6.二日目:仲間とともに

 あれからすぐ、魔女の家に狩人のAIsアイズがやってきて、私は森の外へ連れていかれた。

 私が家を出る時、魔女はうつむいていて、顔が髪で隠れていたからどんな表情だったのかはわからない。

 けれども、その丸まった小さな背中から明るい様子は感じられなかった。

 

 彼女は私に直接助けを求めてこなかった。助けを求めようなんて最初から思っていなかったのかもしれない。ただ彼女を見つけて、話を聞いてほしかったのだとしたら、誰かに本当の自分を知ってもらうことが目的だったのだとしたら――。

(彼女は、消えるしぬのを覚悟している)


 夏の暑い外気にさらされながらも、私の背筋を走る震えは止まらなかった。


 

 パークから少し離れた宿泊施設に戻った私は、休む間もなくすぐに通話アプリを開いた。

 助けを求めたのは私の友達ふたり。ひとりでこの感情を抱えることは無理だとすがるように通話したのに、ユカとタイガはすぐに受け入れてくれた。

 

 夏休み前にレンズをはめて寝てしまいメンテナンス中に見たことや聞いたことを話していると、自分の体験したことなのにウソのような話だと思ってしまった。私が人から聞いたら「ただの夢では?」と言ってしまうかもしれない。けれども、私の友人たちは真剣に話を聞いて、本当に私のことを心配してくれている。

 目の前に友人たちはおらず、彼らの通話用アバターに囲まれているだけなのに、私の硬くなっていた体はどんどんほどけていった。


『っていうか、カナ。もうパークのとこのホテルにいるの⁉』

 ユカそっくりのアバターが目を丸くしている。

「そうだよ」

『ウソだろ⁉ 夏休み初日だぞ⁉ そんなやる気だったのかよお前』

「やる気っていうか、だから……泣いてる女の人の声を聞いてさ、……放っておけるわけがないでしょう?」

 沈黙が流れる。

「え、何……?」

『いや、お前って……』

『たまに、王子様みたいなこと言い出すのよね……。やめてほしいほんと。王子様は顔だけにして』

「ご、ごめんね?」褒められているのかけなされているのかわからないので、適当に流しておく。

「王子様はちょっとわからないけど……、でも彼女――魔女はお姫様みたいだったよ。会うまでは童話にでてきそうな魔女を想像してたんだけど、実際はすっごくきれいな女の人だった」

『え? もう会ったの⁉ 魔女いたの⁉』

『行動力も童話にでてくる王子様級だなこいつ』

 

 騒がしくしていたふたりだったが、「森の魔女」から聞いた人型のAIsアイズが消される話を伝えると、しんと静まり返ってしまった。

「どうにかできないかな」

施設パークへの介入は難しいでしょ……。でもまぁそれがわかった上で、カナは私たちに聞いてるのよねぇ……』

 ユカは普段元気に夢を語ったりアイドルとの恋愛妄想をしたりしているのに、実はすごく現実的で物事を客観的に見られるのだ。それでいて、私の出した無理難題にもしっかり向き合って答えを見つけようとしてくれる。優しくて頼りになる友人だ。

『でも、俺も魔王は今の魔王のままでいてほしいよ。そもそも賊たちだってさ、敵役だから怖がらせるためにいるっていうのに、怖いから処分ってどういうことなんだよ。おかしくないか?』

 タイガのアバターが口をツンととがらせている。タイガは、山賊や盗賊のAIsアイズがすでにいなくなっていることを知ってすごく悔しがっていた。

『それは、そうだけど……。だけど、中学生三人ぽっちでどうこうできる話ではないわ。それにあそこ、県営だからね? 私営じゃないのよ。お偉いさんがいっぱい集まって作ってるの。じゃないとファンタジーの世界なんていうダサいネーミングになるわけないじゃん』

 冗談っぽく言うユカに、いつもなら笑えた私だけど今は顔がこわばって動かなかった。

 

(目の前で泣いていた彼女の姿が頭から離れない……)

