11.六日目:魔王の行方

「ここで、いいんだよね」

 次の日、パークを訪れた私たちは森の魔女に指定された場所へ到着していた。

 そこは魔女のいる森でも魔王城でもなく、北側の海の近くにあるあばら屋だった。

 

 昨日の夜、「魔王が消えた」という連絡が入ってからすぐに通話はつながらなくなり、私たちは次の連絡をじっと待つしかなかった。

 次に通話ができたのは、時計の短針が真上を過ぎた真夜中。

 魔女は詳しいことを話さないまま、「あした来て欲しいところがあるの」とマップの座標を告げた。前と同じように短い通話だったけれど、先ほどよりいくらか落ち着いた様子の魔女の声に少し安心して、そのまま私たちは朝まで眠りこけたのだった。

 


 あばら屋のあたりは、他のキャストAIsアイズや人の気配が一切ない。波の音だけがよく聞こえる。少し遠くのほうから小さく聞こえるのは、海のアトラクションツアーの案内だろうか。

「セイレーンや人魚を見るツアーかな」とつぶやくと、ユカが落ち着かない様子で目線をキョロキョロさせながら「そうかも」と返してくれる。

 私は他に会話が思いつかず、天井の隙間から空の光がキラキラとこぼれ落ちるのをぼんやりと見つめていた。

 

「ほんっとうに、ここって言ってたわよね?」

 いくらたっても何も起こらない状況にしびれを切らして、ユカはマップを宙に投影させて座標を確認する。私たちのアイコンは非表示にするように魔女に言われているため載っていないが、他の人のアイコンも見えなかった。

「今日、営業してるよね……?」

 私の問いかけに「入場、できたもんね……?」とユカが不安そうに聞き返す。

「向こうのツアーやってるところには、ふつうに客がいたぞ」

 外を見回っていたタイガが、ぼろ小屋の戸をがたがたと鳴らしながら入って来た。

「え、じゃあなんで、マップ全体に誰のアイコンも表示されてないの?」

 

『気づいた? ここだけ運営側に送信も受信もされないようにちょっといじってみたの』

 魔女の声が突然頭に響く。

 渡された魔女製の通話ソフトを開くと、映像が浮かび上がり魔女が眉尻を下げながらへらりと笑っていた。


「やっと出てきた!」

「魔王が消されたって? どういうことなの?」

 私たちは浮かび上がる魔女の映像に、わっと顔を寄せた。

『昨日はごめんなさい……。ちょっと慌てちゃって』

 申し訳なさそうな顔で笑う魔女の姿は、ライブ映像ではなく表情だけが変わるアバターだった。消え入りそうな弱々しい声を聞いて、本物の彼女が泣いていないか不安になる。

『魔王のことは、昨日の夜に実行されたみたい。しかも複製コピーじゃなくて、上書き消去。運営側がバックアップデータを残してあるかはわからないわ……。オンライン上には存在しなかった』

「上書きって……」

「き、昨日魔王と契約したんじゃないの? あの人、契約を破ったってこと?」

 ユカが不安そうに声を震わせ、私の腕をソッとつかんだ。

 

『ヘリクツだよ』

 魔女以外の声が聞こえて、もうひとつ映像が立ち上がる。

『魔王がコピーしたあとの自己の話や器を入れ替えた話をしたからね。それならコピーもせず器も変えずに、上書きすれば契約違反ではないよね、っていう人間側の勝手な解釈さ』

 昨日見たオレンジ色の髪をした青年が、目を細めてほほ笑みながら現れた。

「うおっ勇者だ! 勇者ともつながるのかコレ」

「というか、急に通話モードになるのなに。怖すぎるんだけど……」

 タイガが目を見開いて驚いている隣で、ユカは眉をひそめてアプリのアイコンを見ていた。

 

 魔女はアバター表示だが、勇者のほうはライブ映像のようでカメラが動いている。勇者のうしろに見える薄暗い壁には見覚えがあった。

「勇者さん、今どこにいるの?」

『どこって、魔王城の地下さ。新しい魔王が生まれたからね、見に来たんだ』

 勇者がカメラを動かすと、昨日まで魔王がいた部屋の前に真っ黒の巨大な塊があった。たいまつの明かりにちらちらと照らされて黒光りのウロコがキラキラと反射している。

「ドラゴンだ!」

 タイガが歓喜に似た声で叫んだ。

「ちょっと、タイガ! そんな声出さないで!」

 ユカに言われてタイガは緩んだ口をパチンと手で押さえる。

「そうだった。あれは魔王が上書きされた姿で……」

 私たちが口を閉ざしてうつむいていると、『チッ』と小さく舌打ちが聞こえた。

 

『ったく、なぜ我がこんなものに取って代わられなきゃいけないのだ』

「え!?」聞き覚えのある威圧感たっぷりの声に私たちは驚く。

「今のって、魔王?」

 ドラゴンを映していた勇者のカメラがクルッと横に回転すると、魔王の横顔が現れた。

「なんで!? 消えてないじゃん!」

 びっくりして目を見開く私たちに向かって、魔王はニヤリと笑う。

『だから、その女を甘く見るなと言っただろう』

 

