第7話 小学校高学年
美羽の絵を初めて見た日の事を初子は忘れない。小学四年生の秋、市の美術コンクールに初子の絵が入賞してお披露目の展示会を見に市民館まで足を運んだ時のことだった。
銅賞のシールが添えられた絵を眺めて、同伴していた祖父母に褒めちぎられて浮かれていたのも束の間、隣に飾られていた美羽の絵に初子は釘付けになった。
少年と仔馬が水面を歩く情景。仔馬が引く台車には色とりどりの花が積まれている。花々は淡い水彩、足元の水面の繊細な青さひとつひとつに初子は見惚れてしまった。
作品に金賞のシールと、学校で聞いたことだけある名前が添えられていた。
『坂崎美羽』
それが美羽との出会いだった。
五年生に上がり美羽と同じクラスになると、初子の方から声を掛けた。
絵を描くという同じ特技、二人はすぐに気が合い様々な話をするようになった。今描いている絵の話、家族の話、前のクラスの友達の話。初子はどれもとても面白かった。
美羽は初対面の人には少し変わった子に見えるかもしれない。
人形のような目鼻立ちの整った可愛らしいルックスと茶色い髪の毛。他の子よりも甲高いアニメのキャラクターのような声。ややマイペースなところがあり、給食の時間は食べるのが一番遅いし、体育の時間は着替えるのが一番遅い。図工の時間では授業時間の終わりが近づいて、周囲が次に向けて慌ただしく準備してても動じることなく、時間ギリギリまで木版を掘り続けていた。
それが『ぶりっ子』やら『空気読めない』やら『マイペース過ぎる』やら周りから揶揄されることも多かったけど、初子はそんなこと全く気にしなかった。そんな美羽の変わっていると言われるところを覆すくらい、初子は美羽が魅力的だったからだ。
休み時間は一緒にノートに絵を描いた。放課後はお互いの家まで遊びに行き、そこでも絵を描いて見せ合って、感想やアイデアを言い合うとそれを踏まえて描き足した。絵に飽きたらお菓子の封を開けて、持ち寄った漫画やゲームを楽しんだ。そうして家を行き来するようになって初子は美羽の両親とも知り合うことになる。フランクな雰囲気の映像作家の父と、よくベランダで煙草を吸っている料理上手な優しい母。
六年生の夏は美羽の家族に連れられて一緒に海へ行った。美羽の父は釣り名人で、初子もその指導を受けてカワハギを簡単に釣り上げることが出来た。
クリスマスには美羽の家で二人でクリスマスケーキを作った。生クリームを泡立てるのに苦戦した二人を見兼ねて、美羽の母が手伝ってくれたおかげでケーキは立派に仕上がった。
美羽と美羽の家族のおかげで、初子は毎日が楽しかった。
美羽へのいじめが始まったのは中学校に上がってからだった。
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