8.四日目:作戦から一夜明けて

 あれから、一晩ずっと成り行きを見守っていたけれど、私たちがチャットに参加する隙もなくファンたちの会議はずっと続いていた。

「でも、もし魔王のことがうまくいったとしても、あの人は――魔女はどうなるんだろう」

 目の前を流れていく文字をぼんやりと眺めながら私はつぶやく。

 もう早朝だというのに、チャットの流れる速さは衰える様子を見せない。日曜日である今日も魔王のイベントは行われるので、これからさらに加速していくのだろう。

 魔王に関しては、元々この熱量のあるファンの要望からはじまったのだ。

 しかし、魔女は批判的なレビューが書かれたことが原因で――。

(彼女を救うにはどうしたらいいんだろう……)

 

「そういやさ、魔女と同じでさ避難させる要員のドラゴンと妖精いるじゃん。カナ、あれのこと調べたか?」

 ソファに座ったタイガが、ウェブブラウザを見つめながら言う。

「ドラゴンと妖精……」

 お客さんが道に迷ったときに道案内したり目印になったりするためにいるAIsアイズだ。しかし、彼らは消されそうな魔女とは扱いが違い資料館に展示までされている。

(もしかしたら、ドラゴンたちを調べることで魔女を救うヒントが見つかるかもしれない……!)

「タイガ、天才!」

 タイガは目をぱちくりさせた後、「だっろぉ〜?」と口角を上げて照れくささを隠すように大きな声で言う。しかしすぐに口をへの字に曲げた。

「でもさ、レビュー調べてみたけどなんも悪く言われてなかったんだよ。ドラゴンは上空で遭難者の上を飛ぶだけ。妖精はなにも話さず道案内するだけで、なんも被害がなかったみたいだ」

「え、もう調べてくれたの……!?」

「なんか方法はないかな、と思ってさ」タイガは大きなあくびをしながら、うーんと腕を伸ばす。

 彼は一晩中、ウェブブラウザを見つめながらキーボードを操作していた。その間ずっと、仮眠もとらずに魔女を救える方法はないか調べていてくれたのだ。


「タイガ……、ありがとう」

「な、なんでお前にありがとうって言われなきゃなんないんだよ。俺は俺がやりたいからやってるだけだっつの」

 唇をとがらせて少し頬を赤くさせながらタイガは言う。

「うん、わかってる……」

 だから、うれしかったのだ。私がタイガたちを巻き込んではじめたことなのに、私と同じ気持ちで――同じ熱量で向き合ってくれていることが。

「おま、なんで泣きそうになってるんだよ! 寝てないからだな!?  寝ろ、今すぐ! ユカと一緒に寝とけ!」

「えっ! なに!? なんかあった!?」私の横で寝ていたユカがガバッと勢いよく体を起こす。

「なんで起きるんだよお前は!」

 ふたりのやりとりに、泣かないようにかみしめていた私の唇がほどけて笑い声がこぼれた。


「ふたりで作戦考えてたの? ずるい! 起こしてよ!」

 と、ユカは頬をふくらませる。

「作戦もなにも……。なんも思いつかねーなって言ってただけだよ。魔女はほんとひどいレビューしかないんだよなぁ。ドラゴンのレビューにもわざわざ比較して魔女の悪口書いてるヤツもいるくらいだし。ほら」

 タイガは、自分の見ていたウェブブラウザを私たちのほうに向ける。そこには『ドラゴンは大きいからびっくりするけど、あの魔女よりはマシ』というレビューが書かれていた。

「なんで山と森両方で遭難してるのよこの人……」ユカが半目でウェブブラウザをにらむ。

「たしかに」と私がうなずくと、タイガが「そこもおかしいけど、そこじゃねーだろ!」と笑いながらツッコミをいれた。

 

「普通ならドラゴンのほうが怖がられそうだけど……。魔女はやっぱり家に連れて行って閉じ込めるからかなぁ」

「なるほど。森で迷った恐怖と合わさってさらに不安なイメージが植えつけられるのかしら」

「きびしいなぁ~。こっから逆転すんの」

 ソファにゴロンと寝ころんだタイガが大きなため息をつく。

 

