命の授業

帆尊歩

第1話 人間のいた教室

「さあ、みんな、今日はとっても、とっても大事な授業をします」先生はいつになく真面目な顔をしています。

教室のお友達は、その雰囲気に、ただならぬ物を感じました。

「さて、ここ半年。この教室で飼っている、ニンちゃんについてみんなどう思っているかな」

「先生」

「はい山田隆司君」

「ニンちゃんは、四十三人目のクラスメイトです」

「おい、たかし。この教室は四十一人だから、それを言うなら四十二人目のクラスメイトだろう」

「あっそうか」と隆司くんが頭を掻くと、教室中が笑いに包まれました。

「はい、はい。」と先生は手を叩きました。

「静かに。じゃあ、ニンちゃんのこと好きな人」全員が、はいと言って手を上げました。

一人だけ、女子生徒が手を上げないことに先生は気付きました。

「はい、佐藤美智子さん。なんで君は手をあげないのかな」指されたれた女子生徒は、本当に賢そうな女の子でした。学級委員もしています。

「私も、ニンちゃんのことは大好きです。でもニンちゃんは人間で、ゾンビの私達に食べられるための生き物です。好きだけど・・」女の子は少しだけ涙声になりました。

「はい、座って良いよ。さあみんな、今日先生がみんなに話したいのは、その事です。

昨日の夕ご飯で人間を食べた人、手を上げて」クラスの半分くらいの生徒が手を上げました。

「じゃあ指すぞ。下柳君のうちでは」

「うちは肉野菜炒めで、人間の肉でした」

「美味しかったかい」

「はい、・・・美味しかったです。山村さんは」

「うちはカレーでした。人間カレー」

「おいしかった?」

「・・・はい」

「みんな、その時に、ちゃんといただきます、ごちそうさまは言ったかな。言った人」三分の二くらいの生徒が手を上げました。

「みんな、いただきます、ごちそうさまの意味は知っているかな」みんな首をかしげます。

「いいかいみんな。いただきますは、命をいただきますと言う意味なんだ。僕らゾンビが生きるために、人間の命をいただきます、と言う感謝の意味だ。ごちそうさまも、僕らのためにその肉を用意してくれた人達への感謝の意味なんだ」教室のみんなは感心したようにうなづきました」

「えー、あした、ニンちゃんを殺して、みんなで食べます」

「えー」と言う教室中から、大きな声が響きました。

「なんでそんな事するんですか。ニンちゃんは僕らの仲間です」

「そうです。私、毎朝ニンちゃんに餌をやりながら、ニンちゃんの頭をなでていたんです」女の子は、涙をポロポロこぼしました。

するとそれを皮切りに、クラス中から鳴き声や嗚咽が聞こえてきました。

ある子は、ニンちゃんと名前を呼びながら、大声で泣いています。

一通り収まると、先生は毅然と言い放ちました。

「みんなはなぜニンちゃんを食べると言ったら、泣くのかな」

「ニンちゃんが友達だからです」

「じゃあ、みんなが昨日食べた人間は、なぜ泣かずに食べて、ニンちゃんは泣くんだ」

みんな、言葉を失いました。

顔には、友達だからに決まっているからだと、書かれていました。

「先生は、命は平等と思っています。友達だろうが、なかろうが、人間は人間。食べて良い人間と食べてはいけない人間の区別は、ないと思います。だからこそ、僕らは心から「いただきます」を口先だけではなく、言わなければならない」そこまで言うと、クラス中からさらに泣き声が聞こえました。先生の言うことに何も反論できないからです。

でもそんな中で、佐藤さんが手を上げて立ち上がりました。

佐藤さんも泣いています。

「先生は、先生は、始めからニンちゃんを食べるつもりで、半年前から飼っていたんですか」今度は、先生の方が言葉に詰まりました。

その通りだったからでした。

思えば、この授業を提案したときに、反対する先生方もたくさんいました。

そんな過激ことをするなんてと、でも先生は負けませんでした。

「その通りです」先生は言い切りました。そしてみんなを見渡しました。

「みんなにとって、衝撃なことなのは良く分かっています。でも先生は、みんなに命の尊さを知ってもらいたかった。僕らは、人間から命をもらっていると、一時も忘れてほしくない。僕らの命は人間の尊い命の上に成り立っていると。だから感謝の気持ちを忘れてはいけないと、みんなに知って欲しかった」

先生も泣いていました。

そして、もうクラスに泣いていない生徒は一人もいませんでした。


次の日、ニンちゃんは、先生を含めた、四十二人のゾンビに食べられてしまいました。

「いただきます」の声が響いた辺りまでは、覚えていたニンちゃんでしたが、すぐに意識はなくなりました。

最後に同じように「ごちそうさま」の声が響いたことでしょうけれど、ニンちゃんがその声を聞くことはありませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

命の授業 帆尊歩 @hosonayumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