第3話 魔術棟にて

 王城の奥深くに隠されるように存在する魔術棟。その乱雑なものに溢れた地下で、魔術騎士団長と対峙しているのは異世界人とこの世界で呼ばれるもの。

 学は異世界人として魔術騎士団長に鑑定という名の取り調べをくまなく受けているのだが、身体計測以外はさっぱり理解できないものだった。

 一息入れよう、と第一騎士団団長であるフェンに言われて学は休憩スペースに案内してもらう。湯呑みという見慣れた容器に緑茶を注いでもらい、ほっと息をつく。

 こんな所で日本を感じることができると妙な気もするが嬉しいものだ。

 アトリスは公爵の使いだという侍従に呼び出されて魔術棟を出て行った。何かあればフェンさんを頼ってくださいね、と真顔で念押しされて、学はぶんぶん頷いておいた。

「ねえねえ、フェンさん。このお茶は高いってリーインさんが言っていたけど、ここでは生産できひんの?」

 学の問いに同じく緑茶を堪能しているフェンが微笑んだ。

「そうだね、今の所実験段階だけど収穫には成功しているらしいよ。もうしばらくすれば流通に載せられるくらいの収穫量が見込めると聞いている」

「おお、そうすれば自分でも買えるのか」

「他にもニホンから持ち込まれたものをこちらで生産して流通させたものが多くあるから、マナブも安心してこちらで暮らせると思う」

「それは嬉しいね」

 学が自立する手段を考えながら言うとフェンが少し間を置いて、マナブ、と呼びかけてくる。

「どうしたん、そんな深刻そうな顔をして」

「もしマナブさえ良ければ、なんだけど、私と暮らさないか」

 フェンは大真面目な顔で言った。

「ええっと?どうしてそういう結論に至ったのか、ちょっと聞かせてもらおうかな」

 戸惑った顔のまま、学はフェンを見る。

「貴女に一目惚れしたって言ったら信じるかい?」

「はい?」

 学が疑い深い眼差しになるとフェンは苦笑いした。

「一目惚れって言うか、こうして一緒にいると離れがたい気持ちになったというか」

「いやいや、そんなことはないでしょうよ」

「マナブは私の気持ちが分かるって言うことかい?じゃあ、これが本気なのも理解できるのだと思うけれど」

 フェンがじいっと学を見つめる。

 あまりの唐突な出来事に正直眩暈を覚えて学は考える。

「あの、フェンさんは騎士団の団長やろ。と言うことは、きっと家柄も良くて、そう言う人には婚約者がいたりするのが定説、ってことは、つまり、私とは恋愛どうのこうのできないんやないかなって思うんやけど、違う?」

 学の戸惑いまじりの言葉にフェンが微笑んだ。

「婚約者はいないよ。恋人もいないし、仕事ばかりで正直こういう恋愛ごとには不向きな性格だと自覚しているんだ。でも、後悔はしたくない。貴女を口説くと決めたからには落とす」

 強い光がフェンの中に宿っているのを見つけて、学は一気に顔が赤くなった。

 まじなのか、これ。

 学は見目の良い男性からの人生初めての告白が本物だと悟って頭が真っ白になってしまう。

 こんな事態は想定してなかった。

 正直、女の子からの告白をされたことは、多々ある。付き合ったことはないが、好きだと言われて困ることはあっても、こうしてドギマギして赤くなることなんて今までなかった。

 フェンが相手だとなんだか調子が狂う。

 学はまだ見つめてくるフェンに何か言わなければ、と口を開く。

「私が職を得て、ちゃんと暮らせるようになってから、お付き合いさせてもらうっていうのはどうやろう。自立できていないうちは、やっぱり相手の負担にもなるし、自分も引け目があるのはかなんし、もっとお互いを深く知り合ったら、フェンさんも他の人が良いって思うかもしれへんし」

「ないよ」

「え?」

「他の人に目が行くなんて、今後一切ないよ」

 断言するフェンに学は絶句する。

 それを見て彼は苦笑した。

「焦ったのは認めるけど、諦めないよ。待つことは得意だし、マナブが私を意識してくれているのはわかったから、今はそれで良しとするけれど、私が貴女を好きだということは忘れないで欲しい」

