2.課題の下調べ

「まずは、遭遇レアランクだっけ……」

 お風呂からあがり、肩にかかるまだ少しぬれた髪をタオルで適当に拭きながら自室のベッドに寝ころんだ。そして目の前に浮かぶ虫眼鏡マークのアイコンを押す。現れた検索バーに、「ファンタジーの世界 住民 遭遇ランキング」と仮想キーボードで打ち込んだ。

 

 ずらりと現れたランキング一覧を見ると、一番上はSSSランクで、次にSS、S、A、B、Cの順になっていた。

「パークに滞在できる日もそんなにとれないだろうし、簡単なほうがいいから一番下から見よっと」

 一番下のCランクはかなり数が多い。薬草名や虫、小動物などの名前が並んでいた。街にいる職人や店で働く人、そしてメイドもこのランクにある。ファンタジーといってもこのテーマパークの見た目は中世ヨーロッパをモデルにしたものだから、鍛冶屋や料理人といった実際の職業もあるのだ。


「これだと、ファンタジーの観察というより、職業レポートになりそうだなぁ。作ってる工程は過去のものと同じで、ものがファンタジーっていうだけなんだし……。もうちょっと、レポート書きがいのあるやつがいいかも」

 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら指でスイスイと画面を動かす。

 Bランクは、入り口からちょっと遠いところにいる生き物が多い。パークは端から端まで何十キロと離れているから、物理的に会いにくいというだけで、まだ普通の人と動植物だ。

 Aランクになればようやくファンタジーらしさが見えてきた。

 

「人魚やセイレーンはA?」

(どっちもなかなか会えなさそうだし、セイレーンなんて割と危険な生き物だったような……)

 『セイレーン』と書かれた文字をタップすれば、説明が浮かび上がりそれを読み上げるボイスが流れる。やはり、歌で船に乗った人を魅了し海の中に引きずり込む危険な伝説の生き物らしい。だけど、その下に小さく『※ツアーがあります。危険はありません』と書かれてあった。

「ツアーかぁ。だからAランク……」

 他の海の生き物も、お金を出してツアーに参加すれば船で見ることができる、と説明文にある。古代魚やクラーケンといった海中にいる生き物は、海中トンネルを歩けば見られるのでこれもAランクだった。


「これだとちょっと物足りないかも……」

 ツアーガイドの音声を録音して書き写すだけでレポートが終わってしまう。

「ユカやタイガもこうやって調べて、どんどんランクが上のものを目指していったのかなぁ」

 タイガの希望していた「冒険者」はSランクにあった。ちなみに「勇者」はさらに上のSSランクらしい。冒険者より強い魔物を狩るからランクが上なのかと思ったけれど、『勇者は魔王城まで行く道のりを歩いているためどこにいるかはわかりません』とのこと。

(SSランクは偶然出会えたらラッキーって枠なんだな、きっと)

 かと思えば、『ただし、魔王城で魔王と戦うイベントがあるため、その日に魔王城までおもむくと勇者に出会えます。スケジュールは開園日案内ページをご覧ください――』と書かれてある。

「いずれSランク、ううんAランクにまで落ちそうな気がするなぁ勇者……」

 勇者という輝かしい肩書があっても、どこかかわいそうな扱いを受けている勇者に少し同情してしまった。

 

 一番上のSSSランクにあるのは、ドラゴンと妖精のふたつだけだった。

「ん?」

 ドラゴンと妖精の注意書きを見て眉をひそめる。

「『資料館で動く姿が展示されております。ご覧になりたい方はパーク内では探さず、資料館をご利用ください』……? ってことは、もしかしてユカってば、課題を資料館ですませようとしていたの……?」

 「なによぅ」と頬をふくらませるユカの姿を思い出して、ふふっと笑いがこみ上げた。

「そうだよね。ユカが遭難なんて危険なこと、わざわざするわけないもんね」ハハハと笑って、画面を閉じるとあおむけでベッドに寝転がる。

 

「あーあ……。私はどうしよっかなぁ」

 腕を枕にして天井を見上げた。

 ランキングを一通り見たけど、興味が湧くものがなにもなかったのだ。

 

 ちょっとタイガの「冒険者」に引っ張られて、魔物だったり戦いだったりを想像して疲れてしまったのもある。

「ファンタジーっていっても、そういう冒険ものじゃなくてもっと童話みたいなほうがいいかも……。だからといって資料館の妖精はちょっと、ねぇ……」

 ベッドで横になったまま考えていると、うとうととまぶたが重たくなってきた。

「ダメだ……。レンズ、外さないと……」

 コンタクトレンズ型端末をつけたまま寝ると危ないことが起きる。

 レンズが目に張り付くといった危険はない。しかし、レンズには定期的に行うメンテナンスがある。これに巻き込まれたときが危ないのだ。

 市販のものは自分でメンテナンス時間を設定できるのだけれど、私たちの使っている端末は学校から配られたもの。これらは自動的に夜中の二時に更新され、その時間は変えられない。だから、寝るときはもちろん、二時まで起きている場合も必ず外すように、と学校から言われていた。

 メンテナンスでは、ウイルスチェックやメモリのリセットなどが行われる。そのときに端末を身につけていると大量の情報が目に流れ込んでくるのだという。起きている間に見たものが全部早送りで再生されるようなものなのだ、と情報の授業で習った。体に影響はないけれど、脳がおかしな物語を組み立てて、悪夢を見ることが多いらしい。

 

 すでに学校では事件が起きていた。クラスのよく騒ぐ男の子が、学校で端末が配られたときにふざけて「試してやるよ!」と調子よく言っていたのだけれど、その翌日には学校を休んでしまったのだ。後日登校してきた彼は、「やんないほうがいい……」と涙声で話していた。お母さんに怒られ続ける夢だったらしい。

「それよりお漏らしをしたほうがショックだったみたいだぞ。あいつのかーちゃんが言ってた」と、彼と幼なじみのクラスメイトがヒソヒソと話しているのを聞いたような気がする……。

 

 そんなことを思い出しながらも、私のまぶたはどんどん閉じていった。


 

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