第10話 アデライドお母様、辺境伯領に逃げ込む。
急ぎ足で王城を飛び出してから、アデライドはその足で役所へと駆け込んだ。
役人の前に金を積み上げて娘に当主の座を譲る書類を受理させて、未回収の借金を容赦なく取り立て、金を貴金属に換え……
と、諸々の用事を片付けつつバラデュール辺境伯領へと逃げることに成功した。
元夫達のせいで王家派と見られているので門前払いを食らうかもしれないが、王家の無茶ぶりの証拠書類を手にしているし、丁寧に説明すれば敵ではないことをわかってもらえると思う。懸念は問答無用で切られることだが、国境線防衛を任されたバラデュール辺境伯家の柔軟さに期待をしたい。
不審者、即切り捨て。という地獄のような倫理観で仕事をしていないことを願いつつ、バラデュール辺境伯領に着いたアデライドは腹を決めて辺境伯にアポイントメントを申し込んだ。
忙しいだろうから面会までにだいぶ時間がかかるだろうと思っていたのだが、申し込んだ次の日の昼にはバラデュール辺境伯家の応接間でお茶をいただいていた。
無精ひげを生やし頬に傷のある、アデライドよりも少し年上の男性が目の前にでんと座っている。エクトル・フォン・バラデュール辺境伯である。こちらに来る前に会った国王陛下よりも、よほど王者としての貫禄があった。
オーブリー殿下がイザベル嬢に婿入りする予定だったように、国防上重要な家であるバラデュール辺境伯家には何度も王家から降嫁している。目の前の彼も王家の血をひいているのだから、王者の貫禄があるのも納得である。
「本日はお忙しいなか……」
「ああ、堅苦しい挨拶は嫌いでな。楽にしてくれ」
想像よりも穏やかな表情で、しかし客を迎え入れるには険しい口調でバラデュール閣下が言った。
「それで……王家の錬金術師が、我がバラデュール辺境伯領になんの用だ」
アデライドには〝錬金術師〟という言葉には心当たりがなかった。しかし〝王家の〟と付くからには、バラデュール家にとってもアデライドにとってもあまり良い意味ではないだろう。
古代から詐欺師の代名詞である、石を金に変える錬金術師。当たり前だがアデライドにそんな力はない。
アデライド率いるフランセル商会その他事業は、〝売り手良し〟〝買い手良し〟〝世間良し〟の〝三方良し〟をモットーに、真っ当な商売をしている。たまに爵位や性別などこちらが努力してもどうしようもないことをあげつらい、見下してくるような相手には、〝売り手良し〟〝世間良し〟の〝二方だけ良し〟と看板を掛け替える場合があるけれど、概ね平和な商売をしていると思う。
まさか知らないうちにバラデュール辺境伯家ゆかりの人物から、必要以上に儲けてしまったのだろうか。そのせいで胡散臭い詐欺師だと思われているとか?
「金の亡者ともいわれているフランセル子爵が我が領に来たということは、何か商売の話か?」
そう言われて、アデライドはちょっとだけ遠い目になった。
それはアデライドを
その〝金の亡者〟と同じような意味で、バラデュール辺境伯領では〝錬金術師〟とよばれているのだろうか。
「それとも、王家に遣わされてきたのか」
娘のイザベル嬢とそっくりな黒い目で、辺境伯が鋭くアデライドを睨みつけた。
これが殺気というものなのか。剣の切っ先を向けられたような冷たい恐怖を覚えて怯みそうになったアデライドは、「いいえ」と言いながら、あえて口元に笑みを浮かべてその黒い目を見つめた。
「私は王家から逃げてきたのです」
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