9.五日目:いざ、魔王城へ

 翌日、二時間ほどかけてゆっくりと走る乗合馬車……の見た目をした四輪駆動車に揺られて、魔王城にたどり着いた。

 週末に二日間戦った魔王は、ここにはいない。イベントは行われていないというのに、それでも魔王のファンたちは魔王城に集まっていた。お土産屋さんで買える手に乗るサイズの魔王の立体映像を映し出し、思い思いに記念撮影している。


 私たちはファンの人たちに見つからないよう、マップ上のアイコンを見て、さらに自分たちの目でも周囲に誰もいないことをしっかり確認してから魔王城から少し離れた場所へ行く。

 私たちのアイコンはというと、魔女が「魔法をかけてあげる」と言って、自由に表示と非表示を切り替えられるように変更してくれたので、今はマップ上に見えていない。

(内部の事情を盗み聞きしたり、ソフトを改ざんしたり……。実は魔女ってただ泣き虫のAIsアイズではなく、とんでもない人なのかも……)

 魔王城に来る道中、私は少し不安になってユカに相談したのだけれど、ユカは余裕のある笑みを浮かべていた。

「それで? 悪い人かもしれないから助けるのをやめるの?」と、言われてすぐさま首を横に振る。

「でしょう? どんな人でも一度助けるって決めたら、カナは絶対助けるの。カナならそうするってわかってたわ。危なくなったら私たちが助けるから。カナは自分のやりたいようにやって!」

 ユカはニッと歯を見せて笑った。

「ユカが、友だちになってくれて本当によかった……。ありがとう、これからもずっと大好きだよ」と私が言うとユカは「そういうことは口に出さずに心で思ってて。恥ずかしいから!」と、真っ赤な顔をツンと横に向けていた。

 ちなみに、タイガはこの現状をスパイみたいでワクワクすると喜んでいる。

 

 魔女に教えられた道を行くと、草地の中に井戸が見えた。

 井戸の上には、不自然に草が覆いかぶさっている。

「これ、草じゃなくてフタだ」

 フタの上に人口の草が貼り付けてあったのだ。思いのほか軽いフタを外すと深い穴が現れた。穴には縄のハシゴがかかっており、最初にタイガが、次にユカ、最後に私の順で下りていく。

 

「意外と明るいわね……」

 ユカがハシゴを下りながらつぶやく。

 下りるときに、フタをかぶせ直しておいたのだけど、入り口を閉じても真っ暗にはならず、周囲が見えるほどの明るさがある。

 ハシゴはしっかりとしていて、見た目は縄だけどつかんでみるともっと頑丈な素材のように思えた。

「ただの飾りじゃなくて、人が使うためのものって感じだな」

「ほこりも汚れもあまりないし、管理の人がよく来るのかもしれないね」

 