 AIsアイズなんて、AIの魂だなんていっても、ただの人工知能が搭載された仮想オブジェクトだと思っていたのに、彼女には妙な生々しさがあった。あのプラチナブロンドに触れていたら、すり抜ける自分の手を見て彼女はただの立体映像だって安心できたかもしれない。けれども、それを確認したいとすら思わなかった。確かめても、立体映像でもきっと、私は彼女のことを「生きている」って絶対に思うだろうから。

 

 何も言わない私に、ふたりも黙りこみ私たちは沈黙の中にいた。

『レビュー、じゃない? やっぱ』

 タイガがせき払いして声を上げる。

『レビュー……?』ユカがタイガの言葉をくり返している間、彼女のアバターは少し考えているようなポーズをとっていた。

『レビュー、なるほどね。いいんじゃない、それ! 魔王だってお客様の声で魔王じゃなくなるっていうんなら、その熱量を逆に発散してもらえばいいんじゃないかしら。レビューを味方につけたらいいのよ』

「レビュー……」

 私はふたりの発言に顔を上げて「そうか……」とつぶやくと目をぱちりと見開く。

「じゃあ、魔王に協力してもらおう!」

 と、声をかけると『はぁ?』と、ふたりの声が重なって聞こえた。



 ◇

 


 翌日、なんとふたりともパークに訪れていた。

「魔王に会うっていうならそら行くに決まってるだろ!」

 目をキラキラさせてタイガは言う。

「おこちゃまねぇ~。私はもちろんカナのために来たのよ?」ふふんと得意げな顔でユカが笑う。

 大きな麦わら帽子の下からいつもの短めのツインテールがちょこんとのぞいていた。

「ありがとう……ユカ。今日もかわいいね」

 ふたりの顔を見た途端、不安だった心が溶けていき顔も口も緩んだ。

「ウッ! だ、だから、そういう王子様ムーブを突然するのはやめなさいって」

 帽子のつばを両手で握り、ユカは赤くなった顔を隠す。

 そっぽを向いたユカの頭を、麦わら帽子の上からよしよしとなでていると、視線を感じて隣に顔を向ける。

 そこにはジトリとした目でこちらを見るタイガがいた。そして彼は「はぁ~あ」と大きなため息をつく。

 

「で、どうやって会うの? 魔王に」

 タイガの声で、ゆるゆるとした空気が一気に引き締まった。

「魔王はあした、土曜日に復活する予定なんだ。復活する前に会いたいんだけど……。魔王は勇者にやられた後、復活するのに二日かかるらしくて、その間どこにいるのかはわからないんだよね……」

 ちなみに魔王は翌々日の日曜も復活する。つまり魔王イベントは、平日に一日、週末に連日行われるということ。

「復活するのにたった二日? そんな短い期間なら、勇者はずっと魔王城で魔王が起きるの待ってんの?」

「バカ! そんなわけないでしょ! さっきガイドでも言ってたじゃない。勇者は北西の村にも行ってるって。魔王討伐以外にもやることがあるのよ」

「二日間ずっとウロウロしてんの? 慌ただしいなぁ、勇者」

 タイガは頭の後ろで腕を組み、ふぅんと唇をとがらせる。

 

「魔王と勇者の戦いも本当は週一だったんだけど、例の魔王ファンの人たちがレビューを書いてから回数が増えたらしいよ。ほら、これ見て」

 昨日の夜に見つけていた魔王のファンクラブの人が作った非公式ファンサイトをふたりに共有する。サイトには魔王の活動履歴がびっしりと書いてあった。レビューがいつ書かれて、実際に変更があったのがいつなのかが表にされて、一目でわかるようになっている。

「レビューの効果ってやっぱ、すごいのね」

「でも、なんでもかんでもいいなりになってたら、勇者みたいにおかしな行動になるのも出てくるのにな」

 

