魔法研究(9)


   ◇◇◇


 いつもの自室である。見慣れた光景だけど、落ち着く光景でもある。

 僕はベッドに座り、瞑想状態だった。何も考えないのではなく、意識を集中させるように心掛けている。以前は頭をからっぽにすることに終始していたから、魔力放出ができなかった。今は、感情を強く意識して、魔力を発動させることに成功している。

 帯魔状態に至ってから、すでに一ヶ月が経過していた。

 さて、この一ヶ月でわかったことをまとめようと思う。

 一つ。帯魔状態になるにはある程度、強い感情が必要。そしてその感情を維持することは非常に困難だということ。

 どんな感情でもずっと維持することは難しい。よほどのことがない限り、その感情が薄くなる。

 二つ。一日に、帯魔状態になれる回数は限界があるということ。

 魔力の概念が正しいかどうかはまだわからないが、暫定的に僕はこの現象で放出されるエネルギーを魔力だと仮定している。当然、力を発現するには燃料が必要だ。魔力を費やし、魔法を使うのだから。現状、魔力を放出しているだけだと思うので、魔法には程遠いけど。

 当たり前の話、魔力は有限。そのため、ある程度の魔力を放出すると止まる。そうなると一気に無気力になり、何もしたくなくなる。

 一度それでも放出を続け、魔力が枯渇した日はひどかった。一日中、何もしたくなくなったため寝て過ごした。病気とかじゃなくて、ただ無気力になったのだ。

 最初は帯魔状態に五回なるだけでそうなった。

 三つ。魔力を限界近くまで放出すると、次は魔力量が少し増えるということ。

 魔力の限界値は、最初は帯魔状態五回だった。けれど、今は十回まで可能になっている。

 一ヶ月の間、毎日、限界一歩手前まで帯魔状態を維持した。枯渇しない限り、完全な無気力にはならないので、日常生活に大きな支障はない。ただ、だるくなるし、やる気がなくなりやすくはなるので注意が必要だ。

 四つ。帯魔状態は光の玉同様、魔力の素質がない人間には見えなかった。

 そして、素質のある人間には見えるし、触れば温かさを感じることもわかった。これはマリーに頼んで試したのでわかった。まあ、これくらいは別に驚くようなことではないけれど、大事なことだ。状況が変われば、変化があることもある。光の玉と帯魔状態が同一とは限らない。

 そして他にもちょっとした発見があった。

 魔力は自分自身にあまり刺激を与えない。僕の魔力で、僕自身は熱を強くは感じないし、感触もほとんどない。けれどマリーが触ると、温度を感じるし、僅かに感触があるということ。これはちょっと面白い発見だったと思う。

 そして五つ。これが最大の問題。

「ああああああああっ! 光の玉が出ないぃっ!」

 そう。帯魔状態で魔力量を増やしているのに、光の玉が出る様子はなかった。

 帯魔状態は、身体全体がぼんやりと光るだけ。魔力量が増えても、状況は変わらない。ただなんか光ってるという程度で終わる。魔力量を増やしても光の量も増えないし、変化は一切なかった。

「……うーん、もしかして魔力放出量には限界があるのかなぁ。僕の放出限界は、今放出している魔力の量なのかも」

 身体がぼんやり光る。これが最大放出量だとして、もしかして僕は光の玉を出せないのか。

 つまり魚以下の魔力放出量ってこと? あはは、ご冗談を。嘘だよね?

「……総魔力量を増やしても、一度に使える魔力の限界が変わらないなら、意味ないんじゃ」

 例えば、総魔力量、つまりマジックポイントが百あるとしよう。魔法発動に必要なマジックポイントは五。でも僕が一度に放出できるマジックポイントの限界は四だとしたら魔法は発動できないのでは。

 たとえ総魔力量があっても、放出限界量が最下級魔法の必要魔力量未満だったら、魔力はあっても魔法は使えない。まだ結論を出すには早いけれど、可能性はある。

 なんてことだ。これが事実ならば、僕は身体を光らせるしか能がないただの人間ということだ。しかも光っているのが見えるのは魔力の素質がある人だけ。何の役にも立たない。ただ光るだけの発光人間である。

