第15話 初めての喧嘩
翌日、美羽が昼過ぎに家を訪ねてきた。昨日のことを謝りに来たらしい。
一日ですっかり回復した初子は美羽と近くの公園で話をすることにした。家の近くではどうしても母の目が気になってしまう。
「ごめん初子……お母さんに今日遊びに行くって言ったら、『勉強はしたのか?』って問い詰められて、宿題が全部終わるまで家から出してもらえなかったの」
公園のベンチに二人で座ると美羽はそう切り出した。美羽は遅刻が多い分出ていない授業も多い。成績は下がる一方だった。そんな状態にも関わらず友達と遊びに行くなんて許されなかったらしい。
「じゃあなんで『待ってて』なんて言ったの?宿題なんてすぐ終わるはずないのに」
「……」
美羽は黙ってしまった。言い返せないと黙ってしまう、いつもの反応だ。だけどそれがとても初子の癇に障った。
「黙ってたらわかんないよ!」
とうとう声に出してしまった。これまでずっと美羽の状況を鑑みて譲歩してきた、でも今回はどうしてもそれができない。美羽が今辛いのもわかってる。でも、ドタキャンだろうがなんだろうが、来れないなら来れないと言えない間柄ではないと思っていた。
沈黙が続く。蝉の鳴く声と車が走り過ぎていく音、様々な騒音が二人の間を駆け抜けていく。
「なんで……なんで? 初子なら私の事わかってくれると思ってたのに……どうして?」
ようやく口を開いた美羽は泣いていた。痩せこけた頬を涙がつたう。それを拭う腕が驚くほど細く、いつもの手首のリストバンドと絆創膏に加えて、長袖シャツの下の腕に何枚もガーゼが貼られていることに気が付いた。
いつの間にか美羽はこんなに瘦せてしまったのか。いつも一緒だったのにそれに気づくまでに時間がかかってしまった。
「私も、私も思っていたよ。美羽ちゃんが私のことわかってくれてるって。……でも、わからなかったよ。言葉にしなきゃ、わかんないよ」
だからあの場所で三時間も待ったんだ。いつもどれだけ学校に遅刻しても、美羽は欠席することはなかった。
昨日だってどれだけ遅れても来てくれると信じていた。だけど肝心なことはやっぱり口に出さなきゃわからない。そして思った以上に美羽は自分のことを初子に教えてくれないのだと気が付いた。でなければ美羽は腕まで切っていないはずだ。
そのときだった、
「あ、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
美羽は泣きながらその場に崩れ落ちた。
「み、美羽ちゃん、美羽ちゃんどうしたの!?」
「やだあああああああああああああああああああああああああああああああああ! 初子に嫌われたくないいいいい! いやああああああああ! 嫌わないでええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「嫌いだなんて言ってないよ!」
「だって怒ってるじゃん! 遅刻してる私が悪いんじゃん!! 全部全部私がいけないんじゃん! 私がばかだから悪いのよ、頭がもっと良ければよかったのに、声がもっと普通だったらいいのに、もっといい子になれたらいいのに! あたしがあたしがあたしが、この世から消えればいいんだ!」
「美羽ちゃんが悪いなんて言ってないじゃん!」
初子の言葉は美羽に届かない。そのまま美羽は有り得ないくらい早口でぶつくさとなにかを叫び続ける。初子はどうすることも出来なくてそれを見ていることしかできなかった。
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