第11話 人形選び

 時刻は午後一時。

 次の条件は小桜観音にあやかったうさぎの人形の調達することだった。初子とシリウスは山を降りてホテル近くの土産物屋を目指す。


「お昼ご飯は食べたかい?」


 歩きながらシリウスに聞かれて初子は首を横に振る。お腹が痛いということで抜け出してきたので、海の家の食事はほとんど口にしていなかった。


「じゃあおみやげ屋さん行ったら、ついでにどこかでお昼にしようか」


 シリウスはこの後も初子について来るみたいだ。初子の条件にシリウス自らこんなに干渉していいのだろうか。疑問に思いつつも、一人でいるのも不安だったので初子は何も聞かなかった。

 

 島で唯一の宿泊施設である大きなリゾートホテルは夏と冬に予約でいっぱいになる。

 観光客を詰め込んだ船が停泊する港からホテルに向かう大通りは商店街になっており、飲食店やマリンスポーツ用品店などのお店がひしめいている。みやげ物屋はその商店街の端でホテルの入口前にある、雑貨屋と茶屋が併設された『甘夏茶屋』という店だった。


 くだんのうさぎの人形には特に売れ筋の商品らしく、店に入ってすぐのテーブルに大量にディスプレイされていた。手のひらサイズの陶器製の人形だが、様々なポーズや格好のうさぎが何種類もある。ひとつ三百円。


「ワタツミ様はどの子が欲しいんですか?」


 迷った初子は思わず訊く。シリウスは「どれでも初子ちゃんの好きな子でいいよ」と返した。

 どれでもいいと言われると初子はさらに迷ってしまう。自分が一番気に入ったものはどれなのかと迷ったとき、思い浮かんだのは美羽の顔だった。


 美羽だったらどれを選ぶだろうか。最近赤い色が好きだと言っていたし、赤い花を持ったこのうさぎはどうだろう?

 それとも、美羽の好きなホラー映画に登場しそうなこの黒いスーツを来て眼帯を付けたうさぎでも喜ぶかもしれない。

 

「決まったかい?」


 シリウスに言われて初子は候補の二つを手に取って見せる。どちらも美羽が好きそうだから選んだとも伝えた。


「初子ちゃん、それは美羽ちゃんの好みだろ。で選ばないと」

「え、私ですか?」

「そうだよ、でないとワタツミ様は願いを叶えてくれないかもね」

 

 それは困る。初子は「もう少し考えます」とシリウスに告げて人形売り場を再度戻った。願いを叶えてもらうためなのだから、言われた通り自分が好きなうさぎを探す。

 頭に桜の花が付いたうさぎ。ちょっと可愛い過ぎるかな、これを持ってたら学校でぶりっ子だって冷かされそう。シンプルに笑顔なだけのうさぎ。シンプル過ぎてなにも言われなそうだけど、自分は全然好きじゃない。あれも、これも、自分の好きはどれだろう。自分はなにが好きなんだっけ?


「少し時間がかかりそうだね、ゆっくり選ぶといいよ。僕もそうするから」

 

 シリウスは後ろから声を掛けると、店の奥へと向かった。

 そうして初子はうさぎ一匹選ぶのに小一時間かかった。

 

 会計が終わったとシリウスに告げると、「自分も今決めるから待ってて!」と焦ったように言われた。シリウスもなぜか買い物をしていたらしい。ホテル前の広場で待っているように言われて、とりあえず初子は店の外に出た。

 

 良く晴れた芝生の広場は家族連れがレジャーシートを広げてお弁当を囲んだり、カップルがベンチで話し込んでいたりと賑わっていた。初子は少し休憩したかったが、ベンや噴水周りは人で埋まっており、座れる場所がなかなか見当たらない。

 一人で広場の端で困り果てていると、ふと横を通り過ぎる自分と同年代のグループとすれ違った。派手な水着やパーカー姿の男女が和気あいあいと騒ぎながら歩いている。人数は七、八人。多分遠足とかの行事ではなく、夏休みに友人同士で遊びに来たんだろう。

 

 初子はなぜか学校で嫌がらせしてくるクラスメート達を思い出してしまい硬直した。お願いだから自分を見ないで欲しい。ひとりぼっちで地味な格好で狼狽えている自分の姿を。視界に入るだけで皮肉を言われるかも知れない。


「初子ちゃん、お待たせー」


 ようやく追いかけて来たシリウスの声が、ありもしない被害妄想から初子を引き戻す。


「あれ、なんだか顔色悪いね。暑い中待たせ過ぎちゃったかな?」

「……暑さというよりは私、人混みがちょっと苦手なんです」


 本当はちょっとどころではないけれど、素直に言えなかった。シリウスはなにかを大量に買い込んだのか、両手に大きな袋をぶら下げたまま広場をぐるりと見回した。


「確かに今日は一際混んでるね、夏休みシーズン真っ盛りだから仕方ないか」


 シリウスは怯える初子の頭をぽんぽん叩いた。その手になぜかぬくもりは感じられないが、優しくて初子を安心させる。

 

「僕が知ってる人の少ない穴場のスポットで休憩しようか。少し歩くけど、大丈夫だよね?」

 

 初子は頷いてシリウスについて行った。

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