君の傷が癒えるように

僕は香取さんから昨夜送られたDMを見て、moonであることを名乗ろうと思った。


1年前の僕は不登校で、自分の部屋だけが居場所だった。


入学当初のことだ。

同じクラスの男子が苛めにあっていた。

注意したら、その男子はクラスのリーダー格。

ドラマにある展開。

僕はあっという間に孤立した。


自分の机で伏せている時間が増える。

家にいてもすることもなく、スマホのSNSのアカウントを開く。

アカウント名は葉月の月の字をとって、moonにしていた。

指でスクロールしていくと、誰かがRTしてきたものが回ってきた。


植木鉢から芽が出てる写真が目にとまる。

『この前、お姉ちゃんと一緒に枝豆の種を植えたら発芽してました♪』


この写真のアカウントが気になって、アカウントのプロフィール覧を読んでみた。


(naho、歳は僕の1つ下か)

彼女の投稿した姉と育てた植物の写真を眺めていると、心に光が灯った気がした。


僕は朝顔の投稿写真にきれいですねと入力して送信ボタンをタップした。

そこから、彼女とのやり取りは始まった。


あれから僕は学校に行くようになったけど、クラスに馴染むのは時間がかかった。

昼休みにぼんやりと花壇を眺めてると、白衣を着た先生が声をかける。


「お前、植物好きなら園芸部作らねーか?」

園芸部のきっかけは、顧問となる加藤の提案から始まったのである。



『僕が学校に再び行こうと思えたのは、君と君のお姉さんのおかげだから、君が苦しみにいるなら僕は助けになりたい』


◇◇◇


代々木公園

ベンチに座る奈歩は牧野が現れたことに、目を丸くする。

「部長がmoonさん?」

私の問いにコクリと頷く。


私は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。

moonさんは女性と思ってたから、女性特有の悩みの相談もしていた。

「穴があったら入りたい」

私を見てクスと笑う部長

「僕は楽しかったよ。

そのワンピース。お姉さんに買ってもらったもの?」

「はい」

「似合ってるよ。香取さ..いや、奈歩ちゃん」

部長が私を下の名で呼ぶ。

moonだと告白した変化だろうか?

「とりあえず、公園を散歩してお昼一緒に食べようか。お腹ペコペコだ。」

ニコっと微笑まれる。

「そうですね」

私は口角をあげて返事をした。


◇◇◇


奈歩と牧野が並んで代々木公園を歩くのを、通りすがりの宮沢加恋が目撃していた。

(あの子ー!)

白い花柄のシャツにピンクのミニスカート。チャームポイントのポニーテールを赤いリボンで結んだ。

加恋は鞄からスマホを取り出して瑠偉に電話をかける。

『瑠偉?代々木公園まできてくれる?理由は来たらわかるわ。』

瑠偉の自宅から代々木公園までは目と鼻の先だ。


加恋は昨日のことを思いだす。

「どこまで行くんだよ。加恋!」

デートだからと、あの子と別れたあと随分遠くまで来てしまった。

瑠偉に思いきって先ほどの問いを尋ねた。

「瑠偉、正直に教えて。さっきも聞いたけど、香取さんのこと好き?」

瑠偉は私の真摯な眼差しに、正直に気持ちを話した。


「好きだよ」

その言葉を自分ではない誰かを思って、口にされた時、胸がズキッと痛んだ。

「そ..う」

私は眉を下げる。

「でも、これが恋なのかはわからない」

「!」


もういいよねと目で言ってから踵を返した。


(あなたの中に彼女がいても構わないから..私を置いていかないで)

無意識に手を伸ばす加恋...


◇◇◇


代々木公園は老若男女に溢れていた。

四季折々の植物が咲いていて、今の季節は向日葵が綺麗に咲いていた。

「学校の花壇に向日葵も植えたいね」

そう言って微笑む部長が、お姉ちゃんと重なって私は涙がポロリと溢れた。


「あれ?どうしたんだろう」

今まで我慢出来ていたのに。


「奈歩ちゃん、辛い時は我慢せずに泣いた方がいいよ。スッキリするから。」

部長は私を引き寄せ優しく腕の中に包む。

その言葉に私は留めなく涙が溢れる。


◇◇◇


月島瑠偉は白いシャツ、黒い半袖のジャケットを着ている。

瑠偉は端正な顔立ちだ。だが、眉間に皺を寄せている。

「何だよ?加恋」

加恋は人差し指をある方向へ向けた。

数メートル離れた場所で男女が抱きあってる?

目を凝らすと、奈歩と牧野であると分かった。

驚きに目を丸くしたあと、加恋に絶対零度の眼差しを向ける。

「覗き見は悪趣味だぞ。加恋」

瑠偉はそのまま立ち去る。


(やっぱりあなたの彼女への想いは恋なのね)


◇◇◇◇



「落ち着いた?」

包まれてる腕の中、部長が私に尋ねる。

「はい。すみません」


部長は良かったとそっと腕を離した。

「奈歩ちゃんスタバでお昼食べよっか」


駅前のスタバに2人で入る。

前は月島君や加藤先生も一緒だったな。


ベーコンとほうれん草のキッシュと、コーヒーを2つ頼んでトレイに載せて、窓側の席に座る。


「月島君に来れるかどうかラインしてみようか?」

私に部長が尋ねる。

「3人の方が楽しいですもんね」

笑みを浮かべて答えた。


部長がラインで月島君に送ると、すぐにピロリンと返信がくる。

「用事があって来れないって」

「残念ですね」

私は心なしか落胆な声をもらす。

部長が励ますように言葉にする。


「今日は沢山食べて」

部長は笑顔を見せる。


元気づけようとしてくれてるのがわかる。

まだ全部を受け入れるのは無理だけど、少しだけ元気になれた気がする。

私は笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。」

ベーコンとほうれん草のキッシュを、パクりと口に含んだ瞬間。

「美味しい」と溢れる。

部長は笑顔だ。


いつか、心の傷が瘡蓋になって自然と癒える日がくるそう思えた1日だった。


◇◇◇◇


その日の夜

月島瑠偉は自分の部屋で思案する。先ほどの光景ー...

香取さんと部長が抱きあってる姿を見た時、どうしようもないほどのモヤモヤした感情が胸を支配した。

スタバに誘われたけど、行く気にはなれなかった。

この想いが何なのか瑠偉が確信するのは翌日のことだった。


そして、園芸部にとって波乱の月曜日を迎えることになる。







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