魔法研究(10)


   ◇◇◇


 僕はへきえきとしていた。

 見慣れた中庭。でもそこにはいつもとは違う光景が広がっている。

 僕とマリー、そしてローズの三人が横に整列している。

 僕たちの前には父さんが仁王立ちしていた。

 ああ、やだやだ。

「「「今日はよろしくお願いしますっ!」」」

 僕たちは同時にお辞儀をした。

 マリーとローズは多分やる気満々だけど、僕は違う。この場から逃げ出したいという思いでいっぱいだった。むしろ集魔の練習をしたい。

 まだ身体中の魔力の移動は円滑ではないし、十分に集めることもできない。それが何になるのか、という疑問はあるけれど、魔力の操作ができる方が何かできる気がする。分散している魔力よりも、集約している魔力の方がイメージとして魔法を顕現させられそうだし。

 とりあえずは、トラウトのように光の玉を出したい。

 それはそれとして、今僕たちの手には木剣が握られている。三人全員だ。これが何を意味するのか、言わずともわかるだろう。

「よし。では今日から、三人での剣術鍛錬を始める。ふざけたり、気を抜いたりしないように。木剣でも人は死ぬからな。わかったか?」

「「「はいっ!」」」

 端っこで見学したいなと思っていると、隣からジト目を向けられてしまった。マリーである。そもそもが、彼女の発言が発端でこんなことになってしまったのだ。

 僕は剣術が苦手だ。あんまりやってないけど、苦手だということはわかる。というか精神的に苦手。やりたくない。その考えからマリーが父さんに剣術の手ほどきを受けている時、見学していることが多かった。

 しかし、その状況をマリーはあまりよく思っていなかったようで。父さんに、僕にも剣術を教えるように進言してしまったのだ。

 僕にとっては不幸なことに、父さんも同じように思っていたらしく、男子たる者、いざという時のことを考え、剣術くらいは学んでおけ、と言われてしまった。そして強制的に参加させられた。それが今日。初日である。

 ローズは、自分から剣術を教えてほしいと父さんに頼んだらしい。なんとも向上心のある子だ。

 なんで剣なんて学びたいのかわからないが、僕は除外してほしい。この身体も、前の身体も運動神経はあまりよくなかったのだ。

 ドッジボールで最後まで残るタイプではあった。ただし、球を投げても当たらない。投げてもものすごく遅い。けるのだけは上手いという、よくわからないけど、なぜかクラスに一人はいそうなタイプだったのだ。

 道具を使う系のスポーツは特に苦手だ。身体だけを動かすスポーツなら少しはマシなんだけど。

 剣術は当然ながら剣を使う。だから、あまりしたくない。もう逃げられないので、やるしかないけど。

「ではローズの能力を測るために試合をしよう。手加減はするから、遠慮なく打ってきなさい」

「お願いしますわ」

 僕はごとのように試合を見物した。

 結果から言うとローズは平均的な剣術の腕前のようだった。彼女は剣を習ったことはないらしく、あくまで素人という前提での話。

 運動神経も悪くなく、目立った欠点はない。ただそのぶん長所もあまりなさそうだった。オールラウンダー型の剣士になりそうだと父さんは言っていた。

 さて次の番は僕だったんだけど、すでに結果は出ている。

 僕は地に伏して、息を整えることに必死だ。木剣は彼方かなたに放られている。身体中傷だらけ。これは父さんの攻撃でできたものじゃない。

 父さんは顔を手で覆いながら嘆息した。

「まさかこれほどまでに剣術の素質がないとは……」

「ぼ、僕も、ここまでとは、お、思わなかったよ」

 最近ではマリーに付き合って、走ったりもしている。だから体力は結構ある方だ。でもそれだけだ。がむしゃらに剣を振り続ければ体力はすぐになくなる。大ぶりのパンチを続けるのと、腰の入ったジャブを続けるの、どちらが体力を消費するのか、答えは簡単だろう。

 そして僕は疲労のあまり、盛大に転倒し、木剣を放って、ゴロゴロと地面を転がった。その際についた傷が身体中に残っている。

 時々、父さんが攻撃をする時は、比較的俊敏に回避できたと思う。でも、我ながら剣による攻撃はお粗末だった。へなへなだ。へなちょこだ。

「目は悪くない。回避はそれなりにできているようだ。ただ剣がどうという問題ではない。シオンは身体の動かし方がまったくできていない。木剣に振り回されていたし、強引に動かして、動きがバラバラになっている。なんというか……壊滅的に運動神経がない……」