「勝手に消去されたり、ね……」

 私の声にふたりは、真剣な目をこちらに向けた。


「しけた顔すんなよ。消されないように、昨日作戦を立てたんだろ? まずはお前のお姫様に会いに行こうぜ。魔王が今どこにいるのか知ってるかもしんないしな」

 タイガが私の背中をばしっとたたく。

「ちょっと、お姫様じゃないから。『森の魔女』だからね」

 ユカが私の腕を取りぐいっと前に引っ張る。

 目の前を歩く友人ふたりの背中を見て、知らずに入っていた肩の力がすっと抜けていくのを感じた。

 


 ◇


 

「わぁ、お友達も連れてきてくれたの……⁉」

 昨日よりもためらうことなく森の中を進んでいくと、ふわふわとプラチナブロンドを揺らし、彼女は現れた。

「うお、これが魔女?」

「ひ~……、本当にお姫様だった……」

 じろじろと見る友人たちを置いて、私は一歩踏み出し魔女に声をかける。

「あの、昨日言ってた魔王の――」

 言いかけたところで、私の唇の前に白く細い人差し指が添えられる。

「しぃ……。お家でお話しましょ。秘密のお話」

 妖精のような彼女の振る舞いに思わず見とれてしまい、一瞬私は動けなかった。

「本当に立体映像だよな?」

「違いがわかんなくなる……」

 友人ふたりも私と同じように彼女の振る舞いに見入っていたようで、ふたり同時にほぅと息を吐き出した。

 彼女は他の仮想オブジェクトとは違い、少しもブレがない。そこが彼女に感じる生々しさなのかもしれない――なんて、冷静に分析しようと思いながらも、唇に触れそうな距離にあった彼女の人差し指から熱を感じたような気がして、そっと自分の口に手を添えた。


 ◇


「魔王に今日会うのは、少し難しいかもしれないわ……」

 私たちは小屋に入ってすぐ、魔王に会う方法を尋ねた。だが魔女は「う~ん」とうなりながら、悲しそうに眉尻を下げる。

 魔王のいる魔王城が物理的に遠いので、行くときは乗合馬車に二時間以上乗らなければいけないという。

 乗合馬車といっても見た目だけで、馬車の仮想映像を投影された普通の自動車だ。最初は本物の馬車だったようだけど、「揺れがひどい」とレビューに書かれてから廃止になったそうだ。こういう履歴も「魔王非公式ファンサイト」にきっちり載ってある。

「せめて魔法っぽい乗り物にすればいいのに……。レンズ外すと普通に車で萎える……」

 森に来るために利用した時、乗合馬車の実体をタイガは興味本位で目の端末を外して見てしまい、しょんぼりとうなだれていた。

 そして今もタイガは、魔王に会えないと聞いてがっくりと肩を落としている。


「でも、魔王に会ってどうするつもりだったの……?」

 森の魔女は、眉尻を下げて子犬のようにオドオドと上目で私たちを見る。

「ちょっとあした、やって欲しいことがあったんだけど……」

「そうなの? 魔王にやって欲しいことを頼むだけなら、私から伝えることもできるけど……」

「本当⁉」

 ユカが身を乗り出して大きな声を出すと、彼女はびくりと体を揺らした。

「じゃあさ、私たちが魔王のところに行かなくても魔女さんに頼めば――」

「ちょっと待って」ユカの言葉を私が止める。

「昨日、作戦考えたあとに思い出したんだけど、AIsアイズって元の性格を変えられないんだよね?」

 コクンと魔女の頭が上下に揺れる。

「じゃあ元の性格に合わないセリフを言わなければならない場合って、どうなるの?」

「セリフ? セリフを言わせたいの? それだと、魔王なら……すごく怒って、嫌って言う、かなぁ……?」

 魔女の言葉を聞いて、私たちは顔を見合わせた。

 

「ダメじゃね……?」

 タイガの声に続いて、私とユカは詰めていた息を吐き出す。

「な、なにを言わせようと思ってたの⁉」

 魔女が、好奇心と不安の混ざった複雑な顔で私たちをキョロキョロと見た。


 

 

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