5.一日目:魔女の家

「私の家に入ってから、五分後に自警団がやってくるわ」


 案内された「森の魔女」の家は、こぢんまりとしたかわいらしい木造の小屋だった。家の周囲は少しだけ草が短くなっていたけれど、元々は雑草一本も生えていなかったそうだ。

「最近、お手入れにも来てくれないのよ」と彼女は頬をふくらませ瞳をうるませていた。


 五分という短い時間の中、私は木の幹をそのまま輪切りにした椅子に腰かけて、「魔女」の話を聞いていた。

 

 近頃、人型のAIsアイズによる脅かしの演出にクレームが入るようになってしまったという。そして、運営側はクレームに対応するために行動を起こしているところなのだと。

「森の入り口、すごく荒れてたでしょ?」と聞かれて私は大きくうなずく。

「ああやって入り込めない雰囲気にして、人が入らないようにしているみたい。でも、あの外観にクレームが入ればすぐにでも次の森の番人が用意されて私は対処されるわ……」

「対処って、どうなるの?」

 目の前に座った魔女は、こちらに体を向けず斜めに腰かけてじっと床を見つめている。

「消されるの」

「え⁉︎」

 頭から冷水をかけられたように、私の心臓はきゅっと縮こまった。

(パークからいなくなるということは、人間のように「解雇」されるのではなくて、AIsアイズ自体が消されるということなの……?)

「もう、いくつかのAIsアイズは対処済みよ」

 魔女が目の前に人差し指をかざすと、文字がずらっと並んだリストが浮かび上がった。

「彼らはみんな、消されてしまったの」

 対処済みリストにはいくつもの名前が連ねてあった。その中に、タイガが言っていた山賊や盗賊も書かれてある。

(リストにないけれどランキングにも名前がないAIsアイズは消される候補ってことなのかも……)

 ちらりと前を見ると、魔女と目が合う。彼女はぱちぱちと瞬きをした後、困ったように眉尻を下げてほほ笑みを浮かべた。

(魔女も、ランキングにはない。いつ消されるかわからない状態なんだ……。ここまできたのだから、どうにかして彼女を救いたい……。なにか方法を探さないと!)


 私は何かヒントになるものはないかと再びリストに目を通していた。そこでハッと思い出す。ランキングに載っていないけど、このリストにもない人型の攻撃的なAIsアイズがいることを。

「あの、魔王ってまだいるよね? 消される可能性ってある? それかイベント用のキャストだから残るとか……」

 魔王は、頭に曲がりくねったヤギの角があるけれど、真っ黒な長い髪に真っ黒な服を着ていて人のような見た目をしている。勇者と戦うイベントの中で、彼もまた人を脅かす演出がある、というのをレビューで見た。

 

「そうね。魔王は消される、というより人型じゃない別の姿になるの……。多分、動物型。人型じゃなけりゃ、脅かされても平気なのかしら……人間って」

 魔女は頬に片手を当て、ため息をつく。

「魔王は残るんだ! それって魔王がイベントに必要だから?」

 そこに目の前の彼女を救うヒントがあるんじゃないかと思って、少し興奮気味に身を乗り出して聞いた。しかし、魔女は小さく首を横に振る。

「魔王は私たちとはちょっと違ってね。クレームじゃなくて、見た目がかっこいいから、魔王が倒されないような、さらには個別で会えるような演出に変えてくれっていう要望があったみたい。だから、今の魔王の姿は別の場所に移動するみたいよ……。結局見た目なのね……人間って」

 語尾がだんだん弱々しくなっていき、両手で顔を覆うと魔女はまたシクシクと泣きはじめた。

 

「じゃあ、あなたも見た目だけ変える、なんていうのはどう? 変装みたいな感じで。魔王みたいに見た目でお客さんを味方につけたらどうかな」

「私も、見た目を……?」

 顔を覆っていた手を離し、こちらをちらりと見る姿にどきりとする。

(だめだ……)

 そもそも魔女はきれいな見た目をしていたのだった。

 普通にしていれば、ウェーブのかかった長めのプラチナブロンドがよく似合う二十代前半の海外の女優さんにしか見えない。涙をボロボロと流している姿さえ、守ってあげたいと思ってしまう。

(元々これだけきれいなんだから、彼女の場合は見た目を変えても、どうにもできなさそう……)

 

「別の案にしよう」と仕切りなおし、何かないかと周囲を見渡して、思いつく限りのことを言った。

「この小屋は変えられないの? ここが狭くて森の奥だから、閉じ込められてパニックになっちゃうんじゃないかな。あとは、その、きちんと危ないから保護してますって言って、攻撃するのをやめる、とか……」

