二日目

 †二日目†


 女神の鐘が、試練の二日目を示す六つ鐘を鳴らす頃。

 レイダ城の城内は、混乱はおさまっているものの、誰もが当惑していた。


「信じられん……」

「何が起きたんだ?」


 ベアトリーチェと家臣達が呟く間にも、城の北側に展開していた神聖王国軍は、準備が整った部隊から次々と撤退していく。


「あぁ、予定通りだな」


 北側の城壁に集まって神聖王国軍を見守っていた一同の背後から、のんびりとした声がかけられる。


「アズライル様!」


 振り返った先には、少し眠そうに欠伸をするアズライルの姿があった。アズライルはベアトリーチェの手を掬い取って白い甲に口付け、親愛の籠った眼差しを注ぐ。


「おはようベアトリーチェ。よく眠れたかい?」

「は、はい」

「皆もおはよう。揃いも揃って早起きだな?」


 のんびりとした態度に釣られ、家臣達も思わず普通に挨拶を返したが、すぐに再び騒ぎ始める。


「おはようございます……いや、それどころではなく!」

「アズライル様。北陵神聖王国軍が、撤退を始めております!」

「戦が始まってもいないのに、なぜ……!」


 そうこうしているうちに、神聖王国軍の最後の小隊が馬列を整え、母国に向かって移動を始めた。


 あれだけ神聖王国軍の兵でひしめきあっていたレイダ城の北側は、もぬけの空になってしまっている。


「王国軍は、何故撤退を……?」

「言っただろう? 奴等は最初から、撤退の理由を探していたんだ」


 肘を軽く曲げて差し出されたアズライルの右腕に、ベアトリーチェはおそるおそる腕を絡めた。自然な形で彼の隣に導かれた彼女は、エスコートされたまま謁見室に向かう。


「北陵神聖王国は強い国だが、自然災害が多い。特に約十年周期で起きる氷河の大規模崩落は、毎回被害が甚大だ。今年はその当たり年になっている上に、主軍が遠征していると嗅ぎつけた北陵の少数民族が、首都に攻めてきた……との報せが、昨晩届いたんだ」

「えっ? それは大変ですわ」


 敵国の話でも憂いた表情に変わるベアトリーチェに、アズライルは苦笑いをする。


「それが、あまり大変でもない。少数民族と神聖王国の諍いは土地を巡るもので、長く続いているゆえに、互いの引き際を心得ている。小競り合い程度で、大きな戦に発展することはないんだ。つまり彼等は、結果が分かりきっている『本国の危機』を理由に、これ幸いとレイダ城の包囲から兵を引かせたわけだ。最初から乗り気でなかったのは明白だな」

「そうなのですね……」

「これで思惑通りに、一つ目の国はいなくなった」


 謁見室の扉が開かれて、集った家臣達の視線が、アズライルとベアトリーチェに集中する。これまでとは違う雰囲気に、ベアトリーチェは思わず俯いてしまった。しかしそんな彼女を連れたまま玉座に腰掛けたアズライルは、椅子の後方ではなく自分の傍らに、ベアトリーチェを立たせる。


「ビーチェ」

「は、はい」


 両親の他には、呼ばれたことのない愛称。

 ベアトリーチェの心臓は、僅かに弾む。


「怖がらなくて良い。君は今、この国で最も位の高い女性だ」

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