7.三日目:魔王のレビューとメイドの笑顔

「魔王にちゃんと伝わったかなぁ」

 ユカが不安そうな声を上げる。

 昨日、森を出る前に魔女から「魔王に伝えておく」という言葉をもらっていた。しかし、そのときの彼女の様子を思い出して、私も少し不安になってきていた。

 

 

 魔王に言ってもらいたい言葉を魔女に伝えると、彼女は明らかにがっかりとした顔をしていた。

「もっとセクシーなことでも言わせるのかと思っちゃった……」

 彼女がぽつりとつぶやいた言葉は聞かなかったことにしようと思ったけれど、ユカが「そんなわけないでしょ!」と顔を真っ赤にして素早くツッコミを入れる。

「それもそうよね。絶対言ってくれないものね」魔女は納得したように大きくうなずく。

「でも、このくらいのセリフなら大丈夫。きっと許容範囲よ! お客さんに騒がれたとしても運営側にもばれない、と思うし……」と、最後は少し目を泳がせながら魔女は言っていたのだ。

 


「だ、大丈夫だよね、きっと」

 不安な気持ちを振りはらい、私はうつむいていた顔を上げる。

 今日は土曜。魔王復活の日。

 私たちは、魔王のイベントを見に行かず、それどころかパークにも向かわずに、宿泊施設の私の部屋に集まっていた。私以外のふたりもソファに座りこみ、それぞれの目の前で宙に浮いているウェブブラウザとにらめっこをしている。

 

 私たちが魔王に頼んだのは、やられるときの最後のセリフを変えて欲しいというものだった。

 「魔王非公式ファンサイト」には魔王の発言まできっちりと書かれている。それによると、魔王は負けて消える最後に毎回捨てゼリフを残すそうだ。「こんなもので我はやられはせん! 次会うときには覚えておけ!」といった復活を期待させる言葉が多かった。

 しかし今回の最後のセリフでは、消滅を匂わせる言葉にしてもらうよう、お願いしたのだ。

 具体的なセリフはこういう感じ。

『次に会うときは、この我ではないかもしれない……。我は、もう二度とお前らの前にも現れることがないかも、しれんな……』

 アイドルのパフォーマンスをよく見ているユカが中心になって考えてくれた。タイガは「なんか背中がかゆい!」と言っていたけれど、「そのむずがゆい違和感こそが大事!」「タイガでも異変に気づくならファンは絶対に気づくじゃない!」と最終的にはタイガの反応が決め手となり、このセリフに決定した。

 さらに、「できれば寂しそうな目でファンを見て」という演出も無理を承知で頼んでおいた。魔女はノリノリで「面白そう!」と喜んでいたけど、魔王がきちんとしてくれるのかはわからない。

 

 イベントが終わる頃になって、少しずつ魔王ファンたちのSNSがにぎやかになってくる。ひとつ、ふたつとコメントが流れたと思ったら、そのあとはダムが決壊したかのように一気にあふれかえった。

「きたきたきた、予想通り動いてきたぞ」

「魔王、本当に言ってくれたの? 子犬のような目をしてくれたのかしら……。見に行けばよかった」

 タイガとユカが滝のように流れる文字を目で追いながらぶつぶつとつぶやく。

 

『要望が通った?』

『別のアトラクションになるのかな』

 ファンたちからは好意的な言葉が多い。彼らは魔王たちの行うアトラクションを楽しんでいるのではなく、魔王ひとりを推しているのだ。勇者を除いた、魔王のみと対面できる平和なコンテンツになるのではないか、と思っているのだろう。


 ここで私たちが一石を投じる。

『でも、それって前までの魔王なのかな』

『なんか聞いたところによると、めちゃくちゃしおらしいやられ方だったらしいよ? 私は、前のかっこいいのにどこか子供っぽい魔王が好きだったから、急におとなしくなっちゃったら困るんだけどぉ……』

『今の魔王が好き! だから戦わなくなったらやだな‼︎』


「待って、タイガ。元気すぎるわよ、あんたの演じやってる魔王ファン」

 私たちは魔王ファンになりすまして、SNSに書き込みをしていた。どうにかファンの人たちに、魔王が変わることに対して不安な気持ちを芽生えさせられないかと考えた作戦だ。

(私たちの言葉に同調する人が増えてくれたらいいんだけど……)

「でも俺のが一番拡散されてるぞ?」

「うそ!」

 魔王ファンの一部が、タイガのコメントに対して賛同の言葉をちらほらと書き込んでいる。だが、それに対抗するように批判する返信もすぐにつく。

『こういうこと言うヤツは、一生棒切れ振り回してるキッズでしょ』

「ほらバレてんじゃん」

「振り回してねーわ!」


 

 一時間もすれば、SNS上では期待する声とともに不安を覚える声も大きくなっていき、私たちが触らずとも議論は勝手に交わされていくようになった。

「ねぇ、本当のことを言うのはダメなの?」

 ユカがブラウザをぼんやり眺めながら聞いてきた。

「魔王が、元とは違う中身になるってことを?」

 私が聞き返すと、ユカはコクンと小さくうなずいた。

「魔女から聞いただけだから、本当に実行されるのかはわからないし……。それにこの人たちは中身が変わってもそれでもいいって言うかも……」

「言わない」

 間髪をいれずにユカは答える。

「言ったとしても、後悔するだけ。ファンの人たちが、本当に魔王を好きなら、見た目や話し方がまったく同じでも、どこか違うって絶対に気づくわ」

 はぁ、とため息をついた後、ユカは肩にぐっと力をいれた。

「うちのヒャッカ……、メイド型AIsアイズだけど、彼女一度リセットされているの」

「え……」

 キーボードを打っていたタイガも手を止め、ユカを見る。

 ユカは手を膝の上に置いて、じっと一点を見つめながら話しはじめた。


「ヒャッカは、私が小さい頃からずっと一緒だった。五歳の誕生日にもらったの。両親が共働きだから、私の面倒を見るためだったみたい。お姉さんができたみたいで本当にうれしかった。でも、小学生になって、三年くらいだったかな、ヒャッカが物忘れをするようになったの。スケジュールや家族の連絡先を忘れたり、あり得ないミスが増えてきたわ。彼女、自己修復できるプログラムが積まれていたから、半永久的に動くモデルだったのよ。ウイルスかよからぬ失陥が出たのかと思って、販売元にみてもらったのね」

