魔法研究(7)
◇◇◇
その日の夜。僕は不意に目を覚ました。
「……トイレ」
尿意を感じてベッドから
まだ文明レベルは低めだけどこの世界にもトイレはある。正直、汚い話なので言及は避けるけど。
僕は廊下を進んでトイレへと向かおうとした。すると暗闇の中で何かがちらつく。光だ。居間の方で見える。誰かがまだ起きているみたいだった。
僕は居間に向かおうとしたけど、声が聞こえて足を止めた。
「……そうか、マリーが」
「ええ、どうしたものかと思って、つい強めの口調で言ってしまって」
父さんと母さんの声だった。声は小さめで、僕とマリーに配慮していることが
会話の内容はどうやらマリーのことらしい。僕と結婚するって言ったらしいし、そのことかな。
僕は聞き耳を立てて、ランプの光を消した。なぜか邪魔をしてはいけないと思ったのだ。
「どうしたものか。仲がいいとは思っていたが」
「子供の言うことだもの。気にしなくてもいいのかとも思ったのですけど」
「マリーの場合は少々行きすぎているきらいがあるからな。その上、頑固だ。君の対応もわからなくもない。強く言わなければ理解しないだろう。それに今のうちに言っておかなければ、後々に困ったことになるかもしれん」
「……ええ。あまり不用意なことは言えないけれど、それでも何も言わないままでもいられなかったわ。問題がないとも言えるけれど」
問題がないってどういうことだ? 明らかに問題はあると思うけど。それともこの世界では受け入れられていることなのか? だとしたらなんで母さんは怒ったんだろう。
何か不穏な気配を感じて、僕はより会話を聞き取ることに集中した。
「私たちの関係性は簡単ではない。安易に促すのもよくはないだろう。だがしかしマリーがな……シオンは何と言っているんだ?」
「聞いていないわ。けれどマリーと何か話していたみたい。その後、マリーの機嫌がよくなっていたのよねぇ」
「まさかシオンが受け入れるとは思わないが。あの子は聡明だ。理解した上で、
「あなた、過信はダメよ。あの子はとても頭がいいけれど、まだ子供なんだから」
「そうだったな。つい、な。どうしても時折、あの子が特別であると考えてしまう。あの子は……私たちと血が繋がっていないからな……」
…………え? 今、父さんは何て言ったんだ? 僕は父さんたちと血が繋がっていない?
僕は思ってもみない言葉に激しく動揺した。
確かに僕は転生しているから、父さんたちの子供じゃない。でも僕のこの身体は父さんたちの子供のものだと思っていた。詳しい事情はわからないけれど、確かにこの家族の一員だと思っていた。
でも違った。僕は父さんとも母さんともマリーとも血が繋がっていない?
「けれど、そんなことは関係ないわよ。シオンちゃんも、わたしたちの大事な家族なんだから」
この母さんの発言で理解した。僕だけだ。家族の中で、僕だけが血が繋がっていないのだと。もしも母さんたちとマリーにも血縁関係がないのなら、名前を出したはずだ。でも僕のことだけ話していた。
僕は小さく深呼吸し、現実を受け入れた。確かに動揺はした。けれど、元々僕はみんなとは違う。転生したのだから。それでもみんなを家族だと思って過ごしてきたんだ。だったら今までと何も変わりはない。そう思い込んだ。
冷静になると頭が回転し始める。
なるほど。だからマリーが僕と結婚したいと考えていることに対して、問題はないけれど複雑ではあると話してたのか。血が繋がっていなくとも家族であることは間違いないし、子供の僕たちに簡単に打ち明けられる問題でもないし。
しかし、だったら僕は誰の子供なんだろうか。髪の色的には父さんは赤橙、母さんは茶色、マリーは父さんと同じで僕は赤だ。同じ暖色で近しい色だからあまり疑問を持たなかったけど、赤色の髪は珍しい色合いかもしれない。
とにかくこのことは黙っていた方がいいだろう。父さんたちにも色々と事情があるだろうし。特にマリーには絶対に僕の口からは言えない。
これからも一応、今の立ち位置を維持しておくとしよう。それがきっと一番いいはずだ。
僕は自分に言い聞かせつつ、ゆっくりと廊下を戻ると自室に入った。そして思い出す。トイレに行こうとしていたことを。だけど今は父さんたちが居間にいるので通れない。二人が寝るまで我慢するしかなさそうだ。
それからしばらく僕は尿意と戦い、なんとか勝利を収めた。
◇◇◇
ここは自室。最近はもっぱらひきこもりだった。
桶に入れていたトラウトは湖に戻した。あの二匹は仲
僕は目を閉じたまま静止していた。しばらく
「ファイアーボール! サンダーボルト! ウインドブラスト! アイスストーム!」
ダメだった。やっぱり何も起きなかった。
「うん、わかってた。やっぱりそうだよね」
魔法が発動するなんてことはなかった。予想はしていた。当然の結果だった。
でも試してみるっていうのは大事なことだと思うんだ。とりあえず、魔法が簡単には発動しないということは確実だ。きちんと足元を見よう。魔法なんてあるかどうかもまだわからない。でも、近しい何かは発見したのだ。焦らず、少しずつ進もう。
僕は心を落ち着かせて、瞑想状態に入ろうとする。
魔力を放出するにはどうすればいいのか、まだよくわかってない。
とりあえず、漫画とか小説の基本である瞑想から始めてみることにした。実際、魔力はあったし、身体は光ったのだ。だったら後は発動条件を明確にしていけばいいだけ。ということで、今は色々と試す段階だ。
一時間近く、心を静めて、腕や身体に意識を集中してみた。はい、何も起きませんでした。これも想定通り。そもそも、僕が魔力を放出できた状況を考えると、瞑想はまったくもって関係ない。やはりやるしかないようだ。
と、バタンと扉が開かれた。
「シオン! いる? いた!」
「姉さん、ノックしようよ」
「何よ! 恥じるようなことがあるの?」
まだないけど、それなりの年齢になったらあるんだよ。無神経な母親みたいなことしないでほしいんだけど。言っても聞かないんだよな、この姉は。
昨夜、父さんと母さんが話していたことを思い出す。マリーと僕は血が繋がっていない。そう考えると、なんだかちょっとお互いの関係性を意識してしまいそうになった。
しかしきょとんとしている我が姉を前にして、そんな考えは霧散した。そもそも最初から僕は、みんなの家族でありながらそうではない。大人だった時の記憶を持つ特別な子供だ。今さら、血が繋がっていようがなかろうが二人の関係が変わることはない。
自分の中で割り切ることができた僕は、いつも通りの笑顔を浮かべた。
「丁度よかった。姉さん、ここに座って」
「お菓子の時間って言いに来たんだけど……まあ、いいわ」
僕の言うとおりに、ベッドに腰かけている僕の隣に座るマリー。
僕はマリーを真剣に見つめる。
「な、なに、じっと見て」
「姉さん。僕は、姉さんが好きだよ」
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