成功までの時間

青いひつじ

第1話


この村の王様は臆病な性格だった。

彼は言った。

「ここに壁を建てた者に褒美をやる」と。

それは、襲撃から村を守るための壁だった。



その褒美が何なのか詳細は知らされなかったが、村人たちは我こそがその壁を建てる者だと自らを奮起した。


建てるための資材、時間、労力に制限はなかった。

王様から課せられたのはただ1つ、壁を建てることだけだった。



初めは500人ほどの村人が集まった。

村一番の大工から建築士に農家、無職の人間まで、各々が思いのままに壁を作った。


しかし、そんな大きな壁が数日で建つはずもなく、多くの村人は、雨や風で作った壁が倒されていくのを見て、建てるのを諦めた。


大工や建築士は知識があるがゆえに、完成までには莫大な労力と時間を要するとして、建てることを諦めた。王様がくれるであろう褒美が、その努力に相応しいモノである確証は無かったからだ。

農家や無職の人間は、一攫千金を夢見て作業を続けた。

そんな中、しゃがんで黙々と地面を見つめる白衣姿の男がいた。



「お前さんはこの村の医者かね?」


監視役の男がそう訊ねると、白衣姿の男は立ち上がった。


「私は、この村で研究をしているものです」


「研究員か。君たちは頭を動かすことは得意かも知れないが、きっと壁を最後まで積み上げる体力は無いよ。王様がくれる褒美だって何だかわからないんだから、諦めた方がいい」


「いえ、私は褒美が欲しいわけではありません」


研究員の男はそう言って、地面を見続けた。




王様の指令から4カ月が経った。

村には夏が訪れ、人間の体温を超える酷暑日が続いていた。

熱中症を訴え断念する者もいた。

しかし、こんな日でも研究員の男は白衣を着たままで石材を積み上げていた。

別の監視役が男に訊ねた。



「君は毎日懲りないね。そんな大きな壁を作れだなんて、最初から無理な話なのに」



「忠告をどうもありがとう。しかしあと2カ月経てば、何かしらの変化が見られるでしょう」



「変化?一体どんな変化だと言うのだ」



研究員の男は、研究を続けながらあることに気づいたという。

彼が今まで向き合ってきたどんなに難しい問題でも、半年経てば何かしらの良い変化がみられたということだ。

そしてそれは研究のみならず、どんな物事に向き合う際にも同様だったという。

それから彼は、自分の中に"成功までの時間"として半年という期間を設けており、この半年間は何があっても、ただひたすらに走り続けると決めているらしい。




「半年後の変化がたとえ些細なものでも、君は嬉しいのかい?」


隣で話を聞いていた、農家の男が嫌味を言った。


「そのまた半年後には、別の変化が生まれるのを私は知っています。それを繰り返していくのです」


研究員の男はそう言い残すと、作業に戻った。




そして、その言葉通り2ヶ月後には、台風にも負けない強固な壁が少しずつ出来上がっていた。



「君、どうやってこんなモノを作ったんだね」


「まずは、素材の研究から始めました。そして試作品を作り、落とす実験を何度も行い、3カ月後にはこの頑丈な石材が完成しました。そして今日で半年が経ち、人々に気づいてもらえるまで積み上がりました。あとはこれを続けるのみです」



男は宣言通り、毎日少しずつ石材を積み上げていき、一年後には、壁は半分出来上がっていた。

それを見た村人たちは大きく感動し、彼を手伝いたいという人間がたくさん現れた。


2年後、とうとう壁が完成し、彼の功績を称える表彰式が行われた。




「壁を建ててくれてありがとう。君が望むだけの金貨を授けよう」



「いえ、王様。私には金貨は必要ありません。私は何よりも貴重なものを得ることができたのですから」



「ほぉ、2年間もの間壁を作り続け、お前が得たものは一体何だ」



「この頑丈な壁を建てるために、どれだけの時間が必要なのか知ることができました。

これは、何にも変え難い感覚だと考えます」



「興味深い。それがどのような感覚なのか、ぜひとも教えてほしいものだ」



「言葉では説明できません。これは、経験した人にしか知り得ない感覚なのです」





男は、その後も村で研究を続けた。


「どうして、そんなに続けられるのですか」


人々がそう訊ねると、


「私は成功までの時間を知っているからです」


そう答えた。



村に新しい壁を作る際には、自身の経験を活かし完成までに必要な時間、資材、資金などを人々に伝えた。


村人は、何かあれば男に相談を持ちかけるようになり、男は後にその村の王様となった。









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