14.六日目:反乱のあとしまつ

 周囲に木々が多くなってきた。

 魔女がいたところより、いくらか整えられている森を突き進んでいく。

 黒いドラゴンの姿がどんどんと大きくなってきた頃、目の前に人影が見えて私たちは立ち止まった。

 オレンジ色に近い金色の髪に、左肩に流れる青いマント。

 紋章が刻まれた大きな大剣をたずさえる勇者の背中だった。

 

 音を立てないようにして、かつぎ上げていたユカをそっと下ろす。そして、私たちは顔を見交わしうなずき合った。それを合図に、ユカはふらふらとよろめきながら森の奥に入っていく。ユカの背中を見送った後、振り向くとタイガの姿はもう見えなくなっていた。

 私は大きく深呼吸をし、マントがはためく勇者のうしろ姿を目に焼き付ける。


 

 上空に現れた真っ黒のドラゴンが、大きな雄たけびを上げた。

 その音量に耳をふさぎたくなるのをこらえながら、空を見澄ませる。

 すると、きらきらと光る金色の輝きが、矢のような速さで飛んできた。その輝きが上空にピタリと止まると、空に発光する魔方陣が浮かび上がる。そしてバリバリと激しい音を立てて、魔方陣から雷のような光が複数放たれた。雷光は巨大なドラゴン目がけて落ちる。

 痛みに苦しむような声を上げてぐねりと体をひねらせるドラゴンを、光輝くその姿は上空から見つめていた。

 横座りでほうきに乗り、片手を大きく上げ人差し指を空にかかげている。彼女の輝くプラチナブロンドが青い空にふわりと舞った。

 眉根を寄せ、魔女はいつもより厳しい顔つきをしている。

 しかし、私の目にはいつもの泣き出す前の顔のように見えた。

 

 ドラゴンは体勢を立て直し、大きな口を開けて魔女のほうへと向かっていく。

 魔女は動じることなく、突き上げた人差し指を一気に振り下ろした。その動きに合わせて魔方陣から幾筋もの雷光が落ち、ドラゴンの体に再び突き刺さる。

 悲鳴を上げる余裕もなく、ドラゴンは地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。しかし途中でドラゴンの翼にぐっと力がはいると、巨体を反転させながら落ちないように空中でジタバタともがきはじめた。

 

 体勢を立て直し、上に向かおうとドラゴンが首をぐいっと上げた――その時、ドラゴンの背後から黒煙をまとった巨大なヤリが勢いよく飛んできた。ドラゴンは片翼を貫かれ、そのまま地面に突き刺さる。

 ヤリが投げられた先を見れば、青空の中で黒煙の雲の上に立つひとつの人影。真っ黒の長い髪をなびかせながら、満足そうな顔でドラゴンを見下ろす魔王の姿があった。

 片翼にヤリを突き立てられたまま地面にぬい止められた黒いドラゴンはみじめにもがく。

 

 しかし、突然ドラゴンはもがくのをピタリとやめた。正面を見すえるとその口を大きく開ける。ドラゴンの口の中は真っ赤に発光していき、その光はメラメラと燃える炎に変わっていった。

 どんどんと大きくなる炎が、ドラゴンの口の中からあふれんばかりにごうごうとうなる。

 炎を吐き出す寸前の巨大なドラゴンは、大きな目を三日月のように細めた。うれしそうにも見えるその目は、ドラゴンの前に立つ青年に向けられている。

 青年のオレンジ色の髪は、炎の輝きを反射し燃えるように光っていた。彼はひらめく青いマントをふわりと手で払う。

 

「残念ですが、あなたは僕には勝てない。恨むなら、そう設定した人間を恨んでください」

 にっこりと笑った勇者は、背中の大剣を引き抜くと、地面をたたき割るような勢いで大きく振り下ろした。

 土煙のエフェクトが舞い上がると同時に、大剣はドラゴンの口の上にたたきこまれる。大きく開いていた口が閉ざされ、ドラゴンは目を白黒させながら、のどをぐるりと鳴らした。口の中にたくわえていた自分の炎を飲み込んだのだ。

 ドラゴンのおなかがググッと大きくふくらみ上がる。

 次の瞬間、大きな衝撃音とまばゆい光とともに、ふくれ上がった体は内部からはじけ飛んだ。

 

 ドラゴンの体がばらばらと地面に落ちていく。しかし地面に着くや否や、ドラゴンの破片は生きているかのようにモゾモゾと動きはじめた。うごめく真っ黒のかたまりたちは、次第にミミズか蛇のように細くなっていき、そのまま空へとのぼっていく。

 ぞろぞろと空を飛ぶそれは、よくよく見ると黒い文字のようだった。布がほどけ一本の糸に戻るように、するするとドラゴンの体は文字に変わっていく。

 空からほうきで下りてきた魔女が両手を上げると、文字となったドラゴンは彼女の手の中に収まり、ひとつの黒く四角いかたまりになった。

 

「データの移行と保護、すべて完了よ」

 その声を聞いて、勇者は片手を上げ、魔王はニヤリと笑った。


 魔女は黒いかたまりをギュッと抱きしめ体の中に収める。

 彼女の伏せた目がゆっくりと前を向き、木の後ろに隠れる私の目とパチリとかち合う。彼女は少しだけ目を見開いた後、悲しそうな顔で笑った。

「今から一分後に、キャストの位置がもとに戻るわ」

 魔女が告げる中、魔王は上空で黒煙に乗ったまま寝転んでいる。

 大剣を背中に収めた勇者は、少し肩をすくめるとすとんと落とした。

 これで、彼らの反乱は終わったのだろう。

 

「じゃあ、これから最後のしあげ。私と魔王は、反乱の首謀者として名乗り出てくるわ」

 思わず「えっ」と叫んで魔女を見上げる。

 彼女は、名残惜しそうな――恋い焦がれるような目で青い空を見つめていた。

「空って、こんなに広かったのね」

 ゆっくりと顔を下ろして、魔女は私を見る。

「消える前に、あなたたちに出会えてよかった」


――私を見つけてくれて、ありがとう。


 彼女の声だけを残して、あたりは一瞬にして静かになる。

 目の前には誰もいなくなっていた。


「まだだよ……。まだ、反乱は終わってないよ」

 私の言葉に、森から出てきていたユカとタイガが力強くうなずいた。



 

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