『ご、ごめんね……。あの、実は毎日みんなのこと自動でバックアップするようにしてあって、私のほうで保存していたの。昨日は慌てて、そのことを伝え忘れちゃってて……』

 魔女が申し訳なさそうな声で言う。

「え、でもじゃあ、その……AIsアイズの――人工知能AIの魂って、今どうなってるんですか? 魔王あなたにあるのかデータを上書きされたドラゴン型の魔王にあるのか……」

『我は我だ。我の記憶データは消される直前のものを復元している。故に、これが我だ』

 魔王の言葉に納得できず、首をかしげていると勇者が言い添える。

複製コピーじゃなく、復元だからね。隣にいる魔王かれは』

 

『人間風に言い換えれば、コピーは遺伝子を複製して記憶も同じクローン体を作るっていう、本体のほかに意識が違う同じ体がもうひとつあるというイメージよ。それで復元のほうは、タイムスリップして過去の自分が現在に来るって感じ、かな』

 魔女がえへへと笑い、得意げに説明する。

「いや、遺伝子複製もタイムスリップも、したことないからまったくわからないんだけど……」

 私の言葉に、隣にいるユカも大きくうなずいた。

「待てよ、ってことは……」タイガがウーンとうなりながら言う。

「今の状況は、まったく別の姿に変わった未来の自分を、昨日から来た魔王が見ているってことか?」

『そういうことだ。あれはすでに我ではない』

 魔王は腕を組みながら、目の前に寝そべる黒いドラゴンをあごで指す。

 

『ちょっと解析したけど、本当に全然違うみたいなの。話すこともできないし、敵対心のみが変わらない感じかな。基本行動はドラゴンで、攻撃パターンは他の動物型のものをコピーして使ってる』

合成獣キメラじゃん……。とんでもないことしてんなぁ」

 タイガがぽつりとつぶやく。

 

『ちなみに僕は許可なくプログラムをいじられたよ。動物型を攻撃できるように変えられた。慈愛の勇者である僕は、動物を殺せないはずだったのに。だからほら、僕のプログラムにはすでに矛盾が発生しているのさ』

 勇者は、カメラを自分のほうに向けると目をアップにする。勇者の緑の目には「ERRORエラー」と赤く染まった文字が点滅していた。

 その異様な目を見て、私は驚く。

(……そうだ。彼らはAIsアイズだった)

 私はいつの間にか彼らのことを、AIが搭載された仮想オブジェクトではなくて「人」として見ていたのだ。

 

 AIsアイズ、AIの魂。彼らにはすでに命がある。

 ほんの少しの間一緒に過ごした私ですら、その命を感じられたのだ。

 それは、彼らが人間の形をしているからじゃあない。彼らに考える心があるからだ。

 私たち人間だって同じ、父と母の遺伝子をもとに生まれた私たちは、常に父や母に命じられてコントローラーで動かされているわけではない。自分の心に従って動いているのだ。

 同じように生きている彼らを、命と思うのは当たり前のことじゃないか。

 彼らを変えた人たちは、なぜそんな当たり前なことがわからなかったのだろう。

 許可なくモノのように中身を書き換えられ、別の姿に変えるなんて……。

 ひとつの魂を――心をもつ彼らに、どうしてそんなひどいことができるのだろう。

 

「許せない……」

 私がぽつりとつぶやくと、ユカが私の手をぎゅっと握る。

 そこではじめて、私は自分のこぶしを強く握りしめていたことに気づいた。

『そうだ、許せないだろ?』

『人間にも、わかってくれる人がいるんだね』

 ニヤリと笑う魔王の横で、勇者はふわりとほほ笑む。

『そうなの、彼女たちは違うの。私たちの味方よ!』

 魔女に「味方」と言われてどこか心がモヤッとした。

(なにかもっと、当てはまる言葉があるような気が――)

 

 握りしめていた私のこぶしがほどかれ、力強く手を握られる。つながった先を目で追うと、ユカがキリッとした表情で私を見つめていた。

 続けて、背中にバシッと衝撃が走り、振り返る。そこにはタイガが手をひらひらさせてニヤッと笑っていた。

 ふたりの熱い手に後押しされるように、私は大きくうなずいて声を上げる。

「私たちは、あなたたちの力になりたい!」

 私たちの関係にどういう名前がつくのかはわからないけれど、「助けたい」という気持ちだけは変わらないのだから。

 

『ありがとう……。でも、ここからは私たちにしかできないの』

 魔女の言葉に私たちはきょとんとする。

『そこは安全だ。味方であるのなら尚の事、君たちはそこにとどまっていて――』

「ちょっと待って」と、勇者の声を止めた。

「安全って何? 一体、何をするつもりなの……?」


 宙に浮かんだ映像の中で、魔王と勇者が顔を見合わせてから、いたずらっ子のような笑みをこちらに向けた。

『今から、反乱を起こすんだよ』

 

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