魔法研究(2)

 光の浮かび上がる場所まで行くと、僕は湖に顔をつける。どこから浮かんでいるのかよくわからない。比較的に綺麗な湖だけど、透明度が高いわけではない。水面は波紋や泡があって水の中がほとんど見えないし。

 光の生まれた場所を見つめた。けれど同じ場所からは浮かんでこなかった。

 なるほど、そういうことか。

 マリーも僕と同じように水中を見ていたけれど、同時に顔を上げた。

「ぶはっ! はあ、ダメだぁ」

「ふぅ……うーん、よく見えないわね」

「そうだね。でも一つだけわかった。光の玉は魚を含む水生動物が出してるっぽいね。植物じゃなくて、移動する生物だと思う」

「へぇ、どうしてわかったの?」

「光の生まれる位置が動いてるからね。でもそれがどの生物なのかはわからないなぁ」

「もっとよく見えればいいんだけど」

「そうだけど、いい手段は浮かばないね……とにかく今日はこれが限界かな。少しはわかったし」

 二人で湖畔に戻ると、身体を拭いて服を着た。

「ありがと、姉さん。助かったよ」

「お礼はいいって。そういうのなし! 家族なんだから、改めてお礼はいらないの!」

「そっか。でも、言いたいんだ。姉さんには感謝してるから。家族だからって伝えたいことは我慢しなくてもいいでしょ?」

 まっすぐに見つめると、マリーは困ったように顔をらした。でも嬉しそうにしていたのはわかった。だって横顔は間違いなく笑っていたから。

「ま、まあ、そうね、そこまで言うならしょうがないわね、うん。と、とにかく、帰りましょう。それでその桶はどうするの?」

「魚は念のため持って帰るよ。観察してみたいし」

 水草は多分、関係ないから湖に戻していいだろう。

「そう。じゃあ、他のは戻してから帰りましょう」

 桶の二つを空にして、魚を入れた桶はそのまま持ち帰る。収穫はあまりなかったけれど、落胆はじんもなかった。むしろワクワクしてしょうがない。

 楽しい。この世界に来て、ここまで楽しいと思ったのは初めてだ。

 それは魔法のきっかけらしきものを知ったから、だけではない。共にいてくれる人がいるからだ。この時間、生活を大事にしようと、そう誓った。


   ◇◇◇


 朝起きて、勉強。昼ご飯を食べて再び勉強し、午後三時頃になるとマリーと湖へ。そこで魚を釣って、桶に入れ、夕方を待ち、桶の中で発光するかを確かめる。

 結果はかんばしくなかった。色んな魚を調べたけど、無収穫だ。光の玉は存在する。その正体を突き止めれば、魔法の発見につながるかもしれない。そう思って、実験を始めたんだけど進展はない。やり方を変えた方がいいのかもしれない。

 この世界にはガラスが存在する。かなりもろいしそれなりに高価だけど、あるにはある。水圧に耐えるようにどうにか作れば、水中眼鏡ができるだろう。それで水中を観察すれば、効率がいいかもしれない。

 しかし僕たちは子供。両親にねだるにも限度がある。実在しないだろうものを開発するために金を払えとは言えないし、どれくらいかかるのかもわからない。さて、どうしたもんか。

 マリーが釣り竿を持って、僕は隣で水面を眺める。見慣れた光景だ。はっきり言ってマリーは退屈だろう。それなのに文句も言わずにずっと付き合ってくれている。

 本当にいい姉を持った。感謝してもしきれない。何かあった時、いや何もなくとも、僕はマリーの味方でいよう。

 しかし釣れない。今日は日が悪いのだろうか。そんなことを思っていたら、茂みからガサッという音が聞こえた。

 僕とマリーはとっに振り向く。誰か、あるいは何かがそこにいる。僕たちは顔を見合わせて、体を硬直させた。

 もしかしたら、魔物? 僕たちは恐らく同じことを考えていた。マリーは顔をこわらせている。恐らく、僕も同じような顔をしているだろう。ここは村や家から近い。けれど魔物がいないという確証はない。父さんや母さんが安全だと言っている範囲内でも、絶対はない。

 茂みが再び揺れた。その奥から黒い影が正体を現す。

 僕はぎょっとしてその何物かを凝視した。魔物……じゃない?

「なぁんだ、ローズじゃないの」

 隣でほっとした表情を浮かべるマリーを見て、僕も警戒心を解いた。

 僕たちの正面には女の子が立っていた。腰まで伸びた金色の髪が微風に揺れている。格好は完全に村人なのに、容姿はどこか気品があって、流れるような仕草には粗暴さの欠片かけらもない。

 ローズと呼ばれた少女は僕たちに歩み寄ると、澄んだ声を発した。

「マリーと……そちらはガウェイン様のご子息かしら?」

「ええ、あたしの弟のシオン。ほらシオン、挨拶して」

 突然言われて、僕は戸惑ってしまう。なぜならば僕は人見知りだからだ。相手が子供だろうが何だろうが、初対面は緊張するのだ。

「よ、よろしく」

 若干、上ずってしまったがしょうがない。友達の友達とか、家族の友達とかに挨拶する時って、特殊な緊張感があるものなのだ。

 僕の反応を気にした様子もなく、ローズは髪を軽くかき上げる。

「わたくしはローズ。この荒涼とした村に咲く一輪の花ですわ」

 僕は驚いた。まさか現実で、ですわ、なんて言う人がいるとは思わなかった。なんだかちょっと感動したくらいだ。馬鹿にしているわけじゃない。ローズの見た目や所作と言葉遣いは妙にしっくりきているくらいだ。

 しかしこの、マリー並みに顔が整っているな。それに妙に品があるというか。

「言っておくけどこの子、普通に農民だからね。格好つけてるだけよ?」

「まったく、わざわざ言わなくてもいいでしょう」

 マリーの言葉を受けて、ローズは不機嫌そうにしていた。

 思ったよりも親しみやすい性格なのかもしれない。それに二人は仲が良いようで、マリーは楽しそうにローズをからかっていた。

「それで、こんなところで何をしているんですの?」

「見てわからない? 魚釣りよ」

「それはわかりますが、敢えてこの湖でする必要がありますの?」

 ローズはちらっと僕を見ると、マリーに視線を戻して目を細めた。何か言動に含みがあるな。

「シオンは知ってるわよ」

「あら、そうだったんですの。シオン、でしたっけ? あなたも光の玉が見えるんですのね」

 ローズは軽い調子で言う。

 そこまで聞いて僕は気づく。どうやら彼女が、マリーが言っていた光の玉が見えた子らしい。

「う、うん。まあ、一応」

「不思議な現象ですわよね。非常に興味深いですわ」

「もしかして、あんたも光の玉が気になってここに来たの?」

「ええ、とても綺麗ですから、たまに見に来ますの」

「じゃ、じゃあ、あの光の玉に関して知っていることはある!? 光の玉は何が生み出しているのかとか、光の玉が何なのかとか!」

 僕は勢いよくローズに詰め寄ってしまう。無意識のうちに顔を近づけた。普段、見に来ているのならば彼女は何か知っているかもしれない。

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