共有型経済の各課題に対する解決策③
経済システムを変える。そうなった際、切り離せないのが経済の問題だ。具体的にはどういうことか。ビジネスは通常、資本主義社会のルールに則り、行われている。だが、もしも経済システムそのものが変化してしまったら?ほとんど全てと言っていいほどのビジネスが立ち行くなるのは、想像に難くない。そしてそれが何をもたらすのか。私は4つの問題をリスクとして挙げている。これらの課題に、共有型経済はどのような解決策を掲示するのか。私自身が、説明を行っていきたい。
まず、技術的革新の遅効性。これは競争が無くなることで起こりえるものだ。だがどうだろう。資本主義社会における過度な競争が貧富の差を生んだ結果、日本人全体の幸福度が下がっているのではないか。つまり競争が無ければ、技術的革新の発生に時間がかかるが、それが過度になってしまうと、今度は別の問題が出てくる。
では、競争を適度に保つにはどうすればいいのか。報酬無しという選択はあり得ない。人のやる気は、報酬に直結するからだ。しかし、貨幣という分かりやすい報酬が対価である資本主義では、金に目がくらんだ企業や、個人の不正を止めることが出来ていない。そこでポイントだ。ポイントは、貨幣と比較して分かりづらい。何が分かりづらいかと言えば、得られたという実感そのものである。
だが、技術的革新の遅効性に対する解決策は?それが特許技術や、創作物の限定所有という考え方ではないだろうか。言い換えるならば、何かを発明した人や、創作物を作った人が生きている限り、その本人がそれらを一時的に所有できるが、亡くなった途端、その所有元が皆になる。
また、ポイントの所有上限も設けておきたい。それはなぜか。必要以上の過剰なお金を持ったとしても、全て使う金持ちは、ギャンブルで大金を得た人々を除けばいないに等しいということが、資本主義社会で判明しているからだ。
そして共有型経済に、限定所有や、所有上限という概念を持たせる何よりの理由。それは、富の集中を防ぐためである。これは何も、経済活動そのものを否定しているわけではない。個々人が時間や労力をかけて得た富が、子や孫などに引き継がれるということを問題としている。したがって、資産相続の際は、相続税がかかるから良いのではという指摘自体が、ナンセンスのように思う。
次なる問題は、国際的な資金援助の滞り。だがこれは、あまり問題にする必要が無いんじゃないだろうか。これは個人的な意見ではあるが、むしろメリットのように感じられる。
その理由の1つとして、無駄遣いが減るという点。そしてもう1つは、本当に非常時の際は、お金の価値が下がるという点だ。順番を追って見ていく。
1つ目の無駄遣いが減るという点。これは国単位の話として仮定する。次に日本の現状を見る。するとどうだ。日本という国は多くの金額を、海外の国々のために、毎年使っているということが分かる。それも万や億ではない。兆単位の支援だ。しかし、政治または経済が変わらない限り、政府による資金援助が廃止されるのは、全くと言っていいほど期待できないだろう。
だが今の状態では、日本の政治が国民の方向に向くことは無い。そこで考えた。経済を変えればいいと。経済システムを変え、税金の運用ルールを一新すれば、それに反した行為はルール上、出来なくなるはずだ。加えて経済システムが、資本主義から共有型経済になることで、資金援助プロセスが複雑化し、海外諸国が、日本から資金援助を受けるハードルが高まるということが想定される。
もう1つの、本当に非常事態の際は、お金の価値が下がるという点。一体どうなったら、お金の価値が下がるのか。政府による金融への介入を除けば、戦争や、災害を思い浮かべる人が大半だ。では、どうしてお金の価値が下がるのか。お金を出しても、ものが不足して買えないからに他ならない。
だからこそ、災害や戦争で生活をめちゃくちゃにされた時は、お金ではなく、住むための家が欲しい、安全な水が欲しい、充分な食料が欲しいと思うのが、普通ではないだろうか。
そして、海外支援は個人や、会社が善意で行うべきものであり、政府が、国民の同意なしに行うべきものではないと私は強く考えている。何となくではあるが、海外の国々は、資金援助をしてもらうことが当たり前だと解釈してないか。安易な海外援助に頼らず、自国のお金でやりくりして欲しいと感じる。
さらに挙げられる、経済的活動の不安定性という課題。これは様々な人人の不安が集まった集合体のようなものだ。だがそれを、個人レベルの話と、国家レベルの話に分ければ、とても分かりやすい。
個人レベルの話なら、経済的活動で安定したポイントを獲得できるか。その前に、経済的活動をするだけのポイントを用意できるか。経済的活動をしている人なら稼いだポイントを元に、そうでなくても、支給されたポイントを元にして経済的活動をすれば問題ない。
また、趣味と経済的活動を兼ねれば、始める・続けるハードルも下がる。加えて、作った物が取引されずに在庫として余ったとしても、粗悪品でなければ、各共有元に管理権を移し、皆で共有するという手段も良い。物が取引されないことによる承認欲求?それは別の場面で満たすべきだ。
一方で国家レベルの話。生活するのに労働が必須ではなくなったら、経済的活動規模の変化幅は、大きくなってしまうのでは。だがどんな時でも、安定している経済的活動がある。それは食費だ。人里離れたところで、完全な自給自足をしている少数の人々を除外すれば、誰もが食材の調達を外部に頼っている。つまりどんな人でも、食事には一定の取引額を使っていると言っていい。
それに、最低限の生活がベーシックインカムのように保障されれば、将来に対する恐れが消えるため、それ目的での貯蓄する必要が無くなり、その分は消費に回ると考えられる。したがって変更幅は主に、経済的活動を始めようと思う人、続けている人、辞める人の合計に左右され、その他要因は小さな影響しか持たない。
それゆえ共有型経済の導入直後は、経済的活動の不安定性が避けられないが、徐々に、個々人が自らに最適な選択をするようになり、最終的にはある程度、国家レベルの経済的活動が安定すると思われる。
最後に、外資系企業や、国内企業の撤退リスクという課題。まず、海外に本社を置く外資系企業の撤退に関しては、何も手が打てない。共有型経済になり、何もかもが共有されるようになったら、利益の追求を掲げる外資系企業は、日本でビジネスを展開するメリットが無くなるため、日本からの撤退を決めるに違いない。
しかし、国内企業はどうだろう。大企業ならともかく、中小企業の大半は、言語や、文化の壁があるため、経済システムが、資本主義から共有型経済に変わったとしても、日本国内に留まる判断をするのではないだろうか。
そうして留まる選択をした国内企業。これをすべて共有会社に変える。そうすることで適度な競争を促しながら、より良いモノづくりを進めて、誰もが自身の生活に幸せを感じる社会を目指す。それが私の考案する共有型経済だ。
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