 フェンが学の手を握ってそう告げる。

「……はい」

 完全に負け戦のような気分で学は返事をした。

「それじゃ、今後は遠慮なくいかせてもらうね」

 フェンはニヤリと笑い、学の手を優しく撫でた。

 獲物認定された学はひっと呟いて、どうしてこんなことになったのかと湯呑みに浮かんだ茶柱を睨んだのだった。

 休憩は終わりだと迎えに来たデスラー少年に救いの光を見て、学は笑顔で少年の腕を取った。

「おい、何か下心があるんだろう。さてはカッセルバルの卵を狙っているのか」

 何か見当違いなことを言い出したデスラーに学がきょとんとした目を向ける。

 なぜか赤い顔で少年は目を逸らした。

「違うならいい」

「良くはありませんね、デスラー魔術騎士団団長殿?カッセルバルの卵を所持するには王への申請がいるはずですが?」

 鋭く光る目でフェンがデスラーを射抜く。

 こんな表情もできるのか、と驚く学を尻目に、デスラーはヒョイ、と右手の人差し指を動かして宙で円を描く。

「させませんよ?」

 フェンが言うなり、何か空気がはぜる音がして学が辺りを見回すが、何も起こっていないようだった。

「流石だ、第一騎士団長。マレーの薬をやるから見逃して欲しい」

 デスラーの言葉にフェンが眉を上げた。

「いいでしょう。約束ですよ」

「男に二言はない」

 少年が大きく頷いている。

 はて。何が起こったのか。

 知らない間に魔術合戦を起こしていたらしい二人は素知らぬ顔で学の両脇に立っている。

 学は不思議に思いながらも彼らの友好的な雰囲気に安堵した。

 仲違いされるよりは断然良い。

「マナブ、これから実技テストだそうだよ。実際に魔法を使っている者の側で魔法に触れ、ゼロだった魔力が覚醒するかもしれない可能性を見るものだそうだ」

 フェンが説明し、デスラー少年が頷いて見せた。

「魔法ってちょっと興味あるわ。私の世界にはないもんやしね」

「逆に魔法に頼らない生活というのが想像できないな」

 デスラーが呟く。

 彼が魔法騎士団というものを統率している以上、魔法がないなんて悪夢だろうな、と学は思った。

 学は魔術棟の外へ案内される。魔術の訓練や実験をしても問題ない広さと頑丈さを有する庭のような場所に出て、居並ぶ魔術騎士団の面々に対面する。

 想像していたフェンのような騎士ではなく、恐ろしくガタイの良い男どもが並んでいる。これは魔術師というよりも、自衛隊や軍隊にいる種類の人間ではないかと目を疑う。

「驚いたか、異世界人学」

「ちょっと待って。その異世界人と学を同列に並べて続けて言うの止めてくれへん?なんか、小っ恥ずかしくなるねんけど」

「ん?名前だけの呼び方の方が良いと言うことだな?どうだ、学。我が騎士団は。学が驚いたように他の異世界人も同様に驚愕の表情を浮かべていたぞ。魔法を使える人間を貧弱な身体能力だと過小評価しているようだが、我々魔術騎士団は文武両道、どの騎士団よりも武芸に秀でている。魔法が使えるからと言って、肉体を疎かにすることはない」

 デスラーが自分のことはさておいて自慢げに言った。

「それじゃあ、デスラー少年も大人になったら、アンナンになるわけ?」

 嫌やなあ、と顔に書いて学が言うと、デスラーは、えっへん、と胸を張って頷いた。

「君は今のままの可愛い姿でいて欲しいなあ」

「可愛い?この私が?何の冗談だ」

 デスラーは憤慨して学を睨む。

「少年時代は一度きりやで?」

「ああ、それが?」

 あ、完全に分かってへん。

 学はデスラー少年に残念な眼差しを送る。意味の分からない彼は憤慨しながらも次の行程に入る。

「それでは攻撃目標を定め、各自攻撃開始」

 デスラーの掛け声で魔術騎士団の精鋭達が架空の目標へ向けて一斉に攻撃を仕掛ける。

 まばゆいばかりの光の渦と火炎、水流、土砂、暴風などの攻撃が吹き荒れる中、学はだんだん気分が悪くなってくる。

「マナブ?」

 フェンが彼女の異変に気がついて声をかけるが、学はどう答えて良いのか分からない。具合が悪いのは確かだが、口を開いて吐いてはマズイし、何だか頭痛もする。いっそ盛大に吐いてしまおうか、と思っていると、急に気分が良くなる。それと同時に魔法の攻撃も止んでいた。

