第8話 中学一年生

 初子と美羽は同じ中学校へ進学したものの、クラスは離れてしまった。

 異変に気がついたのは入学して三ヶ月が過ぎた頃、昼休みに美羽はよく教科書を借りたいと初子のクラスを訪れていた。


「ごめん、今日は数学の教科書持ってきてなくて。隣の席の子に見せてもらったりできないかな?」


 美羽が必要だったのは数学の教科書だったが、その日初子のクラスは数学の授業がなく、置き勉もしていなかった。


「……いいや、他をあたってみる。じゃあね」


 美羽は肩を落とし小さく呟く。心配になって呼び止める間もなく美羽は自分のクラスに戻っていった。


「三本さん、二組の坂崎さんと仲いいの?」


 美羽がいなくなってから自席に戻ると、同じクラスの女子二人組が話しかけて来た。初子はなんの疑念もなく返す。


「うん、小学校の時から仲いいよ」


 返事を聞いて二人は初子の前でこそこそと小さい声で何かを話し出した。初子には聞こえそうで聞こえない小さな声。その顔はさも面白いものを見つけたようにニヤついている。初子は特に面白いことなんて言っているつもりはなかった。


 彼女達はクラスの中でも初子が近づき難いと思っていた二人だった。入学してから三ヶ月しか経っていないのにすっかり着崩された制服は、スカートがこれでもかというほど短い。春頃くせ毛だった髪は流行りのストレートパーマがかかって不自然に真っすぐになっている。


「あの子に関わるのやめといた方がいいよ。ぶりっ子で有名じゃん、性格も悪そうだし」


 こそこそ話のあと、ようやく片方が初子にそう言ってきた。美羽は前から誤解されやすい部分も多い。たぶんこの人達も変な噂を聞きつけて誤解しているに違いない。


「そんな子じゃないよ。確かに少し声が高いけど生まれつきのものみたいだし、話しは面白いし絵も上手だしいい子だよ」


 間違った認識は正した方がいい、初子はそのつもりだった。しかしその真面目な返答を、二人はさらに面白がってまたコソコソと話し始めた。初子はさすがに呆れそうになる。何がしたいのかさっぱりわからない。


「でも二組でいじめられてるって噂だよ。一緒にいたら二の舞いになるんじゃないの?」

「いじめ? 美羽ちゃんが?」


 そのとき、ちょうどチャイムが鳴った。周りがバタバタと次の授業に備えて席に戻り始める。


「三本さんも気を付けてねー」


 二人は笑いながら自席に戻る。次の授業の担当教師が教室に入って来て、落ち着かない二人に注意をした。それもあまり意に介さず、二人はその後の授業中も机をくっつけて、コソコソとしゃべり続けていた。もちろん初子の話をしているとは限らない。だけどそれがとても気持ち悪かった。


 その日の帰り道、美羽に聞いてみることにした。本当にいじめられているのか、そして両親や先生に相談しないのかと。


 「しない、こんなのよくあることだから」


 美羽は下を向いたままそう返すだけだった。

 小学生の頃から美羽は「ぶりっ子」だの「カッコつけてる」だの陰口を言われることも多かった。だから今回も似たようなものだと捉えているらしい。


 しかし初子には今日の嫌がらせがその一旦だとは思えなかった。背後でコソコソ話をされた、あの一回きりでも小学生のときとは比にならない陰湿さを感じたからだ。


「でも、美羽ちゃんはムカつかないの? 私はムカつくんだけど」

「無視すればいいよ。そいつらの事考えてるだけで時間が無駄じゃん。そもそも私たちとはわかり合えないんだよ、きっと」

「でも、」


 言いかけ初子はやめた。


 無視すればいい、確かにその通りなのかもしれない。いじめる側は相手にされたいだけだろうし、無視を貫けばいずれ匙を投げるかもしれない。周りが気にならなくなるくらい自分たちが楽しく過ごしていればいいんだ。


 それに一人ぼっちじゃない、美羽がいるんだし。初子は美羽と変わらず友達でいようと思った。


 翌日、初子の国語の教科書が見つからなくなってしまった。

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