固い絆

私は翌日。月島君と一緒に沢村家の屋敷の応接間にいた。

彼は白いシャツに青いネクタイをして、私はピンクのブラウスに紺のスカートという装いだ。

「香取さんごめん。付き合わせて」

彼は眉を下げて、私に謝罪する。

「謝らないで、月島くん。私も一緒に背負うから」

ギュッと拳を握る彼の手をそっと包む。

「ありがとう」

彼はホッと息をつく。


しばらくすると、メイドが沢村夫妻と舜を連れてきた。

夫の方は神経質そうな顔つきであるが、政治家らしい威厳を放っていた。

妻の方は夫の3歩後ろを歩く。薄いルージュのスーツに身を包んでいた。

舜はどうでもいいと言うような顔をしている。


「初めまして、私は沢村一正と言います。舜のことを聞きました。本当に申し訳ないことをしました。慰謝料を払う。黙っていてもらえないだろうか」

「!!」

彼は瑠偉が舜の兄であることを知らないのだろうか。奈歩は舜の様子を見ると、瞳が微かに揺れているのに気がついた。

奈歩は次に奥さんとメイドの顔を見る。

(メイドは月島君のお母さんと面識がある。兄ということを知っているのだろう。奥さんの方は)

「あなた、彼は舜のお兄様よ」

舜は義母の言葉に目を丸くした。

「何で知って」

メイドが話したのかと思ったが、彼女は首を横に振る。

「私ではごさいません」

一正は瑠偉と舜の顔を見比べる。

「やはり、そうか。君たちは顔立ちがそっくりだ」

「血は争えませんね」



瑠偉と舜は何とも言えない表情だ。

(確かに私も彼を見て月島君に似てると思ったな。

沢村夫妻。ちゃんと彼を見てくれるんじゃないのかな。彼が心を開けばきっと...)


月島君もそう思ったのだろう。

「慰謝料はいりません。ただ、俺らだけで話をさせてください」

瑠偉の真剣な瞳に一正はコクリと頷いた。

部屋を出る際、一正は舜に声をかける。


「舜、私はお前を厳しく育てすぎたが、本当の子どものように思ってるのも事実だ。家内もな」

バタンと扉が閉じられる。



「兄さん、何しに来たんだよ。僕を笑いに来たのか」

「舜、」

私はパシッと2人の腕を取る。

「向日葵を見に行こう」


2人は目をパチクリさせる。彼らの手は微かに震えている。

(月島君の好きな花は向日葵と言ってた)


『弟と一緒に見てたんだ。窓から外の景色を眺めてた。そこから見えた向日葵に勇気をもらえた。いつか弟と見に行くことが、子どもの頃の俺の願いだった。あの日、置き去りにしたことでその願いは叶わないだろうね』

切なそうに微笑んだ月島君に胸がズキンと痛む。


奈歩は舜が向日葵を踏みつけていたのを思い出す。

(本当は彼も向日葵が好きなんじゃないかと....

月島君と一緒に見に行きたかった景色。幼い時に憧れた憧憬が。置いて行かれたことをきっかけに憎しみに変わってしまったのだとしたら、悲しすぎる)


◇◇◇


奈歩が連れてきた場所、木造アパートの花壇に植えられてる向日葵

「ここは俺らが住んでたアパート?」


走ったことで息を切らす奈歩

「ここからやり直そう。月島君も舜君も」

私の言葉に2人は瞳を潤ませる。


「舜、あの日置いていったことを謝る。許してくれとは言わない。ただ、俺はどこにいても君の兄だ。」

真っ直ぐに自分を見る瑠偉に舜は本音をもらす。

「僕はどんなことがあっても、兄さんがいたから耐えることができた。沢村の家の人たちは厳しく僕を育てたけど、本当の両親に比べたら何倍も良い暮らしをさせてもらってる」


「舜...」

「だけど、時々、自分はいったい誰なんだろうなと思った。夜に家を抜け出して悪い仲間とつるんだ。」

ある日、公園に咲いていた向日葵がたまらなく憎く思って踏みつけた時、彼女に会った。

夜の公園で兄さんと一緒にいるのを見た。

植物も生きている。

そう言った彼女の言葉が心に響いた。

兄さんと仲むつかしく歩いてる姿を見て、心が嫉妬に支配された。


「でも..」

青空のなか輝く向日葵を見て、自分の固まった心の氷が解けてく。


「今日兄さんと一緒に向日葵を見れて良かった」

舜が笑みを見せたことに、瑠偉も奈歩もホッとする。


◇◇◇


数日後

夏休みの学校

園芸部。部長と月島君と私で水やりをしてる。

朝顔の蕾が出来ていた。

「もう少しで咲くね」

部長が笑顔で言葉にした。

「楽しみですね。部長」

月島君は2人に話しかける。


「部長、月島さん8月25日のことなんだけど、少し遅れてもいいかな」


事情を聞くと彼の本当の両親が出所する日だと知った。

弟と会おうという話になったようだ。

「それなら、休んでも大丈夫だよ?月島君」

「いや、」

月島君は微かに頬を染めて言いよどむ。

私が言葉にすると、部長はからかうように話した。

「奈歩ちゃん察してあげないと、恋人の誕生日だから顔を見たいし、一緒に過ごしたいんだよ。」

パチとウィンクした部長に、私は顔を真っ赤にした。











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