 辺りを見回すと魔術騎士団員たちは顔を見合わせて不思議そうにしている。攻撃を途中で止めたのは自分たちの意思ではなかったらしい。団長であるはずのデスラーでさえ、意味が分からないという表情だ。

「フェンさん?」

 何が起こったのか聞こうとして彼を見上げると、彼は気遣うような眼差しで学を見ていた。

「気分が悪かったのでは?」

「うーん。でもすぐ治ったよ。攻撃魔法が合わへんのかな?」

「そうかもしれないね。でも念のために医務室に行こう」

「いえいえ、大丈夫」

 学がスッキリした顔で答えたものだからフェンはそれ以上言わなかった。

「デスラー団長、今回はこれでマナブを帰らせても宜しいですね」

 有無を言わさないフェンの迫力にデスラーも大人しく頷いた。

「魔力特性はゼロだ。学、ご苦労だった」

「はいはい、それじゃあね」

 フェンが腕を差し出してエスコートを申し出る。断るのも悪いような気がして、学は恐る恐る彼の腕に手をかけ、恥ずかしいながらも一緒に歩いていく。

 付き合いたての恋人達みたいや。

 変な想像が働いて学の胸は異様に早い鼓動が駆け巡っている。

 学はフェンを見上げながら彼の美しい横顔を堪能する。華奢に見えていたが触れると全くもって男らしい肉体は男性的と言われていた学には絶対にないもので、騎士という職業柄なのか、彼が自分を守ってくれるという安心感が気恥ずかしいながらも嬉しい。

 フェンは自分の周りにいた男性陣とはかけ離れた優美な存在だ。美しく洗練されていて眩しい。それだけでも胸の鼓動が激しくなるのに、学はその強さにも惹かれる。

 彼女は生まれて初めて男性に好意を抱いたのだ。

「あの、マナブ」

「はい?」

「そんなに見つめられると勘違いしてしまう」

「えっと」

 明らかにガン見しすぎていたことに気がついて、学は顔を赤くしながら視線をずらしていく。

「勘違いして良いのなら、もっと見ていて欲しいけれど」

 彼の色っぽい瞳が向けられて、学は慌てて彼の腕に置いていた手を離した。

「そう警戒されると正直傷つく」

 フェンは苦笑して、もう一度腕を差し出す。

 学は赤い顔のまま、その腕を取った。

「ごめんや。私、くっさい男共のいる環境にはおったけど、自分も男として過ごしてるみたいな感じやったし、異性として誰かに見られるってことが初めてで、こう、なんていうか、こそばゆいって言うか、不思議って言うか」

「マナブは正真正銘私の女神だ」

 恥ずかしげもなく言ったフェンに学は引き攣った笑顔を向ける。

「多分、フェンさんは異性界から来たっていう人物に妄想を抱いているんちゃうかな。気持ちは嬉しいけど、私はそんなに褒められた人間ちゃうし、そこのところ、きちっと理解しててもらわんと」

「ああ、そんな風に思われていたのなら謝ろう。私の気持ちを押し付けすぎている証拠だな。不快な気持ちにさせてすまない、マナブ」

 フェンが立ち止まって学を真っ直ぐに見つめて頭を下げた。

「いやいや、謝ることとちゃうし。不快なんて全然。むしろフェンさんの気持ちは嬉しいから。顔を上げて、な?」

 学の言葉にパッと嬉しそうな顔で学を見たフェンに学はしまった、と顔に書いてしまう。

「マナブ、ありがとう。それから、名前にさん付けは無しだ。フェンとだけ呼んで欲しい」

「え、でもお偉いさんを名前呼びとか」

「貴女にそのまま名前を呼ばれたいんだ。私の願いを聞き入れてくれないか」

「……そうします」

 なんだか優しいはずの彼に振り回されそうな予感に学はドキドキと胸が煩いことを自覚する。フェンにお願いさることが全くもって嫌ではないのが、また胸をキュンとさせる要因だ。

