ありのままの自然な心

学校の帰り道

「香取さん、俺呼び方変えた方がいいかな」

「どうして?」


「部長も下の名前で呼んでるし、加藤先生もお姉さんのこと奈津と呼んでたから」

真剣に悩んでる月島君を見て考える。

「私も下の名前で呼んだ方がいいかな?瑠偉..君とか」

若干、上目遣いで言ってしまった。

「...」

月島君は口元を抑えたまま、私から顔を背けている。

「やっぱ変かな。いきなりは」 

苦笑する私に月島君は答える。

「嬉しいけど俺の心臓が持たない」

顔を赤くする月島君に私も照れてしまう。

「自然に任せようか」

「そうしよう」


◇◇◇ 

「そうだ。香取さん、明日新宿にある園芸ショップ行かない?」

月島君の誘いに私は首を縦に振る。

「うん。行きたい。明日水やり当番だから終わってからでいいかな。」

「もちろん」


園芸部の活動はやりがいを感じてる。

好きな人も出来たよ。

お姉ちゃん...


◇◇◇


『新宿にある園芸ショップ』

不良グループの一人がその会話を聞いて、スマホで舜に連絡を取っていた。


翌日

学校に水やりをしにいく奈歩。

朝顔の芽がぐんぐんと伸びているのがわかる。

(良かった。)

思わず顔が綻ぶ。


帰りに校門で加藤先生と出くわす。

「先生、こんにちは」

夏休み。教師は研修会や講習会がある。

加藤はその資料集めに学校へと来ていた。

明るい顔で挨拶をする私に、加藤先生は笑みを浮かべる。

「嬉しそうだな。香取、月島とデートか?」

「ふぇ?な、何故それを」

真っ赤になって話す奈歩を見て加藤は笑う

「今のお前の顔、奈津にそっくりだな。楽しんでこい」

先生の言葉に私は「はい」と頷いた。


◇◇◇


奈歩は自宅でお昼を食べた後、私服は午後家を出た。

新宿駅で待ち合わせをする。

今日は蒸し暑く、麦わら帽子にレモン色のワンピースに白いサンダル

編み籠のバックを持参した。


数分後、月島君が到着した。

「お待たせ香取さん」

彼は白のネックに青いズボンというシンプルな装い。手首には私のあげた月のブレスレット。

「行こうか?」

自然と手を差し出されて、顔を少し染めたままコクリとうなずく。


◇◇◇

恋人繋ぎをしながら、月島君と一緒に新宿の街を歩いた。

「月島君、新宿にはよく来るの?」

「父さんの仕事の関係でね」


都会のビルが立ち並ぶ。大きなデパートやホテル。都庁が見える。

(歩いてるだけでも楽しいな)


数分歩くと個人まりとした園芸ショップにたどり着いた。


「可愛いお店」

その園芸ショップには、スナップエンドウやビオラ、レモンスライスと様々な苗が販売されていた。


レモンスライス

お姉ちゃんとの思い出が蘇る。


「香取さんのワンピースの色と同じだね」

優しい表情の月島君に私は話す。

「月島君、レモンスライスの花言葉知ってる?」

「ううん」

首を横に振る彼に私は答える。


『ありのままの自然な心』


奈歩は中1の時、学校帰り花屋に勤めてる姉奈津の職場に行ったことある。

レジにいたお姉ちゃんは、レモンスライスの苗を持っていた。

『いらっしゃい奈歩』

『お姉ちゃんの持ってる黄色のお花、綺麗な色だね』

お姉ちゃんは私の言葉に上品に微笑んだ。

『レモンスライスって言うのよ。奈歩にはこの花の花言葉みたいに、ありのままの自然な心でいてほしいな』


◇◇◇

姉の奈津との思い出を話す奈歩の表情は、宝物のことを話すように愛しげだ。

瑠偉は彼女のそういう所を好ましく思う。

「俺たちもありのままの自然な心でいたいね」


瑠偉の言葉に奈歩は笑みを浮かべて返事をした。

「うん」


私たちはレモンスライスの苗を2つ買ってお店を出る。

今日という日を忘れないように...