 ゆらゆらと揺れることもなく、私たちは簡単に下までたどり着いた。

 井戸を下りた先はひんやりとした地下道になっている。壁には偽物のたいまつがゆらゆらと揺れていて、うっすらと周囲を照らしていた。

 魔王は二日間の消滅期間中、この先にある部屋にいるという。


「これツアーにしたら魔王ファン喜びそうだけど」

「いや、消滅してる設定なんだから本体がのんびり休んでたらまずいでしょ」

 静かで薄暗い地下通路の中でも、いつものように会話するタイガとユカの声を聞くと、不安な心が少し軽くなる。思わず「ふふっ」と笑い声がこぼれた。


 通路の突き当たり、マップでいえば魔王城の地下になる。そこに小さな扉があった。

 木造でできた扉をノックすると、室内から「はいれ」と低い声が聞こえる。

 タイガが率先してノブを回し、戸をゆっくり押し開くとまた声がした。

「おずおずとするな。さっさとはいれ。全部あの女から聞いている」


 扉を開いた先には、椅子にもたれ肘当てに置いた腕で頬づえをつきながら、しかめっ面をしている魔王の姿があった。

「お前らか、あんなセリフを考えたのは」

 魔王が、こめかみにヤギの角をたずさえた頭をかくりと揺らすと、長い黒髪がさらりと流れた。そして切れ長の金色の目が、ぎろりと私たちをにらみつける。

 消滅中の魔王は、敵対心が一切なくなっていると魔女から聞いていたが、その鋭い目つきに恐ろしくなって、体がこわばった。

 ユカが「ぴえッ」と小動物のように鳴いて私の背中に隠れると、そのぬくもりに少しほっとする。


「ああ、いい。気にするな。あれは全部あの女が悪い」

 魔王は目をつぶり、頬づえをついていた手をひらひらと振った。

「あ、あの、ぼ、ぼくらはその、魔王様に質問があったと聞きまして」

 タイガが魔王の放つ威圧感に負けずに声を出す。タイガがいてよかったと私は今、心から思っていた。彼のうしろで、ユカと私は蛇ににらまれたカエルのように一切動けなくなっているからだ。

「ああ、人間からの質問か? あった。だが、答えてはいない。あの女に言われていてな。人間には通話ではなく直接来いと言ってある。ちょうど今日来るのだが――、その前に別の訪問者が来たようだな」

 

 私たちのうしろにある扉が開いて、またユカが「ぴぎゃ」と鳴く。

「わざわざ扉を開けるアクションを起こすな。悪趣味なヤツめ」

 魔王がふんと鼻を鳴らして、訪問者に声をかける。

 扉の前に立つのは、オレンジに近い金髪、白いよろいの一方の肩に青いマントを装着し、背中に大剣を背負った青年だった。

「ゆ、勇者……!?」

「こんにちは。彼女から集まっているって聞いてね。ふふ、驚いた?」

 私たちが固まっているのを見て、青年は爽やかな緑色の瞳を細めうれしそうにほほ笑む。

 

「君たちが何かを起こそうとしているらしいじゃないか」

 目の前の勇者は、私たちの目線に合わせるように少し身をかがめる。

「僕も魔王かれが魔王でなくなることには反対なんだ。変わってしまえば、僕の敵対象データもいじられることになるからね。次の魔王がドラゴンだから」

「ド、ドラゴン!?」タイガがうれしそうな声を上げる。

「そう。ドラゴン」

 にこりとほほ笑む勇者の姿は、ユカが好きな王子様系アイドルのようだ。

「格好いいよね。でも、僕にとっては困りごとなんだ。僕は元々動物型には手を出せない本質になっているんだよ。それなのに急に『ドラゴンを倒せ』だなんて。設定を変えられたら……僕はそうするのだろうけど、現状の僕は大反対だよ」

 勇者は身を起こして、私たちではなく少し遠くに目を向ける。

「これはAIsアイズの本質との矛盾になる。僕らの本質を作ったのは人間、であるのに正反対のことを押し付けられては、僕の魂は納得しない」

 背筋を伸ばした勇者は、キリッと眉をつり上げて、こぶしをどんと自分の胸に当てた。

「かっけ~……」とつぶやくタイガの横で、私とユカはまだ状況を把握できないまま、ぽかんと勇者を見つめていた。

 

「おい」と魔王に声をかけられ、私たちの体がビクリと跳ねる。

「お前らのお待ちかねの人間が来たぞ。いてもいいが、邪魔はするなよ」

 遠くからコツコツと音がして、マップを見ればアイコンがひとつこちらに向かってきていた。

 勇者が、私たちに「隠れるよ」と小声で言いながら魔王の座るうしろのレンガの壁を指差した。

 

 壁が引き戸にでもなっているのかと思いきや、勇者はそのままレンガの中を突き進む。

(勇者は立体映像だから、実際の壁もすり抜けられるのだろうけど、私たちはどうすればいいの……?)

 壁の前で立ち止まり、三人で顔を見合わせていると、勇者が壁から腕を出して手招く。壁にそっと触れてみると、それは立体映像だった。

(本物みたい……!)

 精巧に作られた壁を見て、私はふと本物の人間とほとんど変わらない魔女の姿を思い出した。

「彼女のお手製だよ」

 心の中を読んだようにタイミングよく勇者が言う。

 勇者を見上げれば、彼はにこりと笑顔を見せた。

 

 私たちは立体映像の壁に隠れて、さらに前には勇者が私たちをかばうように立ちはだかっている。

 勇者の大きな背中を見ながら、(勇者にも、もっとファンがついてもいいと思うんだけど)なんて考えつつ、コツコツと近づいてくる足音を聞いていた。

 

 

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