「マナブ、ありがとう」

 フェンの眩しい笑顔を見て、ダメ出しに心臓を射抜かれて彼女はほぼ陥落状態の自分に彼に白旗をあげそうになってしまう。

 イケメンの笑顔は心臓に悪い、と平常心を呼び起こしながら学はフェンの逞しい腕の熱さに胸をときめかせたのだった。

 魔術棟を出てゆっくり散歩がてら歩いていく。

 フェンに王城の敷地を案内されながら、学は気になった建物や植物なんかを質問して、それこそ恋人同士のように腕を組んで笑い合う時間は彼女にとって新鮮なものだ。

 王城が広くて良かった、なんて来る時には思いもしなかったことを考えながら、学は浮かれた気分に浸るのだった。

 王の執務室のあるメイン棟まで戻って来ると、侍女のアトリスが出入り口のところで待っているのが見えた。顔見知りらしい衛兵がアトリスと話しているのを見て、邪魔してはいけないかな、とまだ距離があるうちに立ち止まる。

「マナブ、あれはただの世間話だよ」

 勘のいいフェンが学の考えを読んで言った。

「そう?じゃあ、このまま行っても大丈夫なわけやね」

 学が再び歩み出そうとすると、今度はフェンが止まったまま学を引き寄せる。

「どうしたん?」

「このまま別れるのは惜しいと思って」

 フェンが美しい瞳を学に注ぐ。

「次の約束を取り付けてもいいだろうか。マナブの後見人が私に良い顔をするとは限らず、私が貴女に会いたいと思っていても会わせてもらえるとは限らないからね」

 グッと色気を増したフェンに学はたじたじだ。

「フェンの方が忙しいやろうから、合わせるよ」

「それでは明日正午に。お昼ご飯を一緒にどうかな」

「うん、分かった」

 学はコクコクと頷いてフェンを見上げると彼は幸せそうに微笑んでいる。そんな表情を自分がさせているのかと思うと身体中にむず痒さが走る学だ。

「では明日お屋敷にお迎えにあがります、私の姫」

 フェンが胸に手を当て言い、それから跪いて学の手を取り、甲に唇を当てる。

「ひっ」

 想像上でも自分には有り得ないシュチュエーションに学が挙動不審になる。

「マナブ、申し出を受けてくれてありがとう」

 フェンが眩しい笑顔で言って騎士の礼をしてくれる。それからアトリスのいるところまで送ってくれて颯爽と去っていった。

 学のような偽物の王子ではなく、本物のキラキラ王子様と言っても過言ではない彼の後ろ姿をぼうっと見送って、学は若干赤くなっている頬を気にしながらアトリスに連れられて王城の廊下を歩いていく。

「お嬢様、先ほど、フェン団長と何かお約束をされたのですか」

 アトリスがおずおずと質問してくるので学は笑顔で頷き返す。

「明日、お昼ご飯を一緒に食べようって」

「そうでございますか。ではお出かけの準備を整えておきますね」

「お願いします」

 学はできる侍女のアトリスに短期間の付き合いだが全幅の信頼を寄せている。

 彼女に任せておけば大丈夫だろう。

 王城の賑やかな一角を抜け、しんと静まり返った通路に出る。

 足元まである大きな窓から明るい日差しが廊下に入り、磨き上げられた大理石のような廊下と真ん中に敷かれた赤いカーペットがなんだかおとぎ話に出てくるお城のようだと思いながら、ハッと我に返った学は慌ててアトリスに顔を向ける。

「ここ王城やんな?なんで?家に帰らへんの?」

 クールな見た目で焦った顔の学にアトリスが一瞬驚いたような顔をしたが、そこは優秀な侍女アトリス。すぐに安心させるようにニッコリ微笑んだ。

「旦那様から、どうせ王城にいるのなら顔を出せと呼び出しがありまして」

「あ、リーインさんが?」

「はい。きっと適性検査の話をされるのではないかと思います」

「なるほど」

 魔力ゼロなんて結果はあまりいい顔して報告できないだろうが、事実は事実なので仕方ない。

 気が重い学を連れて、アトリスはさらに静かな場所へと進む。

 何千年も前からあるような大木が美しい葉を風に揺らして大地に芸術的な光の影を落とす広々とした森の中にできた開けた土地、という印象だ。木々だけではなく、可憐な花々も植えられている。