「今から『魔女は実はいい人』っていうレビューを増やしていったらどうかな?」

「それがうまくいっても、魔王みたいにまた別コンテンツにされるだけじゃね?」

「魔女はあの場所から出られないのかしら」

「仮想オブジェクトの表示範囲が森にしかないって」

 あれこれ作戦を考えては行き詰まり、しばらくすると案よりもため息のほうが多く出るようになってきた。


 タイガは魔王のファンが投稿した動画を見ながら、「俺も魔王ファンになりそー」とつぶやいている。

「魔王しか闇魔法使えないんだぜ? この黒いエフェクトめちゃくちゃかっこいいだろ!」

 魔王の周りにまとわりついていた黒い煙がドラゴンの形を作って、勇者に襲いかかっている動画だった。


「魔法の動画……」

 ぽつりとつぶやいた私の声に、動画に見入っていたふたりが振り返る。

「魔女も魔法の動画、出したらどうかな」


「うーん。でも、この動画のコメント読んでると、『魔王に会いたくなった』とか『直で見たい』とかいうのが多いぞ?」

「そうね……。魔女は本物の動物がいる危険な森にいるわけだから、会いたくなられると困るかも」

 タイガの言葉にユカも同意する。

「場所が、悪いかぁ……」

「そのままさぁ、カナの行動を録画できてたらよかったんだけどなぁ」

「え?」

「夢で見た魔女に会いに行ってみた、的な。運営する側のやってることだってそのまま伝えられるわけだし」

「うう……。録画していればよかった……」

「いやいや、動画配信者じゃないんだから。普通の人は考えないって」

 うなだれる私にユカが明るい声で慰めの言葉をくれる。


 結局、その場では何の解決策も出ないまま、また魔女に会いに行くことにした。


 

 

 

「私を救おうとしてくれたのね……。その気持ちだけで充分うれしいわ」

 魔女は涙を流しながら、うれしそうな顔で頬を赤く染めた。

「でもね、無理しなくてもいいの」

 にこりと笑顔を作る魔女を見て、私は眉間にぎゅっとしわを寄せる。

「そのときがきたら、きっと私もキッパリ諦められると思うから……」

「やめて!」

 大きな声を出した私を見て、魔女は目を見開いた。

「もう、私たちはあなたのこと絶対にどうにかしたいって思っているの。そっちがよくても、こっちが嫌……。だから、そんなこと言わないで」

 私の言葉に、横に座るユカとタイガもウンウンと首を縦に振る。

 魔女は見開いた目をパチパチとさせると「ありがとう」とはにかんだ。

 

「そうだ。あなたたちのおかげでね、魔王の話は少し状況が変わってきてるみたいよ」

「そうなの!?」

「内緒なんだけどね、内部の話をこっそり見てるの、私」

 いたずらっ子のようにウインクして小声で魔女は言う。

「セキュリティ、そんな甘くて大丈夫なの?」県の施設よねここ、とユカはあきれ顔になる。


 魔女が言うには、魔王へのレビューが変わってきているという会議が開かれたそうだ。さらに、魔王本人にも質問があったという。

AIsアイズ本人に意見を聞いたの?」

「問答無用で賊たちを消したヤツらが?」タイガはものすごく根に持っているようだ。

 

 運営側の考えていた魔王の新しい移設先は、なんと勇者の仲間だという。

「そうであるのなら、敵対する目標を変えるだけで、このAIsアイズのままでも大丈夫なのではないか?」という声も内部で上がっているらしい。

「そうすると勇者の存在がかすむ」といった反論の声も上がったそうだけど。

 

「元々勇者、影薄いじゃんね」と、ユカがズバッと言う。

 たしかに、勇者は途中で村を訪れたり依頼を受けたりしながら魔王城を目指し、魔王を倒しているだけなのだ。さらに二日で魔王が復活するようになったせいで当初よりスケジュールが過密になり、今や魔王城に通うだけの人になっている。

「せっかくの勇者なのに、もっとなんか面白みが欲しいよな」

「将来、俺がここを管理するしかねーかぁ」というタイガに「なら公務員にならないとダメなのよ? あんたもっと勉強しなきゃ」とユカはいつものようにツッコんでいた。


「魔王に質問っていうのが気になるなぁ。何を聞かれてどう答えたんだろう……。それってわかる?」

 私が魔女に尋ねると、魔女は「うーん」と考えた後、「それはあなたたちが聞いてきたほうが、面白いかも」と笑った。

「魔王も、あなたたちに会いたいって言ってたし……」

 ちらりと友人ふたりを見れば、同じようにふたりの目線はこちらを向いていた。

「それは、いい意味で? ですよね……?」

 タイガがなぜか敬語で問いかける。

「ちょっと怒ってたけど、それは私に怒ってたから……。気にしないでいいと思う! ……たぶん!」

 眉尻を下げながら「えへへ」と笑う魔女を見た後、ゆっくりとした動きで私たちは顔を寄せ合う。そして、それぞれの青白い顔を見ながら「これ、終わったのでは?」とささやき合った。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る