 魔女は小さく頭を振った。

「そう、だよね……」がくりと私の肩が落ちる。

「私も、本当は人を怖がらせたくないのよ……」

 真珠のようなきれいなしずくがポロポロと彼女の目からこぼれた。

 

「私たちには元々、定められた性格というのがあるの。私は魔力が強くて好奇心も強い。でもその分気が弱くて慎重なタイプ。不用意に攻撃できないようにそうなったのだと思う。だから、もちろん人間をとって食べようと思うわけがないし、ずっと閉じ込めておきたいなんて考えたこともないわ」魔女は眉をひそめて首をふるふると振る。

「でも、この森にもう来たくないって思わせるのが私の役目なの。森の中って管理が行き届いてないし、本物の動物だっているからとても危険なのよ。だから、森に入った人を見つけたらすぐに安全な家に誘導して外に出ないよう保護すること。その間に動物の嫌う音を出して、周辺から追い払うこと。そして、案内人が来たらすぐに引き渡すこと。これを『ここは嫌なところ』って思わせる演出込みで行う――それが私の役割なの」

 コクンと私はうなずく。彼女はあくまで『ファンタジーの世界』というテーマパークのキャストAIsアイズだ。その範囲を超えた行動は絶対にできない。

 お客さんを守るために、嫌われ役を引き受けているこの優しい「魔女」を一体どうやって救えばいいのだろう……。

(せっかく、会えたのに……)

 何もできないまま、彼女が消されてしまうのではないかと不安になって、私は膝の上で拳を握りしめる。

 

「それにね、魔王だって……お客さんが味方になったわけじゃないの」と続ける魔女の声に私は顔を上げる。

「魔王の場合、役割は勇者と戦うこと。血気盛んで、正義の味方が大嫌い。おびえる人が大好き。だから自分に向かってキャーキャーと喜ぶお客さんには戸惑っていたわ」

「その姿にギャップがあって一部の人にウケたのかな……」私は小首をかしげながらつぶやく。

「でもね、その本質って変えられないの」

「人間もそうでしょ?」と言われて私はよくわからず「う、ん」とあいまいに答えた。


「お客さん相手に内部こちらの話をしちゃうけど、私たちAIsアイズの人工知能は自分で成長するといっても、元の性格から大きく外れることはないの。つまり、戸惑う姿がいくらかわいく見えたって、魔王の攻撃的な性格はどうあっても変えられない」

「それって、危ない……のでは?」

 わざと見学している人に攻撃を向けてきたことがあるって、魔王のレビューにも書いてあった。勇者が前に立ち塞がる演出用のもので『迫力があった』と高評価だったけれど。

 だけど、もし新しい魔王の活動場所が個室や狭いところになってしまったら、お客さんもそうは言っていられない。それって、今の魔女と同じ状況なのだから。

「そう、とっても危ない。魔王を今のままの状態で他のアトラクションへ移すのは無理なの。だから、魔王は外側だけをそのままに、中身にはまったく違うAIsアイズが搭載される……」

 AIsアイズは、人工知能の魂という意味で名付けられたもの。同じ体であっても、別の魂が入るということは、見た目が同じなだけでまったくの別人になるということだ。

「え、じゃあ今の魔王のAIsアイズは? 新しい動物型のほうに使われるの?」

 ふるふると首を振る魔女の片方の目からぽろりとしずくが落ちる。

「動物型と人型のAIsアイズの本質はまったく異なるものだから……」

 

「そんな、そしたら……今の魔王のAIsアイズは……」

 私の言葉に魔女はうなずく。そして、長いまつげにしずくをつけたまま、魔女は瞳に光をともさずポツリとつぶやいた。

「そう。今の魔王はいなくなる」

 

 今まで私は「AIsアイズのデータが消える」ということを深く考えずに受け入れていたのかもしれない。アプリケーションソフトをアンインストールするのと同じように考えていたのかも……。しかし、彼らはただ計算するだけのソフトじゃあない。自分で考えて行動して、人間と同じように感情を表すことができる。

(それって、すでに「生きている」ってことじゃないの?)


 つまり彼らが、AIsアイズが消えるということは――。

 

「人間風に言うと、死ぬってことよ……」

 魔女の声は、水の底のように冷たく澄んでいた。

 首筋からぞくりと寒気がして、私はあたためるように両腕で自分の体を抱きしめた。



 

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