 心地良い風が吹き、緑あふれる庭の様子が見られる区画へ彼女は案内してくれる。

 建物続きなのだが王城にいると言うよりも、どこかの避暑地にある別荘に来た気になる。

「ここは?」

 学の質問にアトリスは笑みを見せる。

「旦那様が陛下より賜っている私室でございます」

「私室」

 王様、できる部下への高待遇が凄い。いや、リーインは王族と同列にいると考えた方がいいのだろう。

 私室というか。学にはここをなんと表現したらいいのか分かる語彙力はない。部屋というよりも、屋敷というよりも、最高に癒される場所なのは確かである。

 学はずっとここにいたいと思いながらも、リーインに会うという緊張感に気を引き締め、彼の「私室」への入り口である扉を潜り抜け、応接間という名のただっ広い部屋の上質なソファに身を沈めた。

 待っている間にアトリスが花の芳香のするお茶を淹れてくれて、ほっこり和んでしまった学だったが、人の気配に再び気を引き締める。

「よく来た」

 いつか振りのリーインは部屋着なのか、最初に会った時の貴族らしいきちっとした衣服ではなく、ゆったりとした長衣にズボンというラフな姿だった。部屋着とはいえ、その艶のある透かし織りされた上質な布は庶民には手が届くものとは思えなかったが。その高級で上品な服も彼の美貌の前には価値を落とすような気がする、と学は思う。なにしろ、彼は見た目が良すぎる。フェンも綺麗な青年だが、リーインは人間という垣根を余裕で超えてくる。

 彼は立ち上がった学を座らせ、自分も対面にあるソファにゆったり腰掛けた。

 全ての所作が優雅で隙がない。

「お呼びだと聞いたので、すぐに来ました」

 なんと言っていいのか分からず、学は事実そのままに答える。

 そんな学に思わず、と言うように、ふ、と笑みを溢したリーインを学がガン見すると彼は何事もなかったかのように済ました顔でアトリスが淹れた茶を一口飲んだ。

 何気ない仕草にも色気が香り立つ。

 学は彼から目を逸らしたいのに逸せない自分に戸惑いつつ、彼の言葉を待つ。

 リーインはしばらく茶を楽しんで話をしようとしない。

 緊張と目の前にある吸引力を持った美貌へのなけなしの抵抗とで、学は自分から口を開く。

「魔力測定を受けてきました」

「ああ」

 リーインは短く頷いただけだ。

「結果は魔力ゼロでした。申し訳ないですが、その方面ではお役に立てそうもないですね」

 学は言い終えて、緊張を落ち着かせるためにお茶を一気に飲んでしまう。すかさずアトリスがお代わりを淹れてくれる。

 リーインはどう思っているのか露ほども見せてくれず、相変わらず優雅にお茶を楽しんでいる。

 何か反応があればいいのに、と学はクールな見た目とは裏腹の不安な気持ちのままリーインを伺う。

「そんなに緊張しなくても取って食いやしないよ。学、だったかな。君の後見役として君のことをよく知ろうと思ってね。私が後見なのだから遊んで暮らしてもいいくらいなのに、君は働きたいと言った。だから君をよく知っておきたい。そこで食事を一緒に取ろうと思ってね。幸い、私はこの後半休でね。時間はいくらでもある。まずは話をしよう」

 リーインの穏やかな話口調に学が安堵した様子を目の端で見ながら、彼は壁と化して待機しているアトリスに目線で何か指示し、退出させた。

「学も知っての通り、ここには異世界から多数の訪問者がやって来ていた。そして生涯この国で暮らすことになる。そのお陰で法整備も進み、住民権も手に入れられるようになった。異世界人は学校に入ることもできるし、やりたい職業に就くことも可能だ」

 真面目な話に学は着地点を想像しながら背筋を正して聞いている。

「しかしそれは後見人が一般人だった場合だ。私は貴族で宰相だ。学は私の養女に入り、貴族となった。だから」

 そこで言葉を切って、リーインは学を見つめる。

 好きな職業を選べと言われるのかと思って聞いていた学はリーインの思いの外強い眼差しに内心恐れ慄きながら、澄ました顔で視線を返した。

「淑女教育に精を出してもらう」

「淑女?」

「そう。貴族のご令嬢としての勤めだよ。それが君の仕事だ。君は仕事が欲しいと言っていたから丁度いいだろう」

 リーインが口の端に笑みを浮かべた。

 通常ならその色香の漂う大人な笑みにクラクラきそうなところだったが、学はフェンに聞かされていたことを思い出して、身震いを抑えることができなかった。






 



 

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