第16話 イチゴロール

 夏休みが終わり二学期も中盤に差し掛かった頃、初子は担任の教師に呼び出しを食らった。

 放課後指定された空き教室で待つ間、何か呼び出されるようなことをしたかと考えるがなかなか思い出せない。教室で起きた都合の悪いことはすべて忘れる。それがもう染み付いてしまっていた。


 約束の時間から十五分遅れて担任の館山が教室に入って来た。忙しいのか面倒くさいのか、気だるそうに教室の椅子を音を立てて引くとそこにどかりと腰を下ろす。四十代半ばの太った男性の巨体に生徒が座る椅子は小さ過ぎる。壊れちゃうかも、なんて初子が思っていると向かいに早く座れと館山が指示してきた。


「坂崎さんが万引きで補導されたらしいよ」


 館山は遅れたことを謝りもせず唐突に切り出す。


「近所のコンビニで度々パンやアイスをくすねているのが防犯カメラに映ってたらしい。三本さん、坂崎さんと仲が良かったよね? 何か知っていることがあれば詳しく教えて欲しいんだが」


 初子は空いた口が塞がらなかった。


「ほら黙っていても、どうにもならないぞ。早く帰りたいだろ?」


 館山は机を指でトントン叩く。イライラしているときにいつもやる癖だ。


「……知りませんでした、美羽ちゃんが万引きしてたなんて、まったく……」


 歯切れの悪い答えに、館山は詰め寄る。


「それは本当かい? 君も関わっていたりしないのか? 坂崎さんは休みがちだから聞き取りがしにくくてね。家に電話しても誰も出ないんだ。でも、警察の届け出しなきゃならない書類があって、ちょっとでもいいから情報が欲しいんだよ」

「知らないです、本当に本当に知りません」


 全く知らないというわけではない。美羽が日々苦しんでいることは知っていた。日々いじめにあっていることも、初子も一緒に嫌がらせされたこともあった。でも言いたくなかった。

 館山は美羽と初子がいじめに遭っているそのときも、なにひとつそのことに反応しなかった。机の落書きも教科書を探している姿も目の前で見ていたのに。きっと面倒臭かったんだろう。

 この人に教えることなんて一つもない。初子はそのまま口をつぐんだ。

 

 帰り道、初子は昨日のお昼ご飯を思い返す。母の手製の弁当と、美羽が残してたいつも二、三個はある菓子パン。

 初子も食べきれない分はゴミ箱に放り込まれていた。あれは、コンビニで万引きしてきたものだったのだろうか。


 ただの憶測だけど初子はどうしても自責の念が拭えなかった。

 

 美羽の両親が離婚したのはそれから数か月後、冬が訪れていた。

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