12.六日目:はじまり
『
首を動かし、ごきごきと音を立てながら魔王は言う。
『正常な
画面には映っていないけれど、少し笑い声を含んだ勇者の声が聞こえた。
「でも、反乱って一体なにをするの……?」
『この
「え!?」
画面の向こうでは、魔王が愉快そうな笑みを浮かべ、くうくうと眠るドラゴンに向かって指をさしている。
「ど、どうやって!? 一体どこに!?」
キャスト
『えっと、あちらの方たちずいぶんと手抜き工事だったみたいで、だいぶ処置が甘かったから……。ちょっといじったらパーク内全土に
照れくさそうな表情で笑う魔女のアバターに、私たちの顔がさっと青ざめる。
「ま、待て待て待て!」
タイガが叫びながら、マップを立ち上げた。
「パーク内……?」
このテーマパークの敷地は、県の六分の一ほどが使用されているのだ。
(そんなに広くない県ではあるんだけれど……、これは……)
マップを見て、私たちはその広さにあんぐりと口を開けた。
『あとなんかできちゃったから、他のキャストたちみんなも全土に渡れるようにしておいたわ』
「と、とんでもないことしてない?」
キャストすべてということは――、と考えたところで宙に浮かんでいた魔女の通話用アバターがスッと消える。
「ほら私も、この通り!」
ぱっと目の前に現れたのは、プラチナブロンドの彼女。
「ウソでしょ!? 本当にできちゃうの!?」
叫ぶユカの隣で、私はポカンと彼女を見上げた。
あばら屋の中で、隙間から落ちる光が彼女をキラキラと輝かせている。心配していたような悲しい顔はしておらず、小首をかしげ子どものように
好奇心が全開になった今の彼女には、「魔女」という呼び名がよく似合っている。
私は輝く彼女を見て、ハハハと空笑いをするしかなかった。
「おい、今どっかから悲鳴が聞こえなかったか?」
彼女に気をとられていた私は、タイガの声でハッと我に返る。
私はユカと顔を見合わせると、一緒に耳を澄ませた。
「ほんとだ……。うっすらとだけどなにか聞こえる」
「これって、海のツアーのほうじゃない……?」
あばら屋の隙間から、複数の叫び声が聞こえる方向をのぞき見る。
「ほら。遠くに見えるあの小屋が、ツアーの受付をしているところよ……」
ユカが指し示す小さな建物からは、何人かの人が慌ただしい様子で出て来ていた。彼らは海を指差し何やら叫んでいる。海の沖には遊覧船が
「私、セイレーンツアー小さい頃に行ったことあるけど」ユカが手を口元に当て、不安そうな顔つきで言う。
「セイレーンが遠くの岩場から歌うの。すごい小さな声だけど、そわそわする歌声だった。足が勝手に海のほうへふらふらと向かっていったのを覚えているわ。船はガラスに覆われているから海に落ちる心配はないけど」
大きく揺れる船の周りの海上に、何かがわらわらと集まっているのが見えた。
「さっき、他のキャストも全土に渡れるようになった、って言ったよな……」
タイガのつぶやきに、私たちは魔女のほうを見る。きょとんとした顔で見返してくる彼女に、真夏だというのに少し背筋が寒くなる。
「あ、あの船の周りにいるのって、セイレーン……?」
隣に立つユカがぶるりと震えた。
「うそでしょ!? 遠くから聞いてもふわふわする感じがしたのにあんな至近距離で歌われたら……」
「大変なことになるわね……」
魔女は他人事のように眉尻を下げて言う。
「でもね、これが私たちの反乱なの」
『こっちでもはじまった! そちらも後れをとるな!』
勇者の叫ぶ声が聞こえ、通話が切れる。あたりが一瞬静かになった。
次の瞬間、雷を思わせる低くうなるような音が空に響く。
私たちはあばら屋を飛び出し、音が聞こえる方向を見上げた。青空の奥に、雨雲かと見まがうような真っ黒で巨大な塊がある。
「うそだろ……」
「あれって、さっきのドラゴン!?」
ユカが青い顔をして私にしがみつくのをぎゅっと抱きしめ返した。その体から伝わる熱に安心感を覚えると同時に、これは現実なのだと思い知らされるような気がして恐怖心が湧き上がる。
黒いドラゴンはさらに上空に飛び上がると、コウモリのような両翼を勢いよく広げひときわ大きな声で鳴いた。
頭の中で割れるように響く音に耐え切れず、耳をふさぎイヤホンの音量を下げる。仮想音声を下げると、周囲の人々の叫ぶ声がよりいっそう聞こえてきた。
その騒がしい中、ことさらゆっくりとあばら屋から魔女が歩いてくる。
魔女は空に手をかざすと、穂の部分が大きく丸くふくらんだほうきを出現させた。ほうきの柄に腰かけ、地面をトンと蹴れば、魔女はふわりと浮かび上がる。
「すべてのデータをもとに戻したわ。理不尽に消された彼らの恨み、とくと味わうといいのよ」
空を見る彼女の横顔を目で追う。彼女は眉をひそめ唇をかみしめていた。それは怒りとも悲しみともつかない表情。ただ、その瞳が少し震えて見えた気がした。
「待って……!」
ほうきをつかもうと手を伸ばす。しかし、手は何にも触れることはなくほうきの中をすり抜けていった。
魔女の瞳を見つめる。
彼女はまぶたを薄く閉じ、悲しそうな顔でこちらを見つめていた。
「そんな目で見ないで。大丈夫。私たちは、私たちの尊厳を取り戻すために戦うの」
ゆっくりとほうきが下りてくる。私の頬を包み込むように、白い両手が添えられた。
「私はもう空を飛べるの。今度は私があなたのおうちまで迎えに行くから、待ってて」
人々の悲鳴が聞こえ、空ではドラゴンがほえる。こんなパニック映画のような状況の中で私は、薄暗い森の中にいるよりも、夏の真っ青な空を背にしているほうが彼女には似合う、なんて考えてしまう。
離れていく白い手にしずくが舞った。彼女はきれいに笑ったままだ。私の頬を伝うのは、私の目からあふれた涙。
地上に落ちる涙を残して、まばゆいプラチナブロンドは一瞬で上空に舞い上がっていった。
何もないただの青い空を眺めた後、ぐいっと腕で目をこする。
その腕を横から引っ張られ、代わりにいい香りがするハンカチを目に押し当てられた。
「ユカ……」
ハンカチを外して友人を見れば、彼女もボロボロと涙を流していた。
「どうして……?」驚いて、当てられていたハンカチでユカの頬を拭く。
「知らないわよ! カナが泣くからじゃない!」
私も、自分自身がなぜ涙を流したのかわからなかった。ただ、魔女が泣きそうな顔をしていたのに、泣いていなかったから……。
「私は、あんたが悲しいと、悲しくなるのよ……」
ユカの言葉を聞いて、私は頭を縦に揺らす。「ありがとう」と言葉がこぼれ、ユカをぎゅっと抱きしめた。
「まだ泣くにもありがとうにも早いんじゃないの? おふたりさん」
空気を変えるようにわざとらしくタイガが大きな声で言う。
「わ、わかってるわよ!」ユカが気恥ずかしそうに私から離れハンカチで目を拭った。
「私たちも、行こう……!」
三人で顔を見合わせた後、大きくうなずくといっせいに走り出した。
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