「じ、自覚はあったよ。やっぱり、そうなんだね……」

 僕は乾いた笑いを浮かべると立ち上がった。

「回避はできているから反射神経は悪くないようだが。走るのはそれほど遅くはないんだったな?」

 父さんに尋ねられたマリーは二度頷いた。

「たまに走って鍛えてるから体力はついてるし、走るのも遅くないと思うんだけど……」

「ふむ、完全に運動神経が悪いわけではないみたいだ。たまに道具を使う運動が苦手な人間がいるから、それかもしれない」

 それです。すみません。僕は内心で謝ると、身体についた土を払う。

「どうするか。人よりもかなり努力すれば、人並みにはなるかもしれないが」

 ここだ! 僕は瞬時に父さんに向かって叫んだ。

「父さん! 僕には剣術の才能はないですし、他にやりたいことがあるので、やめておきます!」

「そ、そうか? しかし男子たるもの、多少は剣術を──」

「父さん! 剣術だけがすべてではありません! 僕には僕のできることがあるはず! なんでもじっひとからげにしては、個性も才能も伸ばせません! 僕は勉強とかは結構得意なので、そっちの方で頑張ろうと思います!」

「……一理あるな。勉強をさせるにしても、基礎教養以上はそれぞれの意思に任せるつもりでもあった。わかった。シオンは剣術をたしなまなくともいいだろう。ただし、肉体の鍛錬だけはしておきなさい。何かあった時、動けないよりは動けた方がいいからな」

「それは、もう! わかっております、お父様!」

 ビシッと敬礼する僕を見て、父さんはあきれたようにため息を漏らす。しかし、その後、仕方ない奴だなと苦笑した。

 隣でマリーとローズが僕を呆れたように見ている。

 ああ、そんな顔をされたら、気まずいのでやめてほしい。でもしょうがないのだ。人には向き不向きというものがあるのでね!

「では最後にマリー。どれくらい成長したか、見てあげよう」

「お、お願いします!」

 マリーは父さんとたいし、剣を構える。僕やローズに比べると、やはりいちじつの長があるためか、堂に入っている。それだけではない。彼女は普段とは別人のようにりんとしている。一言で表すなら格好良かった。その綺麗な横顔に、思わず見とれていた。

 マリーが地を蹴る。速い。

 速さのあまり、僕は彼女の動きを一瞬だけ見失いそうになる。なんとか視線で追うとすでに彼女は父さんの眼前に迫っていた。

 けんせん。斜めの軌道を通る一太刀は、父さんの肩に向かう。

 しかし先読みしていたのか、父さんは木剣を掲げる。

 触れると思った瞬間、マリーは剣を静止させる。フェイントだ。反対に回転すると、しゃがみながら、横なぎを放つ。足元への攻撃。かなり回避しにくいだろう。

 しかし、それを一歩下がるだけで父さんはかわしてしまった。必然、マリーには大きなすきができる。トンと頭に木剣を当てられると、マリーは呆気にとられたように父さんを見上げる。

「私の勝ちだ」

 マリーの動きは大きい。対して父さんの動きは非常に小さかった。必要最低限の動きしかしてないように見えた。圧倒的な力量の差がそこにはあるようだった。

 マリーは悔しそうにしながらも立ち上がると、離れて一礼した。

「ありがとうございました……」

「うむ、悪くない。ただ動きが大きい。しかし、相手の虚をつこうとするところはよかったな。これからも精進しなさい。マリーなら数年でかなりの腕前になるだろう」

「うん、頑張る。もっと強くなれるように」

 マリーは悔しさを保ったまま、瞳に闘志を宿らせている。強くなる。その理由は僕を守るため。それだけではないけれど、大きな理由だ。そう彼女が言っていた。

 その気持ちが嬉しいと共に、僕も自分にできることを探さないといけないという焦燥感を抱いてもいる。剣術では何もできないことは確実だけど。

 ということで、一通り稽古も終わったし、僕はこれくらいでおいとましようかな。多分、これから剣術の基礎の鍛錬とかだろうし。ほら、僕には関係ないからさ。

 そう思い、僕は中庭から逃げ出そうとした。

「では、次は……シオン? 何をしている?」

 こそこそと気配を消しながら家に入ろうとしたけど、父さんに呼び止められてしまった。

「い、いやぁ、僕にはもうやる必要はないかなぁ、と」

「何を言っている? まだ剣術の練習は始まったばかりだ。これから素振りを始める。確かにシオンには剣術の練習は必要ないだろう。しかし先ほども言ったが肉体の鍛錬は必要。つまり、おまえは別練習だ」

「と、言いますと?」

「走りなさい」

 走ってばっかああぁぁ───っっ! 何なの? この世界の人は、何かあったら走るのが基本なの? わかるよ。走ることは大事だってことは。でも他にあるじゃない、もっとあるでしょ。なんで走るの。なんで走らせるの。ああ、やだ。もうやだ。

 そうは思うけど、父さんの圧力はすさまじい。マリーの父親だけあって頑固だし、こうと決めたらもうダメだ。逆らうことは不可能。

 僕は目を泳がせながら、父さんに従うしかなかった。本当は魔力の鍛錬をしたかったけれど、しょうがない。これもいつか役に立つ時がくるかもしれない。こないかもしれないけど。

 僕は父さんの言う通り走り始めた。それは、みんなの練習が終わるまで続いた。

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