泣き虫魔法使いと七日間

月山朝稀

1.夏休みの課題

『彼女は魔法使いだった』

 

 私と彼女の出会いは、悪夢からはじまった。


 もし、あの時眠くならなければ、悪夢を見なければ、課題が出ていなければ……。

 そして、彼女の声に気づけていなければ――。

 私はずっと彼女を知らないままだった。


 強くて恐ろしい魔法使いが、あんなに泣き虫だったなんてことも――。


 


 

 夏の共通課題:『【ファンタジーの世界】を観察しよう』

 

『人工知能について』

 コンピュータから生まれたソフトウェアたちが、仮想空間と人工知能AIの発達により現実世界で自在に動き始めたのは今から二百年ほど前のこと。時代は、――。

 

(えっと、昭和……? いや、令和? ちょっと忘れちゃったけど、ここはあとで調べるとして……)

 

 現実空間と仮想空間の融合が当たり前となった今日こんにちでは、AIが搭載された仮想物体オブジェクトは、私たちの生活になくてはならないものとなっている。

 

(端末とイヤホンのことも書いておいたほうがいいのかなぁ。これないと見えないし聞こえないからね、仮想のモノって)

 

 私たちはコンタクトレンズ型の端末を通して、現実空間に投影された仮想オブジェクトを見ることができる。

(中学に入る前まではメガネ型だったから、レンズ型にはまだちょっと慣れないんだよね……)

 仮想オブジェクトが発する音声は、端末と連動している骨伝導イヤホンから流れ、仮想オブジェクトは違和感なく現実空間に溶け込んでいる。

 

(そういえば、人型や動物型のAIを物体オブジェクト呼びにすると、彼らに「人権」がないって怒られるかな……。最近使われている「AIsアイズ」呼びにしておこう)


『テーマパークにおけるAIsアイズ

 AIsアイズとは、AIが自らつけた造語である。AIに「s」がついてるのは、ひとつひとつ個別の存在であるという複数の「s」とSoul(魂)の「s」とふたつの意味があるそうだ。

 

(新語だから説明もつけておいて……。あとは「AIsアイズがテーマパークで使われている理由」を書けばオッケー)

 

 近頃、そのAIsアイズをキャストとして採用するテーマパークが増えている。

 AIsアイズの見た目は現実空間には実在しない仮想映像だ。AIsアイズと人間のお互いは触れられないので、彼らは人に直接的な危害を加えることはできない。そういう安全性を考えて、AIsアイズがキャストとして使われるようになったのだ。

 一方で、危険もある。本来の動物と同じ知能をもつ動物型AIsアイズなどは本能のままに動く。仮想映像であっても、彼らに襲われるようなことがあれば精神に危険が及ぶかもしれない。

 そういった問題はあるものの、やはり安全に、より近くで動物や恐竜といった生き物を見られるといった点が評価されて、AIsアイズのキャストがいるテーマパークは今非常に人気が高くなっている。

 

 今回の課題である『ファンタジーの世界』というのも人気があるテーマパークのひとつだ。

 過疎化が進む私たちの県を活性化させるため、県の六分の一ほどを使ったとてつもない大きさのパークとなっている。

 

 私は『ファンタジーの世界』から「――――」を選んで観察しようと思う。なぜなら――――。


 

(――こんなもんかな)

 私は宙に浮かんだ仮想キーボードから手を離す。


「カナ! なにを書いていたの?」

 空中に表示したレポート用紙を読み返していると、用紙の真ん中から友人の顔がニョキッと生えた。

「夏休みの共通課題のレポート。最初のほうだけ書いておこうと思って」

「もう夏の課題⁉︎ 今テスト終わったばっかりじゃない!」

 

 中学最初の夏休み前。テストが終わってほっとしたのか、教室にいるみんなは夏休みの気配に足が地に着かない様子で、いつもよりざわざわと騒がしかった。目の前にいる友人、ユカも少しテンション高く声をかけてくる。

「課題って『ファンタジーの世界を観察しよう』、でしょ? あそこ子どものときに行ったきりだわ……」

「私ははじめて。日にちが合えばユカに案内してもらえたのになぁ」

 机に肘をのせて頬づえをつきながら、ユカの顔を下からのぞき込む。

 すると、彼女は目を丸くしてからジトッとにらみつけてきた。

 

「まぁた、そんなこと言って。そしたら私に全部やらせるつもりだったんでしょ! 私があんたの顔に弱いこと知ってるからって」

「バレたか」ふふっと私が笑うと、ユカは「その顔やめて~」と自分の顔を両手で覆った。手からはみ出た耳が真っ赤になっているのがかわいい。

 どうやら私の顔は彼女が好きなアイドルに似ているらしい。ただ、ユカの好きなアイドルは男の人で、性別も違うわけだし私から見るとまったく似ていない気がしているんだけど……。

(でもまぁ、私の親友が満足そうなのでいいか)

 未だに照れているユカの頭をよしよしと撫でた。

 

