第12話 また、森の中

 公園内の植え込みから繋がる雑木林の中を二人は歩いていた。

 

 明らかに人が手入れしたであろう、植え込みに無断で足を踏み入れるのに初子は抵抗があった。


「シリウスさん、ここって本当に入ってもいいところなんでしょうか」

「いいの、いいの。人間の決めたルールだったらダメかもしれないけど、そもそも昔は人間のものじゃなかっただろ。この島は」

「い、今と昔は違うんじゃ……」


 落ち葉や枯れ枝を踏む音で初子のひ弱な声はかき消される。

 

「なにー、聞こえなーい」


 そうやって5分もしないうちに、目の前の視界が開けた。

 雑木林を抜けた先は、コンクリートの高台だった。石造りの小さなベンチと『ここは海抜6.0M』の看板のみの小さな空間。そして海が広く見渡せた。

 柔らかい日差しに照らされて、水面がキラキラと光る。


「ここだったら、滅多に人が来ないからゆっくり休憩できるよ。林の中を通らないと入れないからあまり人に知られていないんだよね」

「海がよく見える場所ですね」

「江戸時代に見張り場所として使われていた場所なんだ。遠見番所とおみばんしょって言葉を知ってるかな?不審な船が島に近づいて来ないか、昔の人はここから交代で見張ってたんだ」

「だから見晴らしがいいんですね」

 

 ようやくベンチに腰掛けると、初子は思わずため息を付いた。日差しは変わらず厳しいが、この場所は潮風吹き付けてが汗ばむ身体を冷ましてくれる。

 シリウスはリュックサックから水筒を取り出すと、紙コップにお茶を注いで初子に渡した。


「喫茶店で作ってきた紅茶だよ。よく冷えてると思う」

「ありがとうございます」


 喉はもうずっとカラカラだった。初子が紅茶を啜る間に、シリウスは茶屋のビニール袋からパンをたくさん取り出した。

「どれがいい?」と聞いてくる。


「これが小桜アンパン、こっちが神怒カレーパンね。それから普通のチョココロネもあるよ。ああこれが島特産のニューサマーオレンジを使ったマーマレードのサンドイッチで……」


 初子がうさぎの人形で迷っている間に茶屋でお昼ご飯の調達もしてくれていたらしい。買いすぎなくらいなパンの山を見て、初子の顔が少し曇る。


 「あ、ありがとうございます」

 「……あれ、もしかしてパン嫌いなのかい?」

 「き、嫌いじゃない、嫌いじゃないんです、ありがとうございます! けど……」


 シリウスに直球の質問をされて、初子の唇がわなわなと震えた。

 

 「思い出したくないことを思い出しちゃうんです」

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