七日目

 †七日目†


 試練の終わりを告げる一つ鐘が、レイダの上に、鳴り響く。


 六日の籠城を耐え抜いた国民達は歓声を上げ、口々に『新しき名』を得た国王を褒め称える。


「アズライル様、万歳!」

「我らの王、アズライル陛下! レイダに永久の繁栄を!」


 若き国王は女神の試練を乗り越えた暁に、過去の脆弱な自分を捨て去り、つよき王に産まれ変わり、国を強くすると国民に誓った。その証として、ジブリールの名を捨て、これからは女神ティナスより賜った【アズライル】を名乗るという。


「見ろ! アズライル陛下とベアトリーチェ王妃の、仲睦まじいお姿を!」

「女神の試練を乗り越え、絆を取り戻されたんだ。我らが王と后に、女神ティナスの祝福あれ!」


 聖なる水瓶を奉る礼拝堂の前で、国民達の祝福に応えるアズライルとベアトリーチェは、寄り添い、微笑み合う。


 ベアトリーチェの背後に控えているのは、髪を切り揃え、メイドのお仕着せに身を包んだ姫騎士マリアベルだ。レイダ城に裸で乗り込み兵士達に囲まれた彼女は、悲鳴を上げたところでカスミに気絶されられた。暫くして目を覚ましたマリアベルはモニカと再会して喜び、男達の慰み者になるところの自分を、ベアトリーチェの口利きで救って貰えたのだと教えられる。

 

彼女の慈悲にマリアベルは深く反省し、アズライルとベアトリーチェに謁見した折に、腕に多少は覚えのある自分を王妃の護衛に使ってくれないかと申し出たのだ。モニカもマリアベルに倣ってメイド見習いとなり、同じようにメイド見習いになったばかりのハンナとすぐに仲良くなっている。



 †††



「……僕では、変えられなかった」



 薄暗い、地下牢の中。


 通気孔から聞こえてくる城内の歓声を聞きつつ、両親の形見であるロケットを握りしめたまま、ジブリールは呟く。


「父上、母上……申し訳ありません」


 草原の国レイダ。草原に穏やかな風が吹くこの国は、ジブリールの祖父母の代までは、金さえあればどこにでも加担する『傭兵の国レイダ』として知られていた。


 アズライルとジブリールの双子が産まれた時。禍星が流れ、高名な占星術師がジブリールを指差し『この子には凶王の素質がある』と予言した。強さこそ正義と尊ばれる国に生まれてきた、運命の凶王。つまりそれは翻って、安寧をもたらす力に他ならない。


 悪名高い祖国を変えたいと願っていた双子の両親は、王位を継承した後に、先王の反対を押し切ってアズライルを地下牢に幽閉した。凶王と予言されたジブリールを王太子と定め、武闘派の家臣を一掃し、争いを好まない国造りに尽力する。一方、幽閉されたアズライルの元には祖父母の配下達が密かに通い、幼い頃から教育を施した。

 

 しかし、レイダに実際の危機が訪れた時。国を救ったのは愛や慈悲などではなく、知識と力だ。ジブリールと先王夫妻が目指した安寧な国家などでは、滅亡の憂き目に遭っていたのは想像に難くない。


 これから告死天使アズライルを王に掲げたレイダは再び、血臭と混沌を招く国へと戻っていくことだろう。しかし、それが正解だ。それこそが、この国の正しい姿だ。


 ジブリールがロケットの中に嵌め込まれた両親の肖像画を爪の先で押し破れば、その下には螺子の形をした蓋が隠されている。蓋の下にある僅かな隙間を満たすのは、ティースプーン一杯程度の、透明な液体。



「兄上……後は、頼みます」



 毒杯を呷ったレイダの凶王は、冷たい地下牢の床に倒れ伏し、二度と動くことはなかった。

 

 

[終]

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凶王の絶望 百瀬十河/ファンタジア文庫 @fantasia

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