六日目

†六日目†


 南部連合軍の宗主オスマルク王は、気づけば、地面の上から明け方の空を見上げていた。


 胴体と分かたれた首からは急速に血液が失われ、思考そのものが既に覚束ない。


 姫騎士マリアベルを失ったユーア皇国軍が撤退し、レイダ城を囲むのはオスマルク王が率いる南部連合軍を残すのみ。もはや、包囲しているという状況ですらない。


 それでもオスマルクが試練の六日目を示す二つ鐘と共にレイダ城を攻めたのは、ひとえにジブリールの手腕を侮っていたからだ。


 オスマルクの知るジブリールは生まれ持った端正な顔立ち一つ活かせない、虚勢が分かり易い若き王だった。狙っていたマリアベルの純潔を奪われたのは実に惜しかったが、元々オスマルクは他人の女を奪うのも好きなので、処女に拘る方ではない。


 マリアベルはレイダごと手に入れれば良いと開き直り、夜明けを待って太陽を背に行軍を始めた南部連合軍は、緩やかな坂道を登ったところでアズライルの策略に嵌った。城壁の上に並んだ衛兵達の盾は、五日間のを利用して、鏡のように磨き上げられていたのだ。盾の表面に反射した太陽光が連合軍の視界を奪い、騎士を背に乗せていた馬も眩しさに暴れ出す。そこに雨のように矢が降り注いだものだから、元々団結の低かった連合軍など、ひとたまりもない。



 初手で兵の半分を失ったオスマルクは、互いの損失を最小限にしようと理由を並べ立て、国王に一騎討ちを申し出てきた。



「一騎打ち、か。面倒なことを言い出したものだな」


 南部連合軍から届いた書簡に目を通し、アズライルは瞳を眇めてぼやく。王が別人になっていると知らないオスマルクにとって、レイダの王はジブリールのままだ。一対一の対戦であれば、与し易いと考えたのだろう。実際、ジブリールが挑むのであれば、オスマルク王に勝てる見込みは低い。


 同じ書簡を目にしたベアトリーチェは幽閉されてきたアズライルがここに来て一騎打ちなんてと憤慨し、そのような申し出を受ける必要はないと主張する。しかしアズライルの方は少し考え込んだかと思うと、渋々ではあるが、使者に対して頷いてみせた。


「……仕方がないか」


 申し出を受け入れる旨を記した返事を使者に預け、どうして、と顔色を悪くするベアトリーチェには、大丈夫だよと微笑みかける。


「少しは戦えるところも見せておいたほうが、抑止力になるだろうしな」


 準備が整えられ、二人の王はレイダ城の東門から下ろした跳ね橋の上で、一騎打ちに挑むことになった。


 緋色のジュストコールに身を包み、不機嫌そうに唇を曲げたは、白馬の上で剣を構える。黒馬に跨り、雄叫びを上げて突撃してきたオスマルクの戦斧を難なく交わし、返す剣の一振りで、脂肪に守られた王の首を刎ね飛ばす。


「……光栄に思えよ」


 オスマルクの耳に、彼の首を切り落とした王の呟きが、微かに届く。


「俺が戦えることは、まだ周知させる予定じゃなかったのに……アンタに引き摺り出されたようなものだからな」


 奇妙な称賛の言葉を、耳の奥で聞き遂げた直後に。

オーク王と称された男の意識は、静かに闇に溶けた。

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