君になら……
月井 忠
一話完結
夕暮れが近づいていた。
俺は息を切らせ、やっとの思いでたどり着く。
ショッピングモール。
ゾンビから逃げるなら、やはりここだろう。
俺はドアを開けることなく、隙間から侵入する。
ここには、ゾンビ以上に恐ろしい奴らもいる。
慎重に進む必要があった。
物陰を縫うように、物音を立てないように、這いずりながら進む。
しばらくすると、とても静かで小さな空間へとたどり着いた。
ひとまずここで、英気を養うとしよう。
なぜ、こんな世界になってしまったのか。
俺は考えを巡らせる。
始まりはジョージだった。
急にドタバタとのたうち回り、背中や腹を床に打ち付ける。
隣にいた彼女のグレイスが心配して近づくと、ジョージは彼女に噛みついた。
俺を含め、その場にいた者たちは、その光景を黙って見ることしかできなかった。
バリバリとグレイスを噛む音だけが場を支配する。
誰かの叫び声が響いた。
その声が皮切りとなった。
俺たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。
グラント、ガブリエラ、ジゼルとも離れ離れになってしまった。
アイツラは無事だろうか。
ゾンビはジョージだけではなかった。
外に出ると、異様な臭いが立ち込めていた。
それはジョージから漂っていた、嗅いだことのない臭いと同じだった。
おそらくゾンビの発する臭いなのだろう。
虚ろな目をした同胞が、一斉にこちらを向く。
俺はこのショッピングモールを目指して、ひたすら逃げた。
ふうっと、俺は大きく息を吐いた。
原因を考えたところで、何も解決はしない。
考えるべきはこれからのことだ。
俺は生き残ることだけに集中した。
思わずビクッと体を震わせる。
臭いだ。
俺は周囲を見回すように、体をぐるぐると回す。
ここは危ない。
本能がそう告げていた。
俺は慌てて、駆け出す。
「きゃーーー!」
突如、頭上から声が降ってきた。
しまった!
「Gよ! Gがいるわ!」
人間の女が俺を指さして、叫んでいる。
ゾンビから逃れようとして、うっかり人間の生息範囲に踏み込んでしまった。
周囲は人間の叫びで埋め尽くされる、俺は奴らの足元を素早く駆け抜ける。
ズドン!
突如、衝撃が襲った。
俺は宙を待っていた。
まさか、人間ごときに一撃を喰らったのか。
あのノロマな人間に!
俺は地面に激しく打ち付けられる。
反動で物陰に投げ込まれ、幸い人間の視線から逃れることができた。
しかし、なぜか体が言う事を聞かない。
物陰の向こうに人だかりがあった。
彼らの足元の先に、奇妙な光景を見る。
そこには俺の胴体があった。
首から上をなくし、俺の胴体はのたうち回っている。
「ヒィィィ!」
「うーっわ! キッモ!」
「ゾンビだな」
最後のあがきを見せる俺の体を見て、人間たちは嘲った。
なにがゾンビだ!
俺は正常だ。
むしろ、ゾンビは他にいる。
ゾンビGが!
俺は体を失くし、頭だけとなった状態で、ハッと思い出す。
エメラルドゴキブリバチ。
奴らの仕業なのか。
奴らは俺たちを刺す。
刺された同胞は奴らが導くままに従ってしまう。
まるでゾンビのように。
奴らは巣穴まで誘導すると、同胞の体内に卵を産み付ける。
孵化した幼虫は、同胞の内臓を食べ尽くし、体内から出てくる。
いや、今回のゾンビはそういう類のものではない。
単なる共食いだ。
きっとウィルスかなにかが原因なのだろう。
がさっ。
後ろで物音がする。
俺は冷や汗を流した。
しかし、体がないので振り向くことすらできない。
スッと目の前を触角が通る。
その流麗な、しなりには見覚えがあった。
「ガブリエラ!」
俺は声にならない声を上げる。
俺が唯一愛した女。
些細な行き違いで別れてしまった女。
その時、ショッピングモールでも異変が起こっていた。
人間達がのたうちまわっていたのだ。
男の足首にはジョージの姿があった。
我々はしばしば人間を噛む。
もしかすると、ゾンビウィルスは我々から人間に感染するのかもしれない。
人間たちは慌てふためいた。
ゾンビ化する人間はどんどんと増えていく。
もはやショッピングモールはゾンビ映画さながらの状態となった。
ざまあ見ろ!
俺のことをゾンビと罵った報いだ。
俺は盛大に笑った。
そして泣いていた。
この場には、あの臭いが立ち込めている。
臭いの発生源はガブリエラだ。
俺は今でも愛しているよ、ガブリエラ。
俺はバリバリと俺が食べられるのを受け入れた。
君になら…… 月井 忠 @TKTDS
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