「ユカお嬢様、塾のお時間が迫ってきております」

 ひゅんと軽い電子音がしたかと思うと、突如目の前に女の人が現れた。女の人はロングスカートの伝統的なメイド服を身に着けている。

「予習しませんと。今日は塾でもテストがありますでしょう?」と女の人はユカに声をかけた。

 それをユカは「うるさーい」とつっぱねる。

 女の人は、無視を決め込んだ様子のユカを見つめているが、その表情からはなんの感情も伝わらない。しかし、彼女の手はオロオロとさまよっていた。

「大丈夫? メイドちゃん困ってない?」

「いいの! こんなポンコツメイド知らない! この間の模試の結果、全部お母さんに言ったのよ? 結局この子は私の味方じゃなくてお母さんのスパイだったのよ!」

 ふんっと鼻息を吐き出して、ユカは横を向く。勢いよく振られた頭に合わせて、左右のふっくらとした短めのツインテールがゆらゆらと揺れた。

「お嬢様が人に言えない点をとらなければ良いのでは……」と追い打ちをかけるメイドちゃんに、ユカは小動物のような声を上げてキーキーと怒る。

「仲が良いねぇ」とぼんやりとふたりのやりとりを見ていた私だけど、ふとレンズ型端末に汚れがついているのが気になって片方のレンズを目から取り外す。

(ガーゼ、どこだっけ)

 レンズを手に持ったままカバンの中をもう片方の手であさっていると、ユカの姿が目に映る。

 さっきまで見えていたメイドちゃんはおらず、ユカがひとりで宙に向かって怒っていた。

 ユカのメイドちゃんも、人工知能が搭載された仮想映像――AIsアイズだ。目にはめたレンズ型端末を外せば、その姿は見えなくなる。

 レンズの汚れを専用のガーゼで拭き取り装着すると、胸の前で腕を組んだメイドちゃんがユカへ小言を追加していた。


「メイドちゃんも、ファンタジーだよね」

 あごに手を当てながらじっとメイドちゃんを見ていると、お小言から逃れてきたユカが「どういうこと?」と聞き返す。

「昔のヨーロッパっぽい『ファンタジーの世界』なんだから、メイドのAIsアイズもいるよねって」

「ええ⁉︎  もしかして、せっかくのファンタジー世界でメイドを観察するつもり?」

「どうせ観察するなら人型がいいかなぁと思って」

 

「俺も! 観察するならだんっぜん人型! だから俺は冒険者に一日密着取材するって決めてる!」

 隣から大きな声で、短い髪をツンツンと立たせた活発そうな男の子――友人のタイガが割り込んできた。

「冒険者ぁ? まぁたそんなハードなの……タイガには無理無理!」

 ユカが大げさに手をパタパタと振る。

「確かに……。冒険者は大きな街にいるから見つけやすいけど、一日で足りる? 下手したら何日も歩くことになるんじゃない?」

「それは冒険者が受ける依頼内容でちゃあんとわかるようになってんだよ。依頼によって日数が決まってるからな」

 私が問いかけると、タイガはわかってないなぁとでもいうようにあきれた顔つきでこちらを見た。

 

「一日で働き終わる冒険者への依頼って、どういうの? ヒャッカ、調べてみて」

 ユカは後ろに立つメイドちゃんに声をかける。

「薬草採取、ですね。人や動物の捜索も運が良ければ一日で終わることもありますが」

「なーんだ、草むしりじゃない」メイドちゃんの答えを聞いてユカはふふんと笑った。


「くさ、草むしりって、お前、バ、バカにすんなよ! 客のレビューもちゃんと見てるのか⁉︎ 草むし……、薬草採取の途中で山賊や盗賊が現れて冒険者が戦うって書いてあったぞ」

「そういうあんたこそ、ちゃんと遭遇レアリティランキングは見た? 山賊も盗賊もランク外。解雇されたって話もあるわよ」

 ユカはあごを突き出して自分より背の高いタイガを見上げながら、眉毛をくいっとあげた。

「見たよ! でも魔王だって、ランクには入ってないだろ⁉︎ イベント用の敵は勇者とか冒険者とかがいないと出てこないから書いてないんだよ! 絶対そうだ!」

 

 タイガは鼻息荒く言うと、その荒々しさのままカバンを引っつかみ教室を出ていく。そのまま目で追っていると、廊下につながる窓からちょっとうなだれて歩いているのが見えてしまった。

(かわいそうに……)

 とぼとぼと去りゆく背中に小さく手を振っておいた。


「それでユカは? 何にするか決めたの?」

 ユカのほうに向き直って聞くと、彼女は少し眉間にシワを寄せて「うーん」とうなる。

「迷ってるのよ」

「候補はあるの?」

「うん。妖精か、ドラゴン」

「待って――」

 ユカの答えに、私は思わず片手を突き出し静止のポーズを取る。

 

(タイガと大して変わらなくない⁉︎)

 

 妖精は、森の奥深くにしか存在していないはずだ。しかも遭難した人を助けるためのツールだって習ったような気がする……。

 私は突き出していた手を自分の頭の上に移動して、事前授業で聞いた内容を思い出していた。

(あ、道具ツールなんて言い方をすると、またAIの反乱が起きてしまうな……。ふいに言わないように気をつけないと)

 

 でも、実際に妖精は迷って困っている人の道案内に現れるだけの存在なのだ。ドラゴンも同じように、高い山にいて山で遭難した人用の目印となるために存在しているらしいし……。

(こうなると、ユカの希望のほうがタイガよりも実現不可能な気が……)

 

「なによぅ」

 ちらりとユカを見れば、ぷうっと頬をふくらませながらも、腕を組んで自信に満ちあふれた態度をとっている。その姿を見ると何も言えず……。メイドちゃんのほうへ視線を向ければ、目をつぶってゆっくり首を横に振られてしまった。

 こうなれば私はもう「がんばってね」と言うしかないのだった……。


 それまで私は、「なんでもいいから目に入ったモノを観察しよう」なんて思っていたけれど、ここままだとあのふたりのようになってしまう。テーマパークに着いたあとで何をすればいいかわからない、なんてことになれば大変だ。

(しっかりと計画を立てよう……!)と、私は心に決めた。


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