◇◇◇



夕方

近場の公園のベンチに座る2人

「月島君は好きなお花ある?」

彼は公園に咲いてる向日葵を見つめる。

「向日葵かな。」

「どうして...?」

彼は口を開いた。

その瞬間、一筋の風が吹いた。


◇◇◇


オレンジ色の夕焼けから、周囲が夜に溶け込む頃のことだ。

「そろそろ、帰ろうか」

「うん」


私たちが立ち上がると、数名の中学生の不良グループが私達を囲む。


「俺らと遊んでよ」

月島君がそう言ってくる不良から、私を背に庇う位置に移動した。

「月島君」

私が不安そうに呟くと安心させるように微笑む。

「香取さん、大丈夫だから」


そんな私たちを見て不良グループの一人が話しかける。

「カッコいいね。お兄さん、あの日と同じだ」

その言葉に月島君が視線を鋭くした。

「君らこの前あった中学生だな。俺らに何の用だ?」

すると銀のネックレスをした男が前に出てくる。

「!!」

私はこの前、向日葵の花を潰してた人と同一人物と気がついた。

月島君の様子を伺うと、彼は目を見開く。


「僕が用があるんだよ。兄さん」

「舜...」


瑠偉と舜。数年ぶりの兄弟の再会だった。


◇◇◇


「舜、用てなんだ?」

月島君が眉間に皺を寄せる。

舜は瑠偉の後ろにいる奈歩に視線を向けた。

「兄さん、彼女のこと大事なんだね」

「だったら何だ」

「僕はあの日、兄さんから置き去りにされた日から考えてたよ」


「兄さんから大事なものを奪おうって」

ニヤリと笑う舜。

瑠偉が思わず舜の胸ぐらを掴む。

「ダメ、月島君!」

瑠偉の腕にしがみつく奈歩


「舜、お前が俺を憎むことは構わない。ただ彼女を傷つける真似をしたら俺はお前を許さない」

「!」

2人の間に流れる空気に私は震えてしまう。

兄弟なのに。分かりあえないことはないはずなのにー...


不良グループの1人が「こっち来いよ」と奈歩の腕をグイッと引っ張った。

「ちょ、放し」

「香取さ」


瑠偉が奈歩に気を持っていかれた瞬間、旬は瑠偉に蹴りを入れる。

グッ

片足をつく月島君

「月島君!?」

振り切っていこうとする私を「大人しくしろよ」と叩いた。

「っ!」

地面に倒れる私を見て月島君は、直ぐ様その男を殴り、他の不良グループを倒していく。


その様子を見ている舜はスマホを持って、ある場所に電話をかける。

周りの人が集まっていく。

私はハッと彼の目的に気がついた。


「月島君!私は大丈夫だからとまって」

私の声にピタッととまる。

「香取さん」


数分もしないうちに警察がくる。

「君たち交番まで来なさい」

警察が不良グループ以外に月島君も連行しようとする。

「月島君は私を助けようとしてくれたんです」

必死に訴えかける若い婦人警官が話を聞いてくれた。

「事情聞くだけだから。あなたも怪我してるわ。」

殴られた頬に触れられる。

「私たちは彼に」

奈歩は舜の方に振り向くと、彼はすでにその場から消えていた。


◇◇◇

交番で事情を説明すると、担任の加藤先生が来てくれた。

目撃者がいたため、今回は不良グループに責任があると捉えられたようだ。


「はい。お世話になりました」

私と月島君は頭を下げる。

「お前ら何があった?」


頬にガーゼを貼られてる私、月島君は先ほどから私の方を見ようとしない。

二人の間に流れてるものに、加藤先生は気がついたようだ。

「何でもありません。只の兄弟喧嘩です。ごめん。香取さん」

頬のガーゼに触れられて、申し訳ないという口調で謝罪される。

「私はっ」

胸がぎゅっと痛い。月島君の方がずっと痛いはずなのに。

「今日は引き受け人になってくれてありがとうございます。先生」

泣きそうな表情の月島君に加藤先生は、頭をワシャワシャとかきむしる。

「お前なガキなんだから、もっと周りに甘えていいんだぞ」


「!!」


◇◇◇


駅前のマックに私と月島君、牧野部長が顔合わせる。

はじめて園芸部で種を買いに行った後も、マックに寄ったことを思い出す。

ポテトとハンバーガーとコーラが置かれてる。


「奈歩ちゃん、頬どうしたの?」

目を丸くしてる部長に月島君が申し訳なさそうに口を開く。


今日起きたことを月島君は部長や加藤先生に、説明していった。

全部言い終わった後、加藤先生や部長も眉間に皺を寄せる。

「月島君のせいじゃないよ」

私が言うと加藤先生と部長が続いた。

「そうだな。お前らDVした両親が一番悪い。けどな」

「弟とは真正面から言葉をぶつけるべきだ」

舜が向日葵の花を潰していた姿を思い浮かべる。

「私もそう思うよ。言葉を重ねて理解してもらおう?」

私の顔を見て月島君は尋ねる。

「香取さんは俺が怖くないの?」

首を横に振る。

「ないよ。守る為だったから」

私たちの言葉に張りつめた糸が途切れたように彼はぽろぽろと涙を溢した。


◇◇◇

瑠偉は自宅に到着した際、今日あった詳細を養父母に話した。

やはりというような顔だ。

「お願いがあります。沢村家と取り次いで頂けませんか?弟と話をしたい。」


そう言った瑠偉の瞳は今までになく力強かった。

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