 ユカは、膝に置いた手をギュッと握って、唾をコクンと飲み込んだ。

「結果は、初期欠陥。データを外部出力するプログラムがミスってたの。本人も元々の欠陥には気づかずエラーも出せなかったみたい。でもさ、欠陥はたまったデータが吐き出せないってことだけだったの。それからが、あの子のおかしなところでさ」

 さらに手が強く握り込まれて、ユカの指先は白くなっていた。

「データがいっぱいになって、空き容量を増やさなきゃならないってときに、あの子、何したと思う? 自分の、アプリケーションソフトを削除してたのよ。最初は使ってないソフトを消していたみたいだけど、もう消せるものがなくなって、必要なソフトまでどんどん消して、制御不能になって。最後には話すためのプログラムまでも全部、全部、自分で削除して……」

 溺れているような呼吸で、苦しそうに途切れ途切れにユカは話す。

 私はユカの震える握りしめたこぶしにそっと手を重ねた。

「そんなにもデータって、メモリって残らないでしょ? 彼女は元の機能そのままで、追加のソフトだってインストールしていないのに。でもね、なんのデータが圧迫して彼女のソフトが消されることになったのか、中身を調べてすぐにわかったわ」

 はぁ、と息を吐き出してユカは震える口の端を少し上げる。

 

「動画だったの。彼女の『身体』の中に残っていたのは、私を映した動画だけだった。ずっと私のこと、出会った時からずっと動画を撮っていて、話せなくなっても動画を撮るソフトだけは残して、ずっとずっと」

 ポロポロと私の手の甲にしずくが落ちる。ユカの目から、大粒の涙がこぼれていた。

「バカでしょ? ほんとポンコツ。動画なんかさっさと削除すればいいじゃない。自分の体壊してまでさ、ほんとバカみたい」

 ユカは、私が握っていないほうの腕で目をぐいっと拭うと「ごめんね! なんか感情的になっちゃった」と鼻をすすりながらヘラッと笑った。そして、ユカはポケットからハンカチを取り出し、私の手の甲に落ちた涙を拭きながらギュッと私の手を握る。

「それで……もう一度さ、ソフトが全部そろってる頃まで戻して復元してもらったんだけど、前までいたヒャッカとは違う気がして……。笑い方とか前のヒャッカはどうだったかな、なんて考えるようになっちゃって……。私がわざわざ違うところを探すようになっただけなんだけど」

 私の手を見つめながら話していたユカが、ぱっと顔を上げ震える唇で笑顔を作る。

「だから、今のヒャッカ無表情でしょ? お願いしたの、私が。彼女を違う存在だと思うようにしたのよ。比べるのは今の彼女に、失礼だと思ったから」

 上げていた顔が徐々にうつむいていき、またユカは私と握り合う手を見つめる。

「データに命も魂もない、なんていう人もいるけど、情は生まれるんだよ。こっち側の問題だけどさ」

 

「――いや、ちゃんと向こう側にも情はあると思うぞ」

 ずっとだまりこんでいたタイガが口を開く。

「じゃないと、お前のメイドも自分よりお前の動画を優先しない……、と俺は思う」

 鼻の下をこすりながらそっぽを向いて話すタイガを、私たちはポカンと見つめる。

「……なぁに、らしくないこと言ってんのよ」

 いつものようにユカがタイガをからかう。

「な、俺はお前のことをおもっ……」勢いよく振り向いたタイガが言葉につまる。

 ユカはさっきよりもひどくボロボロと泣いていた。

「ありがとう、誰にも言えなかったの、ずっと。ふたりに聞いてもらえてよかった」

「ユカ……」

 ユカがずっと連れていたメイド型AIsアイズを、パークに来てからは一度も見ていなかった。

 消されるAIsアイズの話を聞いてから、ここに来る前からずっと、ユカはヒャッカちゃんと重ねて考えていたのかもしれない。

 私にはユカの過去を変えることもできないし、ユカのつらさを取り除くこともできない。

 でもつらい思い出を分かち合えるし、同じ気持ちにもなれる。

 ユカの心が少しでも軽くなるように、ひとりじゃないことを伝えるために、小さな頭をギュッと抱きしめた。



(もし、彼女がいなくなったら、私はどうなるんだろう……)

 泣き疲れて眠ってしまったユカを見ながら、ふと魔女のことを思い出す。

 あの背中を丸めて泣いていた魔女が、消えていなくなってしまうことを――。

 心臓がキュッと小さく冷たくなったような気がして、思わず胸に手を当てる。

 ユカとヒャッカちゃんのように長い時間を過ごしたわけでもないのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。

 人のように泣いていたから?

 消えることにおびえていたから?

 「死」という言葉に私がおびえている?

 きっと、どれも正解。

 でも一番は――。

(あのプラチナブロンドの頭を、抱きしめられたらいいのに……)

 そう思ってしまったから……。



 

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