魔法研究(8)
するとマリーは一瞬で白い肌を朱色に染める。
「な、ななな、なっ、何、何を、いい、い、いきなり……っ!」
すると、僕の身体は光を放ち始める。ぼんやりと淡い光が生まれ、数秒して、消失した。
「ああ、やっぱり告白すると魔力が放出されるんだ。どういうことなんだろ……まさか、毎回告白しないと反応しないとか? いやいや、それはさすがに荒唐無稽だよね。ってことは」
「……ねえ、シオン?」
思考を巡らせていると、マリーが僕を
あ、まずい。これ、かなり怒っている時の顔だ。
僕は頬を引きつらせて、答える。
「な、なんでしょう、お姉様」
「あんた、あたしをオモチャにしたわよね?」
「し、しし、し、してません!」
額に青筋を立てて鬼の形相をする姉。
やってしまった。しかし、自分の行動を考えると、怒られて当然だと、今さらながらに気づいた。僕は魔法のことになると周りが見えなくなるらしい。
「ほ、ほら、前に求愛行動したら魔力が発動したから……」
「それで嘘をついたの? ねえ?」
「い、いや嘘じゃないよ。本当だから! 本音だから!」
「ほ、本当、なの?」
さっきまで憤怒の表情だったのだが、すぐに柔らかくなった。あ、この姉、チョロい。
「うん、本当だよ」
「そ、そそ、そっかぁ、じゃあ許してあげよっかなぁ。えへへ」
はい、
「それで、何かわかったの?」
「うーん、告白すると魔力が放出されてるみたいなんだけど。多分、告白に限定して放出されるわけじゃないと思うんだよね」
「どういうこと?」
「ちょっとやってみる」
「ま、また告白するの!? ま、待って、そ、その、心の準備が」
「あ、いや、それはしないよ」
「……しないのね」
顔を赤くした後に、すぐにしゅんとしてしまった。ころころと表情が変わるところは可愛いけど、今はやるべきことがある。
告白は相手に思いを伝える際、自分もまたその思いを自覚する。つまり、強い感情を抱いているということ。これは愛情だけではなく他の感情でもいいのではないかと思った。
そこで、僕は怒りを想像してみる。人間、生きていれば怒ることなんてごまんとあるし。
…………あれ、ないな。そういえば僕、あんまり怒った記憶がないなぁ。そうだ。別に負の感情でなくてもいいじゃないか。前向きな感情だ。楽しい、ワクワク、嬉しい。そんな感情を込めてみよう。魔法を発動できる。その思いを強く意識してみよう。
僕は明確に魔力を身体に帯びているところを想像し、喜びの感情を伴わせた。
熱と光。それが僕の身体から生まれるイメージ。それを数分続けた。マリーは無言で動向を見守ってくれている。
すると、心臓付近から熱が広がる感覚を覚えた。徐々に身体の末端まで温度が
僕の身体は光っていた。
「で、できた!」
「ひ、光ってる!?」
マリーと視線を合わせて数秒すると、光は消えた。やっぱり意識を逸らすと、魔力放出は終わるようだ。
「い、意識してできたのよね?」
「う、うん! できた! ただ光っただけだけどね!」
「そ、それでもすごいじゃない! 光っただけだけれど!」
身体が光っただけ。何の利便性もない。役にも立たない。だけど、それは常識的には考えられない現象だった。魔力の存在はここに確立されたのだ。
心臓の近く、身体の深いところからそれは生まれた。
ふとデンキウナギを思い出した。彼らは電気受容感覚というものを持っており、電場を感じ取ることができるという。そして体内に特殊な発電器官があり、その器官を利用して電気を発生させているとか。この世界の人間の身体にはそれに類する『魔力受容感覚』や『発魔器官』のようなものがあるのかもしれない。
とりあえず、僕は現時点での魔力放出の状況を『帯魔状態』と名付けることにした。
実際、身体に魔力を帯びているだけで、何も効果はない。発光はしているけど、それに意味はない。なぜならば、発光自体は世界に影響を及ぼさないからだ。見えない人もいる。それはつまり、発光する魔力の塊を知覚できる生物は限定されているということ。
そして、光を放っているのに、物質に光を反射させることはない。知覚できないわけだから当然だ。特殊な現象のため、魔力の塊があっても周辺を照らす光源にはなりえない、ということだ。
つまり帯魔状態になれても、暗闇を照らしたりできないので、何の意味もないということ。遠くから自分の存在を誰かに知らせることはできるかもしれないけど。
まあ、トラウトの求愛行動に伴って生まれる魔力の塊も、たいした影響を与えることはない。あれはただのコミュニケーションなのだろう。クジャクが羽を見せて踊るのと同じようなものなんだと思う。ただ素質のある人間には、僅かな温度と感触を得ることはできるけれど。
とにかく、僕は自分の意志で、自分の思う通りの結果を得たのだ。
ただ光を放つだけ。それだけのことだったが、僕は嬉しくてしょうがなかった。
「う、うへへへ、魔法が使えたぁ」
「……すごい顔になってるわね」
僕はだらしなく頬を緩めて、気持ち悪い笑い声を発し続けた。だって嬉しかったのだ。
ずっと憧れていた魔法が使えた。正確には魔法にもなっていない。ただの魔力放出だ。でも、いずれは魔法を使えるんじゃないか、という期待を持つには十分だった。
それに非科学的な、非現実的な現象を僕が起こしたのだ。たいしたことではないとしても、高揚を抑えきれない。
嬉しくて、嬉しくてしょうがない。ずっと夢見てきたのだから。
「うへへへぇ、へへ」
「ふふ、変な笑い方。でも、そんなに嬉しそうにしてるシオン、初めて見たわ。よかったわね」
「うん! へへ、嬉しいよ、うへへ」
よしよしと頭を撫でられた。
優しい笑みを浮かべているマリーと、気味の悪い笑みを浮かべている僕。よくわからない空間がそこにはあった。けれど僕もマリーも確かに、幸せを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます