 そわそわと動き出す私たちを、ひゅんと音を立てて現れたヒャッカちゃんが片眉を上げ「あきれた……」といわんばかりの顔で見ていた。

「パークがあんな状態ですから、課題はとりやめだそうですよ、お嬢様がた」

 その言葉を聞いた途端、「よかった~‼」と三人同時に叫び床に倒れこんだ。


 これよりもうれしい知らせが届いたのは、夏休みがもう終わるという頃。

 早くもパークが再開されたのだ。


 

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