第2話 深い森
「……あれ?」
気がつくと、そこは先ほどまでいた洞窟の中ではなかった。
初子は柔らかい草むらの上に大の字で寝転んでいた。目の前には星空が広がっている。
絶叫したとき、腰が抜けて思わずひっくり返っていた。だけど地面がいつの間にか岩場から草むらに変わったおかげか、あまり痛みを感じなかった。
初子は起き上がって背中や尻を触ってみる。やっぱりどこも痛くはないし怪我もしてない。痣ひとつ出来ていないようだ。
突然の出来事に混乱しながらも、初子はなんとか立ち上がって周囲をきょろきょろと見回した。地面は草むら、上を見れば夜空。そして周囲にたくさんの木々が繁る。まるで森の中にいるみたいだ。
――どうしてこんなところにいるんだろう
そんな疑問の後に浮かんだのは罪悪感だった。なにも言わず、家族みんなが眠ったのを見計らい、ホテルの部屋を抜け出して来た。勝手な自分の行動に海の神様が怒ったのかもしれない。先ほどまで暗い洞窟の中にいただけでも不安だったのに、さらに恐怖が頭の中で渦を巻く。泣きそうになりながらも必死でその場を見回していると、木々の隙間にオレンジ色の光が漏れているのを見つけた。
灯りのある場所ならば誰か人がいるかもしれない。初子は藁にも縋る思いで光の方へと歩いた。
光は先ほどの神社と同じくらい古い木製の小屋だった。だけどちゃんと人の手が行き届いているのか、だいぶ小綺麗に見える。入り口に立札があった。
『喫茶 海神』
「きっさ……うみがみ?」
もしかして、『海の神様』の神社だからこんな名前なのかな?
店名を声に出して読んでみて、なんだかおちょくられている気分になってしまった。出そうだった涙も思わず引っ込む。
店の扉は閉め切っていたけど、『OPEN』の札が掛けられている。一人で喫茶店に入るなんて初めてかもしれない。勇気を奮って初子はドアノブに手を掛ける。カランカランとらしいチャイムの音がなって、店員とおぼしき青いエプロンを着た男が初子を迎えた。
「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
一つに束ねた黒く長い髪、白い肌、切れ長の目、顔付きは少し中性的だけど男らしい低い声。
突然現れた大人の男性に、初子は萎縮しながらも返す。
「あの私、海の神様へお願い事をしに来たんです。そしたらここに迷い込んでしまって、だからお客さんじゃなくて……」
たどたどしく話す初子を見て、男はうんうんと頷きつつ微笑んだ。
「お嬢さん、とりあえず立ち話もなんだしお店に入ろうか。せっかくだからとっておきのおもてなしをしてあげよう」
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