 あれ? 詰んだ? 詰んでる? これ。

「いやいやいや、待て待て。まだ諦めるのは早いって! 絶対に何かある。何かないと困る。こんなので終わりなんて絶対にやだ!」

 ここまで来て、実は魔法は使えませんでしたなんて認めてたまるか。諦めないぞ。絶対に。冷静になれ。まだやれることはある。

 トラウトのことを思い出してみよう。身体を発光させて、光の玉を出していた。どこからだったっけ。頭、あたりだったような。ということはもしかして。

 身体中から出せる魔力放出量は決まっていても、それは薄めたものだ。一ヶ所に集めれば別の結果が出るのでは。

 僕は意識を集中し、感情をイメージして帯魔状態になる。身体中が発光している。このまま、手に意識を集中した。腕に魔力がいくように。

 感情を維持したまま、腕へ魔力を伝播させるイメージ──なんてできるわけもなく、帯魔状態は解除された。

「難しすぎるよ……これ」

 感情に意識を割かないと魔力は放出されない。その状態のまま、身体のどこかへ魔力が集中するような想像をする。言葉だと簡単だが、実際にやるとどっちつかずになって難しい。

 喜びの感情を想起するという感情的な思考と、右手に意識を集中するという理性的な思考。相反する思考を同時に行うのは困難だ。

 いや違うな。そもそも間違っている。順番が逆なんだ。魔力を発動させて、右手に意識を持っていくからおかしくなる。つまり『右手に魔力が集まれば、嬉しい』と考えればいい。完璧だ。右手に魔力を集めること自体に感情を伴わせればいいはずだ。

 ということで、やってみた。

 帯魔状態になる。身体中が光を放つ。ここまでは慣れたもの。しかし今までと違うのは現段階で既に、右手に魔力を集めるイメージができているということ。

 身体中の光が徐々に右手に集まる。薄く伸びた光は、一点に集まると輝きを増した。僕の右手は真っ白に光っている。白色灯を思わせるほどにまばゆい光が、右手から生まれていた。

「う、うお……」

 僕は立ち上がり、右手を掲げた。光る手が天井へ伸びている。

「うへへへぇ! 僕の右手が光ってるぅぅっ! うへへっへっ!」

 このまま壁にぶつけたら、破壊とかできないだろうか。できそうだ。それだけの力の奔流を感じる。

 僕は興奮しすぎて、理性を失っていた。うへへと笑いながら、壁に向かう。もう止められなかったのだ。魔法が発動したら、試してみたいのが男の子ってものだからだ。子って歳じゃないけど。

「うりゃあっ!」

 僕は勢いよく木の壁に拳を突き出した。次の瞬間、バンという音が響き、拳に痛みが走る。

「い、いっつぅ……ぐぬっ! た、ただの光じゃないか……っ! なんか破壊する力があるかと思ったのにぃっ!」

 子供の拳だから、壁に穴が開くようなことはなかった。多分、力が弱いから痛みもあまりなかったんだろう。それは不幸中の幸いだったけれど、光は消えた。一瞬で。

 魔力を集めても、しょせんはただの魔力だったようだ。予想はしていた。というか当たり前だった。魔力の塊に触れてもただ温かいだけなのだ。壁を破壊するような衝撃が生まれるはずがない。

 落胆と共に、僕は壁を見た。幸いにも傷はない。穴も開いていない。

 反省だな。ちょっとテンションが上がりすぎてしまった。思った以上の結果は出なかったけど、思った通りの結果は出た。

「ま、いっか! うへへ、強い光は出せたし、うへへへっ!」

 僕は気持ちの悪い笑みを浮かべながら、右手を見下ろした。

 まだ練習が足りない。身体中の魔力を、完全に右手に移動させられなかった。まだ改良の余地はあるようだ。

 僕は帯魔状態から魔力を移動させ、特定箇所に集めることを『集魔』、集めた状態を『集魔状態』と名付けた。

 毎回、名称を付けるのは、後々を考えてのことだ。だって、魔法を創れたら、それを言葉や文字で明確に説明できた方がいいし。マリーにも教えるつもりだしね。まあ、まだその段階じゃないから、もう少し技術が向上してからにするつもりだ。

 以前に観察を手伝ってくれていたマリーとローズもそれぞれにやるべきことがあるみたいだ。マリーは剣術の鍛錬に、ローズは家の用事に時間を使っている。

 トラウトを調べる時は人手が必要だったけど、今は考える時間の方が多いしね。別に飽きたというわけじゃなく、時間を有意義に使おうということだ。

 じゃないと、マリーとローズのしたいことはできなくなっちゃうし。僕からもそうしてくれと言ったので、手伝いが必要じゃない魔法開発の時間は僕だけで過ごしているというわけ。もちろん進展があったら二人に話すようにはしている。

 さて、じゃあ、続きをしよう。とにかく進展はあった。

「う、うへへ……一歩前進したぞぉ、へへ」

 僕は頬を緩めながら、再びベッドに座った。そうして集魔の練習にいそしんだ。やりすぎて、魔力が枯渇してしまったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る