第13話 中学二年生
二年生に上がると初子と美羽は同じクラスになれたものの、美羽は学校に毎日遅刻してくるようになった。
いつも三限目に間に合えばいい方だ。最初は教師達も注意してきたが、ひと月も経てばそれもなくなり、クラスメートからも日常の光景になっていた。
「お父さんとお母さんがずっと喧嘩してるの、うるさくってそれで夜あまり寝られなくって」
この日の遅刻の原因は寝坊らしい。昼休み、美羽は初子に愚痴りながら欠伸をこぼす。
「それなのに、起きたら二人で買い物に行くって、朝から仲良く出ていってさ! ほんと仲がいいのか悪いのかわからないわーうちの親。この前も別居するしないで揉めてたし」
中学に上がってから、初子は美羽の家に行っていなかった。だから最近は美羽の両親にも会っていないし、あの優しかった両親が喧嘩している姿がどうしても想像できない。喧嘩のきっかけはほんの些細なことだったらしいが、美羽は教えてくれないし初子も聞く気になれなかった。
「初子、このパン食べない? 私もう食べられないや」
美羽はお弁当をまったく持って来なくなっていて、毎日コンビニのパンだった。それもほとんど食べずこうして初子の手に渡る。
そして美羽は毎日言った。
「初子、私辛い。もう死にたいよ。どうやったら死ねるのかって、毎日考えてるの」
「そんなこと言わないで、美羽ちゃんが死んじゃったら私寂しいよ」
初子が適当に慰めの言葉を掛けてあしらう。もうこのやり取りも繰り返し過ぎて日常の光景になってしまった。
お弁当箱を片付けると鞄から創作ノートを取り出した。早く話題を切り替えなければ。
「新しいお話、完成したよ。あと美羽ちゃんにおすすめの漫画もあるんだ。先生が教室から出てったら渡すね」
「うん、私も新しいイラスト描き始めたんだ。ラフの段階だけどさ、見る?」
「見る!」
美羽はどれだけ自傷的な一面を見せても、創作するという行為自体は変わらず前向きだった。
最近は自宅のパソコンに入っていたソフトウェアで着色したという絵を見せて来た。美羽は不安定なマウスでも器用に線を描いたり、近所からスキャナーを借りて取り込んだ線画を加工したりと、最近はデジタル作画を研究していた。
初子が考えたキャラクターのとあるワンシーンを作画してくれたときはそのリアルさに痺れた。コピーを一枚もらったので、一生家宝にしようと心に決める。自分の作品に目を輝かせる初子を見て美羽も嬉しそうだった。
そんな楽しい時間の反面、周りのことなんて気にしない、無視する、最初に決めたことを貫き通した結果、二年に上がってから初子が話せる友達はクラスで美羽しかいなくなってしまった。
一年生の時、わずかにできた友人たちもクラス変えと共に離れていった。
そしていつも美羽が遅刻してくるので、初子は美羽が登校するまで毎日クラスでひとりぼっちだった。でも自分の親は喧嘩したりしないし仲がいい。そう思ったら、初子は寂しいからもっとちゃんと学校に来て欲しいとは言い出せなかった。美羽は今大変な状況なのだ。
他にも友達を作ればいいんじゃないかと考えたこともあるものの、今さらできる気がしなかった。
さらに美羽の登校が減った分、いじめの矛先が初子に向く回数も増えた。
最近になって初子が別のクラスの男子に告白して振られただの、諦めずに相手を追い回してるだの噂が流れた。すべて事実無根だし、相手の男の子とはほぼ面識もない。それでも噂は一人歩きし続け、学年中に広まっていった。
机に書かれた相合傘の落書きも、体育の時間一人バスケットボールのチームに混ざる気まずさも、初子は必死に気にしないように努めた。美羽が学校に来ればまた作りかけの創作の話ができるのだ。
楽しいことだけ考えよう。
あとはどうでもいい。周りのことなんてどうでもいい。いじめに興じる奴も見て見ぬフリをする奴もみんなみんな嫌いだ。
教室にはもう敵しかいないように見えた。
美羽の腕は日を追うごとに絆創膏が増えていく。指摘したら嬉しそうに自分がいかに辛いのかを熱弁された。
私ってかわいそうでしょ?
私が死んだら悲しいでしょ?
ね? ね?
全部、首を縦に振った。初子も辛いと感じていたが、美羽ほどではないと思った。
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